[5-2]王女、秘密を知る
ハウラさんによると、遺跡はそんなには遠くないみたい。
なんでもこの寒い環境でも頻繁に通えるよう、なるべく竜の巣穴の近くに小屋を建てたとか。
窓もドアも二重になっていないからおかしいと思ってたけど、やっぱりあの丸太小屋は本人が建てたという話を聞いた時は、やっぱりびっくりしちゃった。
「ま、さすがのオレでも力持ちじゃねえから、街のヤツらに丸太運ぶのとかは手伝ってもらったけどな! ホントはテントでも良かったんだけど、ノアっちに猛反対されてさァ」
『そりゃそうですよ。いくら炎の精霊が一緒とはいえ凍えてしまいます。それに、下手をすれば雪の重みでテントそのものが潰れちゃいますし』
「ははは! そっかァ」
足だけは止めず、雪道を歩きながら会話を弾ませる二人に、わたしは思わず苦笑してしまう。
当の本人は豪快に笑ってるけど、ノア先生が反対してくれて良かったと心から思った。
彼女の故郷は雪とは無縁の地域らしいから、きっと極寒の地での危険についてはあまり知らないのかも。
いくら知識豊富な賢者さまでも、知っていることもあれば知らないこともあるのね。なんだか意外。
「そういえば、アナタは地質学者だろう。なぜ、いにしえの竜についての調査を? 魔物についても知っているようだったが」
わたしたちのやや後ろの位置で歩くケイトさんが尋ねる。
ハウラさんはキリアやライさん並みに高くって、どうしても見上げる姿勢になっちゃう。それはケイトさんも同じみたいだった。
「チャーチグリムもそうだけど、魔物ってその土地の性質に関わってるコトが多いんだ。ま、でも魔物やモンスターについて知らなくても調査には何ら支障はねえけどな。旅をする上で知ってるとメリットがあるだけで。が、いにしえの竜についてとなると、違ってくる」
リュックを背負い直して、ハウラさんはにやりと笑って後方にいるケイトさんに視線を向ける。
目線を再び前に戻してから、彼女は続きを話してくれた。
「いにしえの竜の身体は精霊に近い造りになっていて、いわば魔力のカタマリなんだ。ただ精霊とは違い、その量はオレらの理解を超えるほどに膨大だ。だから、いにしえの竜が存在してるってだけで、その地にかなりの影響を与えるんだぜ」
「影響……?」
「そ。たとえば、オレのいた
そうだったんだ。
グラスリードでは厳しい寒さの上に土地も肥沃じゃないから、作物は丈夫な根菜くらいしか育たないのに。前は、なんとか父さまが精霊と交渉して温室を作るって言ってたけど、そんなに広くは作れなかった。
家畜が寒さを凌ぐために使うくらいで、食糧確保にはあまり繋がっていない。
棲んでいるだけで豊作にしてくれるなら、地竜うちにも来てくれないかなあ。
うーん、動機が勝手すぎるかしら。
竜にはわたしたち人の事情なんて関係ないものね。
「そういうワケで、地質学者をやるためにはいにしえの竜についての知識は必須ってコトだ。光竜は巣を捨てて出て行ってしまったみてえだし、大した恩恵はないかもな。だけど、調べる価値はあると思うぜ?」
勝ち気な瞳を輝かせて笑うハウラさんは、やっぱり心の底から楽しそう。わたしたちの事情で遺跡の採掘に付き合わせてしまったのに、嫌な顔ひとつしなくて、本当にいい人だなと思う。
せっかくはるばるうちの国に来てくれたんだし、滞在している間も寒さに負けず楽しんでもらえるといいのだけど。
「ひゃう!」
ふと顔を上げた拍子にマフラーが取れてしまったみたいで、冷たい空気が入ってしまったのかハウラさんは鼻をおさえて小さな悲鳴をあげていた。
やっぱりこの極寒の地は、彼女にとってはまだまだ厳しい環境みたい。
* * *
丸太小屋を出てから十分と少し歩いた頃、鬱蒼とした木を背景に岩の洞窟が見えてきた。
濃い緑色の葉っぱにはところどころ雪が積もっていて、重そう。ぽっかりと大きく口が空いている岩山も上の方が白くなっている。
「あれが光竜の巣穴?」
「そうそう。なんでもいにしえの竜って穴を掘って巣を作る習性があるみたいだぜ」
外側から見ただけだけど、特に変わったところは見当たらなくてただの洞窟にしか見えない。
ノア先生に頼まれたのは光竜の魔石だけど、やっぱり中に入らないと採掘できなさそう。
「とにかく行こうぜ。調査は大まかには終わってるから、お前らを案内してやれると思うし」
よいしょ、と声をかけてハウラさんは重たそうなリュックを背負い直す。
たぶん採掘や調査のための道具が入っているんだろうけど、どんなものが入っているかしら。とっても重たそう。
厚手のマフラーを口もとに持ってきて前へ足を踏み出すハウラさんに続いて、わたしも後を追おうとした。
その時だった。
突然、悲鳴が聞こえたのは。
「うわあああ! なんだお前ら!!」
周りには建物がない雪原のせいか、静けさを割るような叫び声だった。
尋常じゃないのは確か。まるで、なにかに襲われているような。
「もしかして……」
わたしとキリアを襲ってきた巨大な狼の群れが、頭の中で鮮やかによみがえってくる。あれは、つい昨日のことだった。
『さすが姫さま、ご明察です。誰かが狼に襲われてるようですね』
「た、大変! 早く助けなきゃっ」
『ボクが先に行って救出してきます。姫さまは後からケイトさんと来てください』
力強く真白い地面を蹴った拍子に、雪のカケラが散る。
現状この場にいる人の中で誰よりも身軽く動けるクロは、駆け出してあっという間に小さくなっていく。
「ワタシたちも行こう、姫。だが転ばないように気をつけて」
「うん! ありがと、ケイトさん」
クロったら、すごい張り切りようだった。もう見えなくなっちゃったもの。
滅多にわたしを置いていくことなんてないのに、どうしちゃったのかしら。
差し出されるケイトさんの手を手袋越しに握って、わたしはできるだけ早足で洞窟へ向かった。
岩山に近づくにつれて獣の唸り声が聞こえてくる。
洞窟の入り口にいる複数の狼を見た途端、反射的にびくりと肩がはね上がった。
「大丈夫か、姫」
「う、うん」
手を握ったまま、ケイトさんはわたしの歩調に合わせてくれた。その気遣いが今は、ただただうれしい。
悲鳴やらぎゃうぎゃうという唸り声が聞こえるけど、クロは無事なのかしら。
一度狼を倒したことがあるとはいえ、彼らには剣どころか魔法さえ効かなかった。
襲われている人も、怪我とかしてないといいけど。
「うわっ、なんだあの狼! クロ並みにでけえな!」
一番前にいたハウラさんがぎょっとして声をあげる。あの狼を見たのは初めてみたい。
彼女の肩にとまっていたララが身体を震わせて、文字通り飛び上がった。
『きゃあ、何あれ! 狼みんな、ひどくおっきな呪いにかかってるよ!?』
なんだかひどく重大なことが聞こえた気がするんだけど! 呪いってどういうこと?
——って、今はそれどころじゃなかった。
何ができるか分からないけど、クロの援護をして狼に襲われている人を助けなくちゃ。
厚く積もる雪の中を歩き、わたしは狼の群れに近づく。その真ん中にいる黒い毛並みの大きな犬がクロだ。
よく見ると、なにか青いものをくわえているような……?
『近づくのは危険です、姫さま。
そう言って、クロは高々に吠え上げる。まるで犬の遠吠えみたい。
何の意味があるのかと思ったけど、効果は絶大だった。
周りを囲んでいた狼たちは怯み、一歩下がる。
『あと、〝彼〟を頼みますケイト。安全な場所で手当てしてあげてくださいっ』
「え!?」
言い切ったのと同時に、クロはくわえていたソレをぽーんとケイトさんの手元に放り投げた。
よく見るとそれは青い毛並みをもつナニカで、突然すぎてびっくりしつつもケイトさんはしっかりとキャッチしていた。
すごい。さすがだな、と思う。わたしだったらきっと受け取れない。
「ひぃいいい!」
けれど手にソレを抱えた瞬間、ケイトさんは悲鳴をあげていきおいよく尻もちをついてしまった。
雪の中にぱたりと倒れる彼女を見て、わたしは慌てた。
「け、ケイトさん大丈夫!?」
足がもつれそうになりながらなんとか駆け寄ってみると、彼女はクロから受け取ったものをしっかりと抱えていた。
裾の長いコートが白い地面の上に広がり、ボア付きの耳当て帽子が雪の上に転がっている。
心配でかけつけたわたしだけど、彼女の安全とかクロが放り投げた青いカタマリの正体だとか、全部頭の中から吹っ飛んでしまった。
驚きのあまり固まって、目を丸くする。
だって、髪の間から生えているそれは。
わたしがよく知る人間特有の丸い耳ではなく、
「し、しまった……!!」
さっきまで頑なに落とさなかったのに、ケイトさんは青いかたまりをあっさり離してしまう。両手で耳を隠して、視線を落とす。
そうまでしても、知られたくなかったんだろう。だから、室内でも帽子を取ろうとしなかったのかな。
「ケイトさん、もしかして獣人さんだったの?」
見てしまったのは仕方ないし、なかったことにされたって本人は気まずい思いをするだけかもしれない。そう思って声をかけてみたら、反応はそんなに悪いものじゃなかった。
わたしの顔を見上げて、座り込んだままこくりと頷く。
顔を
「実は、ワタシは山猫の獣人なんだ。耳や尻尾があると仕事に支障をきたすから、いつもは隠してて」
ああ、なるほど。
ノア先生やクロはうれしいことがあると尻尾が揺れるものね。
心の揺れ具合で動くということは、今その人がどう思っているか周囲に分かりやすくなっってしまうってこと。
獣人さんの尻尾や耳ってもふもふしててわたしは心惹かれるけど、情報屋という諜報のお仕事をしてるケイトさんにとって、邪魔にしかならないのかもしれない。
「そういうことなら他の人には喋ったりしないわ。だからそんな顔しないで、ケイトさん」
優しく伝わるように言葉を選んで、ケイトさんに手を差し出してみた。
不安そうに三角耳を下げる彼女に安心してもらえるよう、わたしはにこりと微笑む。
気持ちが通じたのか、ケイトさんは手を握り返してくれた。
「ありがとう、姫。感謝する」
口もとを緩めて、少しだけ彼女は笑ってくれた。
良かった、パニックはおさまったみたい。
ホッとひと息ついてわたしも笑顔になった時、雪の上に転がっていた青いカタマリがもぞりと動く。
『いてててて。突然放り出したり転がしたり、ひどいよぉ。こっちは怪我してるのにさ』
しゃべった。
もしかして、クロがケイトさんに託したのって、狼に襲われていた人だったのかしら!?
不安にかられてまじまじと観察していたら、そのカタマリはくるりと一回転して、四つの足で地面に立つ。
鮮やかな青い羽毛の両翼に、足は太い獣の足。鋭利な黄色いくちばし、そしてときおり揺れる尻尾はまさに獅子そのもの。
イメージよりだいぶ小さいけど、その鋭い眼光を放つ瞳は紛れもなくホンモノだと言っている。
クロから託されたものは、なんと青い毛並みと羽毛をもつグリフォンだった。
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