波乱の幕開け? 学園生活!

5 中学校生活、これでだいじょうぶ!?


 ちゅちゅちゅ、と窓の外で鳥がさえずった。朝の合図だ。

 ご飯をすませたボクは部屋で、時計を見ながらベッドの上で足を揺らしてた。

「……よし」

 バランサーになったあの日と同じようにクロゼットを開いて、届いた制服を着る。

 そう、あれから数日たって、今日からついに学校なのだ。中学だから、小学校のときとは違って制服がある。

 暗い紺のブレザーとスカートに白のセーター、しま模様の青ネクタイ。水色のシャツの色あいが綺麗だ。

 鏡をのぞいてうしろや横まで見てみる。人生初の制服。……さすが私立。そこら辺の市立中学校の、白の一本線しかアクセントのない、黒いダサセーラーとは違う。

「がんばって勉強したかいがあったもんだよ」

 今日からかよう木曜学園は、このあたりじゃ有名な進学校だ。特に国語や社会といった、文系のジャンルで活躍する卒業生が多い。小説家やコラムニストにエッセイスト、社会学者、漫画家や考古学者まで。

 ボクは将来の夢がそういうのって訳じゃないけど(そもそも夢自体まだない)、他の子と同じ普通の学校なんてつまらなくて、木曜学園を選んだ。

 お母さんにはいろいろ言われたけど。

「ハンカチよし! ポケットティッシュよし! ……これで全部!」

 スクールバッグの中の荷物をチェックして、肩にかける。扉をいつもよりきちんとしめて、階段を降りた。

「それじゃ、行ってきまーす!」

「あれ、もう?」

「おっ、制服にあってるじゃないか」

 お母さんとお父さんが、ボクを見て笑う。うう、なんかはずかしい……。

「気をつけてね、なにかあったらすぐ連絡するんだよ」

「はーい」

「ちゃんと先生からのお知らせ聞くんだぞ!」

「はーい」

 二人の言葉に返事をしながら、なれないローファーを履く。

 玄関の扉をあけたら、太陽の光がいっぱいにこっちを向く。いつもはなにも思わない風景だけど、今日は別だ。

「どきどきしてきたっ」

 隣の席の子は誰になるんだろ、仲のいい子できるかな?

 通学路を事前に調べたとおり歩いてると、自分と同じ制服を着た子がちらほら現れだした。

 増えるたびに、本当に自分は中学生になったんだって実感がむくむくふくらむ。

 ためしにあいさつとかしてみよっかな……。

「お、おはようございます!」

「おはよう!」

 勇気を出して、近くにいた女の子に声をかけると、思ったより明るくあいさつを返される。

 黒くてつやのある髪に、くりっとした目。美人さんだ。よくよく考えたら、ボクみたいなやつがこんなかわいい子に話しかけてよかったのかな……。

「……えーっと」

 会話は続かない。なぜなら、ボクは会話が下手なのだ。

 それに、これといった趣味はないしニュースもあんまり見ないから、会話のネタもない。

 こんなんじゃだめだ。普通の自分から変わりたいからバランサーにもなったし、この学校にも入ったんだろ。

「今日、いい天気……だね」

 なんとかしぼり出した話題は、天気について。

 今のボクは、よくいるコミュニケーションが苦手な人間だった。

「うん! 絶好の入学式日和だね! こんなに天気がいいと、いつもなら学校さぼりたくなっちゃうけど、今日はそんな気にならないぐらい楽しみ! そういえばきみ、一年生?」

「あ、うん、そう」

「そっか、あたしは三年生! けど、きみとは気があいそうな気がする。よろしくね」

「うんっ」

 それに比べて、相手の子は会話が上手だった。

 なんだかすごく、主人公って感じの子。

 魔法少女アニメの主人公でよくある、『明るくって人なつこい、みんなのムードメーカー!』って説明文がにあいそう。

「あ、ついちゃったね。もっと話したかったのに! それじゃ、二年生のクラス表あっちだから、これで」

「う、うん」

 最後までうんうんとしか言えなかった……。

 これじゃだめだ。あの子みたいに、もっと話せるようになりたい。

 もしくは、いっそのこと、誰もがぎょっとするような変わった子とか。

 そしたらめだつし。

 そんなことを考えながら、一年生のクラスわけがある職員室前に行く。もう人だかりができていて、背の低いボクは見えにくい。

「うー……ん、どこだろ、ボクの名前」

 けど、この人だかりの中を歩いていく勇気もないし。

 つま先立ちをしてなんとか自分の名前を探してたときだった。

「キサマ!」

「……ん?」

 最初は空耳か、もしくは自分以外の子を呼んだのかと思った。

 でも、その声の主はボクの腕をつかんだ。

「うわあ!?」

「キサマ、キサマだ!」

「き、きさま?」

 横を向くと、紫がかった黒髪をあみこんだ、勝気な笑顔をした女の子がいた。ここにいるってことは、ボクと同じ一年生だろう。

「キサマも一年か! オレも一年、湖上月湖こじょうつきこだ! 湖の上の月、さらに湖! そう書く! 覚えておくがいい!」

「へ、あ、え」

 ちんまりとしたかわいらしい見た目からは想像できない、すごいキャラだった。

「そ、それで、ボクになんのよ……」

「用! そうだ、オレはキサマに用がある! 察しがいいな。察しがいいヤツは好きだ! つまりオレとキサマは友だちだな!」

「え!?」

 ちょっと待って!? 話についていけないんだけど!?

「オレはあのクラスわけの表を見たいが、いかんせんオレは背が低い! だからオレがキサマを肩ぐるましてやる。オレのかわりにあの表をみてくれ」

「わ、わかった」

 身長はボクのほうがちょっと高いから、ボクが肩ぐるましたほうがいいかなと思ったんだけど、彼女の迫力に言いだせず、うなずいてしまう。

「じゃあ、そこにしゃがんで――」

「おりゃあああ!!」

「わああああ!?」

 次の瞬間、その子は立ったままのボクへタックルのようにつっこんで、むりやりかつごうとした。

 もちろんそんなのでかつげる訳がなく。

 ずべーん。

 二人で綺麗に転んでしまった。

「う、うう……」

「諦めるな! もう一回だ」

 いや、今のやり方じゃ無理だって!

 そう言おうとしたときだった。

「……なにしてるの」

 今度はうしろから声がかかる。ふりむくと、そこには、数日前に会ったクールな見た目の女の子がいた。

「朝からやかましいんだけど」

「あー、え、えっと、ごめん」

 ボクが言いだしたことじゃないけど、めんどうなことにしたくないので、とりあえず謝っておく。

 しかし。

「どうしたどうした! キサマ、オレの友だちに頭をさげさせるな!」

 なんと月湖ちゃんがその子につっかかりはじめた。月湖ちゃんは大きく足を開いて、その子の前に立つ。

「なに? 悪いのはこんなこんでるところでごちゃごちゃしてるそっちでしょ……」

「いや! これは高いところに表をはった先生が悪い!」

「表が見たいんだったら、人が少なくなってからゆっくり見たらいいじゃん」

「それじゃ遅れるかもしれないぞ」

 周りの子は二人の言いあいとボクを見ながらざわざわしだした。

 ど、どうしよう。注目されるのは嬉しいけど、この言いあいをとめないと……。

「キサマ、名前をなんて言うんだ」

「……パトリス・フォスフォレッセンス」

「そうか。パトリス、ここだとキサマの言うとおりじゃまになりそうだ。場所を移動して話そうじゃないか」

 え、ええ!? そうなるとよけいヒートアップしそうじゃん!

 そんなボクの心配をよそに、二人はすたこら行こうとする。

 周りの人をかきわけ、ボクもうしろをついていくことにした。

 クラス表のことはもう頭になかった。


 ついたのは裏庭。入学前に見たパンフレットの写真どおり、日当たりがよく、花壇には園芸部の育てているチューリップやパンジーが咲いている。

 でも、そこににあわない雰囲気をまとって、パトリスちゃんと月湖ちゃんは向かいあっていた。

「……で? きみはあそこでタックルして騒いでいたことを、どう言い訳するの?」

「言い訳はしない。ただ、こっちも暴れようと思ってした訳ではないというのをわかってくれ。表が見たくて、肩ぐるましようとしたんだ」

「理由がどうであれ、あれは迷惑だよ。……他の人にぶつかったら、けがをしてたかもしれない」

 はらはらしながら二人を見る。

 ボクもなにか言えたらいいんだろうけど……いい言葉が思いつかない。

 けど、二人はそんなボクをおかまいなしに話を続ける。

「なるほど。それは悪かった! すまん」

「……いや、いいよ。わたしが許すのも変な話だけど」

 ……あ、なんか仲なおりできたっぽい。よかった···。

 ほっと肩を撫でおろす。

 月湖ちゃん、強引ではあるけど、悪い子ではないみたい。

「それじゃあキサマもオレの友だちだな!!」

 それは違うと思うよ!?

「二人とも、そろそろ遅れちゃうから教室行かないと……えーっと、パトリスさんは何年生?」

「……何年生って、一年だけど」

「え?」

「一年。さっき一年生のクラスわけのところにいたじゃん」

 い、い、一年!? こんな大人っぽいのに!? 同い年!?

 な、なんか負けた気がする……。

「ほう、ならここにいる全員一年か! じゃあ仲よく教室に行こうじゃないか!」

「……その前にクラスわけ見ないと」

「そうだね···」

 仲よく、といっても、クラスが別なら、あんまり話さずにすごすことになるかもしれないし。

 というか正直、この濃い性格の子たちと同じクラスだと、大変そうだな……。

 ま、クラスは三つあるし、三人一緒ってことはまずないか!

 ……というボクの考えは簡単に打ち砕かれた。

「直陽―!! やはりキサマとオレは心のつうじあった友だちのようだな! まさか同じクラスで席もすぐそばとは!」

「···わたしも近くとは。これ、同じグループになりそう……」

 うしろから肩をゆさぶられ、ななめうしろからけだるげに話しかけられる。

「えーっと、湖上さん? これからいろいろ説明があるから、ちょっと声のボリュームを……。あと、フォスフォレッセンスさん、机で寝ようとしないでね?」

 担任の先生がこまったようにこっちを見る。他の子も、なんだなんだとざわついてて。

「あれってさっきクラスわけの表のところでさわいでた子?」

「たしか校舎裏で殴りあいのけんかしたとか……」

「あのロングヘアーの子がその場をなだめたって聞いたけど」

 ……え? ボク? いや、ボクはなにもしてないけど···?

 あと、ウワサがすごいふくれあがっちゃってるけど、ほとんど違うよそれ!?

 ど、どうしよ、初日からこんなふうで。ボクの中学生生活……どうなるの?

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