系譜
十月から代替わりしたアイドル部は、藤子と唯、マヤが抜け、新部長がみな穂になったことで、新しく変わろうとしていた。
しばらく休止していた外部活動を、土日祝日限定で解除することにしたのである。
「一時期ほどフィーバーしなくなったしね」
同時に。
「画面よりライブを」
という基本スタンスに回帰しようと、ラジオ番組のイベントを少しだけ増やした。
これには優海もすみれも賛成で、
「私たちはあくまで、現役のJKだしさ」
地道なイベントに出る回数は増やした。
この月からは雪穂が地元の土曜日の情報番組のリポーターに抜擢され、ラジオの収録が日曜日にズレた。
特に雪穂が白老のアイヌの施設へロケーションに行った際には、
「アイヌからアイドルって初めてじゃないかな」
という館長のはからいで、民族衣装を着せてもらったりもした。
「やっぱり似合うねー」
メンバーからも好評で、日頃褒めない優海も、
「いちばん雪穂らしくて私は好きかも」
と言ってくれた。
その他方で。
ハマスタの全国大会へのエントリーはしない、という方針も多数決で決めた。
「七人ギリギリじゃあ、出るのもどうかなって」
というすみれの意見を取り入れてのことであったが、前年度優勝校で、しかも全国区となったアイドル部が出ないというだけで騒ぎとなった。
「また雪穂先輩みたいに、知らない人に肩を掴まれるような危険は避けなきゃね」
これには雪穂も笑うしかなかった。
「みな穂には悪いけど、来年は優勝旗を一人で返しに行ってもらうしかないよね…」
すみれはバツの悪そうな顔をした。
みな穂の基軸は、
「大人に振り回されないこと」
というのが方向性としてあったようで、
「私たちは大人のお金儲けの玩具でもないし、もちろん人間だし、ましてやATMでもない」
と雪穂が言った台詞を、行動にあらわしたかのように、みな穂は明確に動いていたようである。
唯が目標としていた札幌ドームの単独ライブは、コンサドーレのファンフェスタのゲストというかたちで叶った。
「私、ベガルタファンなんだけどな…」
みな穂はコッソリ言った。
すでにインディーズレーベルから出したアルバムは三枚を数え、ニ等身フィギュアのガチャも出た。
「紅白とワールドツアーは、次の代に委ねる」
無理をしないのが、商業的ではない部活動ならではのアイドル部であった。
そうした折。
卒業したののかが、十月から朝の情報番組のお天気キャスターとしてデビューしたのである。
「すごいね、ののか先輩がおめざジャポンのお天気キャスターだよ?!」
放送の初日、番組でののかが紹介された。
「新しいお天気キャスターは、あのライラック女学院アイドル部OG・桜庭ののかちゃんです!」
画面にののかが映った。
「本物だー!」
「あのときの面接って、これ?!」
果たして、唯の予想通りであった。
「今日からお天気を担当することになりました、桜庭ののかです」
ぎこちなく原稿を読むののかを食い入るように唯は見ていた。
ののかのデビューはたちまち話題となり、業界では「ライラック女学院アイドル部」といえばちょっとしたブランドとなっている。
それでも。
すぐ芸能界に行くわけではなく、それぞれ自由に進路を選んでゆく。
唯は何社かあったオファーをすべて断って、芸能界を選ばず服飾の専門学校へ進むことを選んだ。
「アイドルだから芸能界に行かなアカンという法律はあれへん」
清正の明快極まる進路指導によるものであった。
ハロウィンにはレギュラーのラジオ番組のスペシャル生放送があったのだが、
「サプライズゲスト、初代部長の関口澪ちゃんが来てくれました!」
このとき澪は、驚くべき告知をした。
「ライラック女学院アイドル部、念願の全国ツアーが決定しましたーっ!」
ドッキリでも泣かなかったすみれですら、このときはあまりの衝撃で涙を流したので、
「すみれちゃんも泣くんだ?」
とぼけた雪穂砲に、全員が撃沈する一幕もあった。
年の瀬が近づくと、各局の音楽番組に呼ばれる頻度が増えたのだが、ほとんど札幌からの中継で、
「すみません、私たち部活動なもので」
と毎回謝るみな穂のセリフを元にした「私たち〜なもので」という流行語まで飛び出した。
年末の紅白を終えた後、次は二月の雪まつりライブ、さらには三月一日の卒業式ライブ…と日程は比較的詰まり気味ながら、それでも新一年生は五人入ることも決まって、
「同好会スタートから四年で、ここまで来るとは思わなかったな」
というのが、初期からいた唯や藤子の偽らざる思いであった。
「うちらは部活動だから、お金も持ち出しだし苦労はあるけど、ビジネスに流されないから廃部にならない限りは大丈夫なんだよね」
今やアイドル部は全国にある。
その草分け的な存在として、先だってもフランスのドキュメンタリー映画のクルーが来て撮影していったほどである。
その中で藤子は、
「私たちの原点は楽しむことで、まずメンバーみんなが楽しむこと、見てくれる人が楽しむこと、そして笑顔にすること…これが最終目標かなって思います」
そのための厳しい練習であり、ストイックな生活なのだと藤子は言った。
二月の雪まつりライブでは、附属中から二人が加入することが決まったのだが、その紹介のさなかに衝撃に直面したことがあった。
このとき。
ステージ上から、清正と安達茉莉江が手を繫いで仲良さげに歩いているのを、唯が見つけてしまったのである。
(…いつの間に)
唯はびっくりしたが、ステージの本番中なので慌てて驚きを隠した。
終了後、舞台裏で清正を問い詰めると、
「例の事件のあと、何くれと面倒見てくれてやね」
安達茉莉江が卒業後、通信制の大学で経営学を学びながら、実家のレストランを手伝っていたのは知っていたが、そこへ挨拶に行った帰りであったらしい。
退院して茉莉江が二十歳の誕生日を迎えた頃から、交際がとんとん拍子に進んで、この六月に挙式するのだという。
「まさか安達茉莉江とはねぇ…」
話を聞いた澪も目をむいたが、でも茉莉江ならお似合いなような気もしたのか、
「案外合うかもよ」
とだけ言った。
三月の卒業式ライブのリハーサルが始まると、
「総代は萩野森唯ちゃんで」
という話になった。
本来生徒会長がつとめる慣例が、現職が二期目に入った二年生の翠で──最終的には生徒会を選んだ──あるため、功績から唯が選ばれたのである。
「藤子でも良いんじゃないかなぁ?」
唯は藤子を推したが、
「だって先代のアイドル部部長は唯でしょ?」
という藤子の一言で決まった。
「さすがに答辞は藤子、あんたお願いね」
功績から言って順当であろう。
卒業式が近づいている。
「藤子ちゃんは本州に行くの?」
みな穂は訊いてみた。
「京都だからね…簡単には帰れないかな」
卒業後、藤子はアニメーション会社のストーリーライターとして、京都にある出版社への就職が決まった。
「でも京都ならアニメーションは有名だから、もしかしたら藤子ちゃんのストーリーがアニメになるかもしれないんだ?」
「可能性はね」
それって作家になるよりスゴいかも知れないね、とみな穂はいい、
「そしたら私はアイドル学の学者になろうかな」
「そんなジャンルあるの?」
「なければ作る!」
みな穂も少し変わってきたようである。
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