電咲響子様、「風鈴の村」

元の作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054910063309


仕事を終え帰宅した私は些事をこなした後、いつも通りノートパソコンを立ち上げた。

黒かった画面に、愛用のブラウザが映し出される。

私はキーボードを操作し、かねてより気になっていた都市伝説サイトを開いた。

雰囲気のある画面に感心しながら、リンクの一つをクリックする。


『風鈴、それは邪な思念から身を守る道具。さらに不適な熱からも快を得られ、日本文化に根付いた道具、または呪具』


呪具という言葉が気になった。

どちらの意味なのだろうか。

更に読み進めていくにつれ私の中で高まっていく願望。

それは風鈴の村の謎を解くことだった。


私は休暇を取り、件の村へと向かった。

もしスクープを取れたなら社内での評価は当然、密かに憧れていた先輩にアピールも出来る。

なにより、私の好奇心を満足させられるのだ。


風鈴の村。

おおよその予想はついている。

軒先と言わず、あらゆるところに風鈴がぶら下がっているのだろう。


空気が澄み渡った田畑の広がる村。

閑散としているが、誰もが思い描いたことのある田舎の風景だ。

その風景に異質な一面が加わる。

全ての家屋に吊るされた風鈴だ。


私の予想通り、見渡す限りの風鈴が音を奏でていた。


「どちらさんで?」


突然かけられた声に心臓が飛び跳ねる。


「ああ、驚かせちまってすまんね。都会もんかね?」

「あ、はい……取材でここに」

「新聞記者さんってことかな」

「そのようなものです。スクープをゲットして――」


私は言葉を詰まらせながら、何とか説明する。


「もういい。だいたいわかったから。我々の生活に興味があるんだろ。それなら包み隠さずお話しようじゃないか。強制はしないがね。今日の午後八時、村の公民館。すぐそこに見えているだろ。あの建物で待っているよ」

「…………」


この時、逃げよと思えば逃げられたかもしれない。

しかし、私は風鈴の謎を解き、未開の地の謎を解くという自らの願望に背中を押されたのだ。


「ようこそおいでなすった」


招かれた場には年齢を問わず多くの村人がいて、この村にこれ程の人がいたのだと圧倒された。

その皆が私に視線を注いでいた。


「何年ぶりかね。ここに都会もんがいらしたのは」

「んんんっ。わしの記憶だと……七年ぶりか」


私は用意された座布団に座り、村の人達の会話を聞いていた。


「みんな集まったようだね。それじゃあ、お客さんを歓迎しようじゃないか」


その言と同時に村人が慌ただしく動き、食事が配られていく。


「いただきます」


一人が代表して言った後、皆がいただきますと声を揃える。

そして、食事に箸を伸ばすのだ。

私も遅れていただきますと手を合わせた。

食事はとても美味しく、疲れた心身を幸せで満たしてくれた。


「そろそろ頃合いかね。あんさんの目的を聞こうか」


突然話を振られ動揺したが、ここまで来て何も聞かずに帰る訳にはいかない。


「はい。この村に風鈴が――」


今まで和やかだった雰囲気が変わっていくのにも気付かず、私は話し続けた。


「娘さん。世の中には触れてはならぬものがある」


低い声とともに首筋に冷たいものを感じた。


「冥土の土産に教えてやろう。この村のしきたりを。それは死者に風鈴を捧げるというものだ。だが、それは決して余所者に知られてはならない。万が一知られたなら、直近の仏とともにまとめて屠らねばならない」

「……」


一陣の風が吹き、次々と風鈴が揺れていく。

涼し気で哀し気な音色を鳴り響かせながら。


それは、新たに作られた無縁仏の墓にも響いていた。

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