第2話 ロック歌手とわたし

わたしのこころに火を灯す熱い想いを探す旅は、まだ、終わらなかった。


そのロック歌手に出会ったのは春、わたしは十八歳だった。ファーストアルバムはロックンロールアルバムなのに痛快さに欠けていた。ロックンロールはこころの隙間を埋める音楽なのではないだろうか?彼は満たされていないこころ、その状態を正確に伝えようとしているようだった。ため息と舌打ちを繰り返すわたしの生活と本作は似ていた。


セカンドアルバムはわたしのルーズな生活みたいにミディアムテンポの曲が大半を占めていた。破壊力というよりも摩擦力のある本作を繰り返し聴いた。死にたくないけど消えてしまいたいと思っていたのかもしれない。あの頃も恋愛も含めて人間関係に悩んでいた。自分自身が惨めで憐れだった。


最長曲は惨めで憐れなわたしを美化するのに充分だったが三枚目のアルバムは春の一日やゆっくりと流れる春夏秋冬みたいに穏やかで温もりを持った作品だった。伝えたいメッセージは「ひとりぼっちも結構、楽しいよ」と言われているみたいで励みになった。このアルバムを機会にコンサートに行くようになった。孤独を楽しむ一方で着席してコンサートを楽しむ彼ら彼女らに親近感を持った。


自殺をするのでは?と思うくらい、四枚目のアルバムは緊張感のある作品だった。「お前に女は必要か?ペットのようなら飼ってもいい」と歌っていた。当時、わたしは交際をしている異性がいた。後に結婚し離婚した。先の歌詞は好ましいとは思わないが強烈にこころに刻まれた。わたしはこのアルバムが大好きだけど、その精神が離婚という悲劇を招いたと思っていた。


前作から少し間があっての五枚目のアルバム。このアルバムの背景にはロック歌手の失恋がある。前作の「ペットのようなら飼ってもいい」と歌う一言は傑作を作るという決意や自信が感じとれた。実際、傑作だと個人的には思うが、その傑作を作った代償、恋人への配慮の無さが招いた不幸が失恋だった。この作品も傑作だと思っている。失恋する、でも、傑作を作る。それらの事柄はコインの表と裏みたいだ。


六枚目のアルバムは前作の方が良いという消極的な感想を持ってしまった。何かが終わる、そんな気配が漂っていた。


翌年に七枚目のアルバム。わたしは二十五歳。本作は自由という言葉が浮かんでくるがわたしはその年に結婚し不自由さを感じていた。


少し間があっての八枚目。ロック歌手はラブソングを歌うようになった。好ましいとは思わなかった。この時はまだ、夏目漱石の「こころ」を読んでいない。読んでいたなら先生がKに言ったみたいに「精神的に向上心のない奴は馬鹿だ」と、およそ、そのような表現をしたに違いない。


前作の翌年の九枚目。ドラマの主題歌は名曲だった。結婚をしていたわたしは恋の辛さに鈍くなっていたがこの曲は懐かしい痛みを蘇らせてくれた。でも、それだけではなかった。わたしは諦めのような確信をした。ロック歌手の七枚目からの変化は一時的な変化ではないということをわたしを含めて、かつて、着席してコンサートを見ていた彼ら彼女らも、ぼんやりと確信したのではないだろうか?わたしと彼ら彼女らは同じ立場の少数派で寂しさを共有していた。でも、我々は寂しいだけではなかった。我々にしかわからない喜びも共有していた。予想してない、また、望んでもいないことをロック歌手は納得も狂喜もさせてしまう。このドラマの主題歌はまさにそれだった。


前作の翌年の十枚目。この頃も「こころ」を読んでいないが「どうして・・・、どうして・・・」と表現したのかもしれない。


十枚目の翌々年に十一枚目のアルバムが発表された。怒りとカオスがデジタルに彩られていた。そして、ロック歌手は孤独だった。自らそれを選んでいるみたいだった。わたしも自ら選んだ訳ではないが孤独だった。本作はわたしのこころを映し出す鏡のようだった。


十一枚目のアルバムが発表された同じ年にセレクションアルバムが発表された。八枚目、九枚目、十枚目の曲を中心に選ばれたアルバム。別れた妻に対してはセンチメンタルな気持ちにはなれなかった。離婚を機会にまた、誰かを好きになる。上手くいかないこともある。恋の辛さをまた、経験することになる。ロック歌手が歌うそれらが癒したり励みになったりする。彼がラブソングを歌うのは好ましいとは思わなかったけど、離婚して良かったと実感した。


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