原点


 でも、と優子は、


「うちみたいに道外から来とると分かるんじゃけど、道外じゃと知らん人結構おるよ」


 ネット配信で交流するぐらいなら良いのでは、という。


「スカイプとかメッセンジャー使えば割と簡単じゃし、うちなんかそれで広島の実家とか、中学の後輩が作ったアイドル部と話したりしとるよ」


 優子の母校の中学には、去年からスクールアイドル部が出来たらしかった。


「まぁ訪問は無理でも、オンライン交流なら」


 条件付きで意見がまとまった。


 清正に伝えると、


「オンライン交流かぁ…あとは最初どことやってみるかやな」


 まずは優子の母校の中学校との交流から始めてみることとなった。


 優子の中学は、呉から橋を渡った島にある。


「島にしては大きいんじゃけど」


 優子の育った集落は海に面していて、ミカンの段々畑の坂を抜けた先に、優子の実家がある。


「今はミカンでお酒作っとるけど、前は普通に日本酒作っとった」


 確かに建物をストリートビューで見ると、古い造り酒屋の普請である。


「優ちゃん家って初めて見た」


 ひまりは感動を受けたらしく、


「スゴいいい場所じゃん」


 なぜか羨ましがった。



 ミカン畑の坂を降りて海が開けた先に、中学校はある。


「ここがうちの中学」


 調べると生徒は三十人ちょっとで、全員が地元の子だという。


「ほじゃけ、うちが北海道行く言うたときは、うちの集落じゅう騒ぎになって、紅白のあとはよう分からん親戚じゃいう人からのメールが増えた」


 それでも時たま部室にミカンが大量に届くのは、


「そりゃ阿川のおじさんが送ってきよるけぇ」


 阿川のおじさんとは、優子の実家の近所のミカン農家であるらしく、


「小さい頃、親が仕込みで忙しいいうたらおじさん家でご飯食べたり面倒見てもらったけぇ、まるで姪っ子みたいにうちにいろんな物送ってきよるんよ」


 優子の原点を見たような気がした。



 清正が調整をつけ、金曜日の放課後に集まってオンラインをつなぐことになった。


「上手くつながるかな」


 英美里は不安そうに眉をひそめたが、


「うちの学校Wi-Fiちゃんとしてるから大丈夫でしょ」


 パソコンに強いひかるが断言した。


 画面が変わった。


「あ、つながったみたい」


 すると画面には、教室に集まった女子中学生たちが映った。


「こんにちはー!」


 中学生らしい明るい挨拶である。


「皆さんこんにちは! 北海道が生んだスクールアイドル、ライラック女学院アイドル部です!」


 決まりの挨拶をすると向こうから「本物だ」と黄色い歓声があがった。


「みなさんの先輩の郷原優子です!」


 優子が手を振ると、画面ごしに手を振り返した。



 少し最初はぎこちなかったが、


「みんな、うちらに訊きたい質問ある?」


 優子が広島弁でいうと「おぉーっ」っと声があがった。


「英美里部長に訊きたいんですけど、どうやったら上手く踊れますか?」


「それはダンスの上手い薫ちゃんに訊いてみよう」


 薫が呼ばれた。


「えーと、ダンスはとにかく、繰り返すことで体に覚えさせると上手になります」


 あとストレッチは時間をかけてください、と自身の靭帯損傷の話をした。


「怪我を防ぐと、ダンスは楽しく踊れます。なので皆さん、基本は大切にしてください」


「ありがとうございます!」


 次は「息が切れないように歌うにはどうしたらいいですか?」というボーカルの質問で、これはるなが応えた。


「腹筋も大切なんだけど、おへそのすぐ下あたりの丹田たんでんってあたりのトレーニングをすると、インナーマッスルが鍛えられて声量が伸びます」


 るなが横向きで実践すると、


「すごいわ、プロのトレーニングじゃ」


 という反応が来た。


「これは授業中できるんでやってみてください」


 素直な返事が来た。



 オンラインの交流は予想外に盛り上がり、


「これなら交流しても大丈夫だよね」


 手応えもあって、最終的には月イチで交流校を決めて行うことで決まった。


 週が明け、教育実習生が来ることになり、


「イケメンかな、女子かな」


「出来ればイケメンよりイケボのほうがいいなぁ」


「それショコタンの好みだから」


 だりあがすかさず突っ込んだ。


「だって…イケメンは崩れるけどイケボは崩れへんし」


 翔子とだりあが喋り込んでいると、


「入るでー」


 清正の声がした。



 部室のドアが開いた。


 一瞬よく分からなかった。


 清正の隣には、ショートカット姿のパンツスーツを着た女性が立っている。


「今日から教育実習でお世話になります、関口澪です」


「…部室、変わってへんやろ」


 メンバーは全員、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になったが、


「…ここの初代部長だったんだよ」


 部員全員、顔色が変わった。


「伝説の…澪先輩?!」


 アイドル部を同好会から築き上げ、基礎を築いたあの関口澪その人である。


「そうそう、この本棚スプレーで先生と塗ったっけ」


 現在でも使われている部室のピンクの本棚を見て、澪は懐かしくなったらしい。


「いつか先生になって戻って来ようって、ずっと思ってた」


 メンバーは呆気に取られていた。


 清正が英美里を手招きして、


「今の部長の今村英美里」


 優子は少し、席を外している。


「唯の次の次だから、部長としては四代目?」


「はい」


 英美里は緊張で紅潮している。


「でもみんな私のことなんか知らないよね…私が三年生のときに藤子が二年生で、雪穂が一年生だもん」


 次第に、とんでもない人が来たという事実が分かってきた。


「ののかに後で教えてあげなきゃ」


 英美里は驚きで目が回りそうになった。



 そこへ優子が戻ってきた。


「…?」


 優子は澪を、澪はレースまみれの優子を見て、それぞれキョトンとした。


「こいつが副部長の郷原優子」


 清正が紹介すると澪はピンと来たようで、


「あ、紅白で見た子だ!」


 英美里は優子の袖を引くと、


「初代部長の関口澪先輩」


 耳元でささやいた。


 優子は慌てて「副部長の郷原優子です!」と深々とお辞儀をした。


 様子が可笑しかったのか、


「優子ちゃんって、明るくて可愛らしいよね」


 澪が微笑んだので場がほぐれた。


 そこへひまりやるな、薫などメンバーたちが集まってくると、最後に美波が来た。


「…美波?」


「グッチー久しぶり!!」


 互いにハグをして再会を喜んだ。


「ワイは関口が教師になったら、顧問を譲るつもりでおる」


「それは私が免許取得してからですって」


 澪はメンバーの方へ向くと、


「…みんな、よろしく!」


「はい!」


 全員が揃った返事をした。



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