恋心


 リラ祭初日。


 みな穂、香織、薫の三人による書道パフォーマンスは、リラ祭の開祭式の一環として行われる。


 着物に袴姿の三人が支度をしていると、


「それやと裾が捌けへんやろ」


 清正はそう言うとゼスチャーで、


股立ももだちを取るって言うんやけど、そうしたら裾踏んづけんで済む」


 と、みずから股立を取る振りをした。


 見様見真似でやってみると、確かに裾捌きが楽になった。


「ま、えぇやろ」


 清正はそのまま去っていった。


「…先生っていつもあんな感じなんですか?」


 薫が訊いた。


「前よりは話すようになったけど、だいたいあんな感じかなぁ」


 みな穂は答えた。


 部員からすればかなり、清正は風変わりではある。


 毎日部室には顔も出すし、練習の様子も美波と並んで見ているが、あまり指示らしい指示は出さない。


 しかも。


 ほとんど怒ったりもしない。


 それでいて、いつも何かを考え込んでいるようで、よく分からない顧問ではある。


 みな穂は最初から何も気にしたことがなかったが、それが薫や香織などの後輩たちには、不思議だったようである。



 

 ともあれ。


 時間が来た。


 周りに生徒たちが集まっている、大きく広げられた和紙の上に、大筆を担いだ薫と墨入りのバケツを手にしたみな穂、そして標準サイズの筆と墨バケツを持った香織が揃った。


 役割は、薫が大文字を書き、手熟てなれている香織は小文字を書く。


 みな穂は薫をサポートする。


「だって薫のほうが上達早いし…」


 どこか、みな穂らしい役回りである。


「それでは、書道パフォーマンスです」


 アナウンスとともに持ち場に分かれる。


 アイドル部のメンバーたちは、ギャラリーにまぎれながら、心配そうに眺めていた。


「ハッ!!」


 合図とともに、タルカスのeruptionのオーケストラがかかる。


「ハイッ!!」


 薫が大筆で、まず一画目を入れる。


 やがてスルスルと、字があらわれ始める。


 みな穂がバケツを差し出すと薫が大筆に墨を足す。


 そうして一文字ずつ何やら書き終えると、次は香織が何やら文字を書いてゆく。



 タルカスのeruptionのオーケストラが終わると同時に、パフォーマンスは終わった。


 紙がウインチで持ち上がると、


「紫丁花祭」


 という文字の脇に「リラさい」とルビが振られ、日付が記されてある。


 自然と拍手が沸き起こった。


「…やったね」


 三人は顔を見合わせながら、達成感に包まれていた。


 ギャラリーにいた部員たちも、ようやく安堵した様子になって、


「みな穂先輩!」


 近くにいた英美里や優子が駆け寄ってきた。


「さぁ、次はみんなの番だよ!」


 みな穂は軽くウィンクしてみせた。



 翌日。


 ステージライブの日である。


 まずはギャルメイクをしたるなのボーカルとギター、翔子のクラリネット、あやめのパーカッションによる、初期メンバーのセルフカバーライブから始まった。


 次は英美里と優子の漫才「ゆるキャラ」。


「うちらもアイドル界のゆるキャラと言われておりまして」


 ここがなぜかいちばんウケた。


 その後はひまりとさくら、ひかるによる、洋楽をカバーしたアカペラライブ。


 さらにだりあの落語「化粧術」。


「最初大ネタをやりたいと言ったら部長に短くしろと言われまして」


 くすぐりでウケたのが良かったのか、爆笑を取ることが出来た。


 休憩時間を挟んでライブが始まると、


「今回は最多の十二人で行くよーっ!!」


 リードボーカルのひまりが煽ると、ボルテージは上がってゆく。


「このライブは、なんとネット配信で生放送してまーす!!」


 七月発売予定のアルバムのナンバーがメインで、まずはアップテンポの『恋バナ。』から始まり『カミダノミ』『ドリームキャッチャー』、バラードナンバーの『虹の橋』、エイトビートの『ダンシングナイト』、最後は『いつもどこでもいつまでも』。


 アンコールは定番の『逃げろ仔猫ちゃん』『もふもふ。』でライブははねた。



 日曜日の一般公開日。


 恒例の人気投票はだりあとるなが人気であった。


 当のるなは、香織とさくらと、あと日焼けも爽やかな、スペインのサッカーチームのレプリカユニフォームを着た好青年と、何やら話し込んでいる。


「誰?」


 優子が誰何した。


「あ、紹介するね。るなの幼なじみの花山はなやま駿平くん」


「花山です」


 折り目正しく駿平は挨拶した。


「彼ね、保育園からるなとすごく仲いいんだ」


 香織が冷やかすように言うと、


「ち、違うってば!」


 るなは必死になって、首筋まで真っ赤にした。


 ステージのトークライブは、だりあがみな穂を指名した。


「かねがねみな穂パイセンに訊きたかったんですけど」


 と、アイドル部の裏話になった。


 みな穂が加入した、まだ今みたいな人気ではなかったその頃からアイドル部は、今のようにメンバー主体で話し合ってルールを定めたり、物事を決めていた舞台裏を明かした。


「なので先生は出しゃばらないけど、でもお金についてのハンコは捺してくれる」


 お金の話題になってドッとウケた。


「同好会のときはお金とか大変だったんだけど、グッズとか売ったし、最初のシングルなんかは手売りしたこともあったみたい」


 知られざる話が出たりして、なかなかレアな内容が展開された。


 大人びた雰囲気のみな穂はなぜか国内よりアジア圏で人気があり、この日は台湾から遠征に来たファンがみな穂とツーショットにおさまったりもした。

 リラ祭が終わると、毎回生徒会から人気投票の結果が送られてくる。


「今回は集計早かったです」


 そう語ったのは、四月に東京へ転校した瀬良翠の後を受けて、生徒会長となっていた小清水綾香である。


「小清水ちゃん、去年は副会長だったよね」


 みな穂は一連の件を知っている。


「あのときはこっちも実は大変でした」


 綾香も綾香なりに、しんどかったらしい。


 話を戻すと、


「今年は競りましたけど、るなちゃんでした」


 明るい茶髪に健康的に日焼けした、あのいかにもギャルな感じのるなが一位ということに驚いた。


「もしかして男子って、意外とギャル好き?」


 スクールアイドルには珍しいギャル系のるなだが、見た目と違い性格は至って常識的で、むしろ古風な面すらある。


 確か去年は、有澤雪穂がブッチギリの一位で、九月の代替わり後に芸能界入りを果たしている。


「みな穂先輩は芸能界行くんですか?」


「私は進学かな」


 美波コーチからも「みな穂は学者タイプだから」と、芸能の世界で生きていくのは難しいと言われていた。



 そこへ。


「セラミックス、やらかしてくれたね」


 スマートフォンを片手にあらわれたのは美波である。


「コーチ、何かあったんですか?」


 何も知らないのか、というような半ばあきれ気味の無言で、美波が突きつけたディスプレーにあったのは翠のアイドル部時代の、人気投票のときに撮られたポスターの写真と、


「人気グループ・ライラック女学院アイドル部元メンバーに浮上した疑惑」


 とある。


 記事には「すでに二年前に女優と結婚しているイケメン俳優と、舞台の共演を通じて知り合い、その後は不倫関係に発展し…」という内容とともに、楽しげに高級ホテルのロビーで談笑するツーショットの写真が載っていた。


「何かしでかすならあの子かなとは思ってたけど、マジにやらかしてくれるとはね…」


 美波の言葉に、みな穂は立ち尽くしたまま何も発言することが出来ずにいた。



 更に問題は記事について、初見のはずのみな穂がなぜか、これについて「あの子どうしちゃったんだろうって」とコメントしていることになっているのである。


「まぁ今の態度で何となく分かったけど、セラミックスは何かハメられた可能性があるのかなって」


 この日のうちに、メンバー全員に部室への召集がかかり、長谷川マネージャーも夕方には駆け付けた。


 その段階では部員みなが事態について把握は出来ていたようで、


「そもそも瀬良メンバーは転校してから何をしていたのか、どこでどう不倫相手と知り合ったのか、そこから辿る必要があります」


 長谷川マネージャーはすでに調べ上げていたようである。


「彼女は転校後に東京へ行き、原宿でスカウトされてモデル事務所に入ってます」


 みな穂は、まだ自身が中学生のときライブのリハーサルで澪の名札を首から下げ、立ち位置の代役をしていたとき、目を釣り上げてやって来た翠を思い出していた。


 あのときは顔から血の気が少し引いて、人間的な温みのない感じであったが、ポスターの写真などを見るとなかなかの美貌で、


「もっと穏便に出来ないのかな」


 などとあやめと帰路に話していた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る