決戦


 いよいよ自由曲の部門が始まった。


 前日の課題曲の段階では、三位につけている。


「一位が叡智学院、二位が都立鍛冶橋かぁ…」


 どちらも優勝候補として名前があがっていた高校で、


「プログラムだと叡智のあとですよね」


 隣に座った翠が確認した。


 舞台には一番の府立高校が登場し、華やかなオレンジのスクールカラーを基調とした衣装でパフォーマンスを始めた。


 一番最後の二十四番がライラック女学院なので、本来ならリラックスしても良いのであろうが、そこはやはり初めての本戦である。


「みんな大丈夫かなぁ」


 本番中はスマートフォンが使えないので連絡も出来ない。


 気づくと二番の学校が終わって拍手を受けていた。



 いっぽう。


 舞台裏の出演者控えとなっているブルペンでは、出場する学校が順番ごとに呼ばれてゆく。


 一番から上手かみて下手しもてと交互にスタンバイしてゆくので、二十四番のアイドル部は下手からとなる。


 最初こそ、どこの高校も賑やかに話しているが、出番が近づいて来ると口数が減る。


 ライラック女学院は知名度は高い。


 今やYouTubeチャンネルの登録数は数万を数え、Twitterは公式マーク付き、部のInstagramは海外からもフォローされている。


 果然、他校からも声をかけられる。


 特に藤子と雪穂は顔が割れていただけに、


「写真撮ってもらえますか?」


 などと求められる。


 中には、


「実は藤子ちゃんに憧れて、アイドル始めたんです」


 という、四国から来たチームの子もいた。


「YouTubeでずっと見てて、今回一緒に出場出来るのが夢のようだった」


 それだけで、同好会時代から精進してきた甲斐があったといっていい。



 二階席にいた清正と翠は、十二番のチームが済んで休憩に入ると、ロビーでサンドイッチをつまみながら他のチームの分析をしていた。


 そこへののかが来た。


「これから面接に行ってきます」


「気をつけや」


「あ、それと先生」


「桜庭くん、どないしたん?」


 清正はスポーツドリンクでサンドイッチを流し込んだ。


「先生は、優勝すると思いますか?」


「するとは思ってへん」


 翠が何かを言い掛けたが、


「ただ、優勝するとは信じとるけどな」


「分かりました」


 それだけを聞くと、ののかはロビーを離れた。


 翠はこのアイドル部というチームの、真の意味での強さを見たような気がした。



 二十三番の高校がスタンバイし、ブルペンはアイドル部だけになった。


「ここでいつもの、行くよ!」


 唯を中心に、九人の円陣が組まれた。


「長谷川さんも、ほら!」


 長谷川マネージャーも加わる。


「みんなのために、てっぺん取るぞーっ!!」


「おぉーっ!!」


 黄色くも力強い声を出すと、


「二十四番、スタンバイです」


 スタッフから呼び出しがかかった。


 アイドル部は、舞台袖の所定の位置へ向かって、一斉に駆け出していった。



「二十四番、北海道代表、ライラック女学院高等部」


 ネットで知られていただけにコールだけで拍手が沸いた。


 袖から九人が出てきた。


 いよいよ、自由曲のパフォーマンスである。


 まず藤子がフラッグを掲げる。


 モロキュウPによる作曲の『扉』のイントロがかかった。


 練習のフォーメーション通りに動いてゆく。


 難所のクロスもクリアした。


 歌詞は間違いなく、優海とすみれが歌ってゆく。


 敢えてミュージカルっぽく、しかしアイドルらしさを残したのも、これは計算通りであった。


 無事にパフォーマンスが終わると、拍手がなかなか止まずスタンディングオベーションになった。


「…やった」


 ようやく清正は肩の荷が降りたような気がした。


「あとは結果やけど…こればっかりは分からん」


 勝負ばかりは天の配剤、と清正は呼吸を整えようとした。


 カメラチェックも無事に済み、


「みんな大丈夫かいなぁ?」


 それだけが心配だった。




 

 審査の結果発表が始まった。


 まずは銅賞、オーディエンス賞、技術賞、審査員特別賞、銀賞、金賞、そして最後に最優秀賞と呼ばれる。


 まだ出ない。


 不安と期待が入り混じる。


 特別賞で叡智学院が出た。


 銀賞ではない。


 清正は天を仰いだ。


 金賞…でも呼ばれなかった。


(さすがにアカンかったかなぁ)


 息をついた。


 しばし、沈黙があった。


「最優秀賞、ライラック女学院高等部」


 一瞬、よく分からなかったが、一階の代表席で唯や藤子たちが抱き合って泣いていた。


「先生、取りましたよ!」


 翠に揺さぶられて我に返った。


「えらいことになった」


 まず思ったのはそれである。


 信じてはいたものの、まさか取れるとまではまるで思っていなかっただけに、


「あいつら、すげぇな。奇跡起こしよったで」


 参ったな、というような顔をした。




 表彰式では、唯に真っ赤な優勝旗が渡された。


 ついで藤子に優勝楯。


 準優勝高とともにメダルを授与され、最後はバックスクリーンを背景に記念写真を撮影。


 表彰式が終わると、廊下で清正はメンバーを探した。


 いた。


 向こうでも千波が見つけたらしく、


「取ったよ! 先生、てっぺん取ったよ!」


 千波とすみれが駆け寄って抱きついた。


「ようやったなぁ」


 ここで実感が沸いてきたのか、


「お前ら、どえらいやっちゃで…」


 何がなんだか分からなくなってきている。


 しかし少し冷静になってくると、なぜか藤子がいない。


「一人足らんやないか」


「藤子ちゃんは、新人賞の授賞式に行きました」


 しばし考えてから、


「そっちも取ったんか…!!」


 清正は目が回りそうになっていた。





 その頃、藤子は長谷川マネージャーの車で、例の男装風の衣装のまま、丸ノ内の授賞式のホテル会場へと向かっていた。


「せめて制服に着替えられたらいいんだけど…」


 藤子は着替え場所を気にしている。


 パフォーマンスが終わってから受賞の連絡が来たのは表彰式の直後で、


「今から向かわせます」


 という長谷川マネージャーの車で、首都高速に入ったところである。


 丸ノ内のホテルに着くと、


「先生、こちらです」


 案内されるまま広間に来ると、フラッシュの光を大量に浴びた。


 たまらず目を伏せた。


 席につくと、記者会見が始まった。


 ネットで話題のメガネっ娘アイドルの藤子を見ようと集まったメディアだけで、百社以上いたらしい。




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