歳月


 年末に入ると、音楽番組でことあるごとに国立での感謝祭の話題が採り上げられた。


「今回は卒業生も出るので、ほんとに感謝を込めたライブになります」


 新部長の里菜が説明した。


 美貌が整ったというよりかは、正統派美少女といった顔立ちの里菜は、


「アイドル部らしい部長」


 と呼び声が高い。


 どちらかといえば澪から唯、みな穂、英美里と少し地味な部長が続いてきただけに、ようやくアイドルらしいグループになってきたのかも知れない。


 初の本州組からの選出で、


「私自身は鎌倉生まれなんで、北海道の冬は初めてなんですけど」


 生粋の湘南ガールだけに垢抜けた印象すらある。


「私の大切なものはコレです!」


 私の宝物というコーナーで里菜が取り出したのは、ベイスターズのスターマンの小さな縫いぐるみであった。


「うちの父親がホエールズ時代からファンで、今年は交流戦のとき札幌ドームまで日ハム戦を観に行きました」


 このおかげで、里菜はこの翌年の横浜スタジアムでの始球式に呼ばれるに至る。



 各局の音楽番組に出演するスケジュールの合間に、国立で着る衣装が届いた。


「確かデザインしたの萌々香だよね」


 絵心のなかった里菜が、萌えキャラのイラストが上手い萌々香に頼んで描かせたスケッチがベースである。


「…カッコいいのが来たね」


 見た瞬間、由梨香の目が輝いた。


 スクールカラーのライラックパープルにゴシック様式のフォントで「Lilac Girls Highschool」と黒く書かれたサッカーのユニフォームの白襟に、黒のレースがあしらわれた物である。


 右袖には札幌の高校らしい、北海道の地図もあしらわれてある。


「札幌の位置に星もついてる!」


 小さなスタッズを目ざとく見つけたのはひかるである。


 左袖には、ライラックの花と枝葉をモチーフにした校章がついている。


「校章はメンバーと卒業生限定です。徽章なしバージョンはグッズとして販売予定です」


 長谷川マネージャーが説明した。


 しかし、半袖である。




 全員半袖であることを訝ったが、


「…この下に、自分のイメージカラーの長袖を着たらいいってこと?」


 ひかるが訊いた。


「そうです」


 萌々香はそこまで計算してあって、


「さらにイメージカラーのリストバンドをすれば、競技場らしい雰囲気で出来るかなって」


 全員、萌々香のデザイン力に圧倒された。


 もう一つの箱はスカートで、


「これは意外」


 なんとシフォンチュニックのスカートで、こちらは真っ白なのである。


「これにもイメージカラーのリボンを着ければ完成です」


 萌々香の脳内には、すでに完成イメージが仕上がっていたようである。



 実際、萌々香は自分で試す予定でチョコレート色のロングTシャツとリボンを用意してあって、


「試着するとこんな感じです」


 いざ着てみると、思ったより女の子らしくなる。


「コレに、学校指定の背番号のゼッケンを縫い付けたら、ミッションコンプリートです」


 ついでながら白地に紫の背番号が指定である。


「かなり考えたんじゃない?」


「だいたい十五分ぐらいで描けました」


 萌々香の言葉に思わずみな卒倒しそうになった。


 なお、余談ながらこのデザインはのちバレーボール部やサッカー部など、スポーツ部でレースなしのシンプルなバージョンが採用され、バスケットボール部ではノースリーブ、バドミントン部では襟なし…といったさまざまなバリエーションで使われるようになった。



 さて。


 十二月十五日、この日は藤子の文芸大賞の発表日で、


「藤子ちゃん取れるかなあ」


 メンバーの誰もがドキドキと胸を高鳴らせていた。


 ノミネートされた『夢と知りせば』はアイドル部時代の北海道を舞台とした物語で、優海から聞いた様々な話などがベースとなっている。


「よく聞いたら優海の家って、結構波瀾万丈なんだよね」


 それで書いてみる気になったらしい。


「ただね…今回はちょっと自信ないんだ」


 藤子は珍しく弱音を吐いた。



 普段は弱音なんか吐かない。


 どこか醒めた眼があって、時にはドライに映ることすらある藤子の冷静さは、作品に対して完璧主義であるがゆえに、一言一句ゆるがせにしないところがある。


 しかし。


 今回はかなり加筆や修正をしてあったからか、きちんとまとまっているかどうか、不安な要素はあったらしかった。


「だから期待しないでね」


 と、みな穂や里菜には伝えてある。


 さらに言えば、本来の藤子の文体であれば簡潔に書けるところを、加筆の段階でかなり伸ばしたりした面も、気にはなっている。


 藤子は執筆で行き詰まると、住んでいた西陣の町をぶらぶらと歩いた。


 仕舞屋しもたや格子や糸屋格子のならぶ家並みは札幌にはない光景で、藤子にすればこれだけでも旅をしているような気分になって、戻ってから再びペンを取ると、前より良い物語が書けたようで、それが支えになっている面もあった。


 賞が全てではなく、書いていることがただただ楽しかったらしい。


 それでも、アイドル部時代の話はいつか書かなければならないであろう…という、自分に自分で決算をつけなければならない思いはあったようで、それが藤子に『夢と知りせば』を書かせた動機であったのかも分からない。


 夕方、電話が鳴った。


「長内藤子先生ですか?」


 聞けば新聞社で、大賞発表の瞬間を取材させてほしい、という。


「今日は別件がありますので」


 藤子は小さな嘘をついて断わった。




 

 その頃。


 部室のパソコンの前では、メンバーたちが澪や美波、千波たちと集まって、全日本文芸大賞の結果の生中継が始まるのを待っていた。


「藤子ちゃん、どうなるんだろ?」


 すでにライトノベル部門は受賞し、最優秀女流作家賞も受賞が決まっていた。


「これでグランプリ取ったら三冠だよ?」


 午後六時、発表会見が始まった。


 会見では準大賞二作とグランプリが発表される。


 みな、一気に水を打ったあとのごとく静まり返って、耳をパソコンのスピーカーに向けていた。




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