躍動


 リラ祭の演目が決まった。


「まさかまたコントやるとはねー」


 好評だったらしく、今回は餅つきのコントに決まった。


 二部のライブは全曲オリジナルになった。


「千波ちゃんのおかげだよ」


 作曲出来るメンバーがいるのは唯も心強い。


「でもフォーメーションどうします?」


 翠の分のフォーメーション変更を千波は訊いた。


「あの子は生徒会長だから、下手に変えてまた当日どうのこうのってのも困るから」


 フォーメーションは変えない、と唯は言った。


「そもそも実力が分からないのに、ステージには上げられない」


 部活動とはいえ、今回はチケット販売もある。


「たとえ五百円でも、お金をもらうからにはちゃんとしたライブにしたいわけ。でなきゃ筋道が立たないでしょ?」


 唯には唯の道理があるらしかった。


 


 ライブでは新しい企画としての、グループ内ユニットの発表もある。


「あやめちゃん、カホンやらせたらセンスあってさ」


 パーカッションの経験者がいなかったので、唯はあやめにカホンを勧めてみたのである。


 これでベース優海、サックス雪穂、カホンあやめでユニットが決まったのだが、


「ユニット名だけ決まらないなぁ」


 そこへ千波が来て、


「sea snow irisってのはどうです?」


 優海の海、雪穂の雪、あやめをそれぞれ英語にしただけだが、


「それ決まり!」


 楽器の種類から言えば、ジャズかカントリーミュージックに近いかも知れない。


「北海道らしくていいかも」


 こうなると早い。




 早速sea snow irisの練習が始まったが、


「このサウンドだと、インストゥルメンタルっぽいほうがカッコよくないですか?!」


 あやめの提案に優海が乗った。


「歌わないアイドルバンド、アリだね」


 そこで何曲か練習したあと、


「やっぱボーカルあるとちょっとね…サックスでボーカルのラインやってみて?」


 雪穂にボーカルのメロディを吹かせると、


「これだわコレ」


 ちょっと大人な感じが三人とも気に入ったようであった。


「何もアイドル部だから歌わなきゃダメとか、うちの部はないんだよね」


 コントもやれば楽器もやる。


 マヤのようなコスプレ撮影会の企画を持ち込んだのもいる。


 唯も今回はアコースティックギターの弾き語りライブを開く。


「いつもキャピキャピしてなきゃいけないなんて、誰も決めてなんかないし、いいと私は思う」


 この闊達さが、いわばウリでもある。



 最終的にsea snow irisはジャズナンバーを演奏することにした。


「シナトラのナンバーだから古いけど『fly me to the moon』ってどう?」


 洋楽好きな優海らしい、なかなか渋い選曲ではある。


 動画で見てみると、


「これならうちらの楽器に合いそうだね」


 アイドルなのにジャズ…ギャップ萌えしそうだと踏んだらしかった。


 他にもジャズナンバーを数曲選んで音合わせをすると、だんだん形になってきたので、


「これならみんな楽しんでもらえそうだね」


 優海は言った。




 他方で。


 千波が弾いていたのは『ジョックロック』というキーボードでは有名な曲で、


「コレ、高校野球のブラバンのだよね?」


「元ネタはヤマハのキーボードのデモなんだよ」


 唯は知らなかったらしい。


 千波は今回は場面転換のつなぎを兼ねたキーボード演奏をする。


「ソロ演奏、やってみたかったんだー」


 千波は上機嫌で今度は『コードブルー』を弾き始めた。



 リラ祭ライブの日。


 やはり翠は生徒会の仕事が忙しいらしく、なかなか顔も出せないでいた。


「いいじゃん、部費だけ払ってくれるタニマチさんなんだから」


 みな穂がタニマチという古い表現を敢えて使ったせいで、翠はこの頃にはセラミックス以外にもタニマチさんと呼ばれていた。


 人気投票は二日目で、今年は雪穂と千波の一騎打ちの様相となりつつある。


「藤子ちゃん、出てないからね…」


 今回は藤子は辞退した。


 少し寂しいかと思いきや、そうでもない。


 ライブはsea snow irisのジャズから始まった。


 大人っぽい黒の衣装で『fly me to the moon』を演奏する三人は、


「あれは女子でも惚れてしまう」


 とまでネットで話題になったほどである。


 ジャズはどうかなと思ったが、意外にも教師たちのウケがよかったらしく、


「あれならアイドル部があってもいいな」


 などと評価を得た。


 このあとは唯がカバー曲で弾き語りライブ。


 アコースティックギター一本で『幸福論』や『Darling』、谷村有美の『笑顔』といった、なかなか渋めのラインナップのカバーライブはウケも良かった。


 転換の間、今度は千波がキーボードで登場。


「えーと、テレビで聴いたことのあるノリノリのナンバーを演奏しますので、乗っちゃってください!」


 弾いたのは『ファイヤーボール』『eruption─タルカスより─』『コードブルー』、そして例の『ジョックロック』である。


 タルカスでは全身を躍動させるように弾いたので大迫力であったらしく、一気にボルテージが上がってゆく。


 さらにジョックロックはキーボードのデモが元ネタだという解説でどよめきが起きた。



 千波のキーボードが終わると、


「みなさーん、お待たせしました! 二年連続のライブでーす!」


 アイドル部が登場すると、やはりボルテージは上がる。


「今年はオリジナルナンバーのライブです!」


 歓声があがった。


「それじゃあ、盛り上がってゆくぞーっ!!」


 千波が作った『シーサイド!』から始まり、しっとり聴かせる『いつの日か』、アップテンポでコメディチックな『逃げろ仔猫ちゃん』。


 すみれのソロナンバー『RAINBOW』を挟んで最後は可愛らしい『もふもふ。』で大盛り上がりを見せ、アンコールでは楽器組も出てきて新曲『食べちゃうぞっ!』で大歓声の中ライブはハネた。


「今回はかなり盛り上がったねー」


 予想外ながら、あやめがバック転をしてみせたのである。


「かなり練習しました」


 鼻につけたピンクの絆創膏が証拠であろう。



 翌日は前回好評だったトークイベントで、


「ゆきほ&みなほ」


 というコンビのマッタリしたマイペース漫才や、マヤのマニアックなアニメ物真似など、新しいラインナップを揃えた。


 その後はコスプレしたマヤの撮影会で、一般公開日とも重なって、見たこともないような男だらけのムンムンとした熱気で撮影会が行なわれた。


 マヤが今回用意したのは中二病のコスプレで、眼帯までしっかり仕込んである。


 生徒会の仕事をしながら見ていた翠は、


「私がやりたかったのはこれだったんだ…」


 このときほど翠が、生徒会長になったことを後悔したことはなかった。





 人気投票の結果が来た。


「千波ちゃんが一位だって!」


 なんと雪穂を抑えて千波がトップになった。


「千波ちゃん、敵いないからなぁ」


 キーボードでのライブがかなり盛り上がったのが効いたらしい。


 当の千波は、


「一位なんて人生で初めてかも」


 少し当惑気味であったが、


「来年こそ頑張ろうかな」


「いや唯先輩、三年生だから」


 マヤあたりになると、ツッコミも出来る。


 二位がそのマヤ、三位にはあやめが入った。


「バック転出来るようになったからだよ、きっと」


 アクロバティックなパフォーマンスは美波以来引き継がれつつあるようであった。


「最下位の翠はしょうがないよ、だって生徒会で忙しかったんだし」


 藤子はかばうように言った。




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