第3話 そうだと思った時、人は京都に行きたくなる

「さて、どこに行こうか」

「本当に何も決めてないんですね」

「言ったでしょ、行く当てがないのが旅だって」

「行き当たりばったりとも言いますよね」


とりあえずやってきた東京駅。新幹線の発着を告げる電光掲示板を見上げる俺たちの周りでは、多くの人が行き交っている。

俺と同様に夏休みに入ったばかりの学生は楽しそうにしているし、足早に歩む社会人の皆様には、ぜひ春海さんに爪の垢を煎じて飲ませてやって欲しいと思う。


「ここでこうしててもしょうがないし、とりあえず駅弁を買いに行こうよ」

「順序が逆ですよね!?」

「私、出発前に慌てて駅弁を買うのって嫌いなんだよね。もっとゆっくり見て回りたいじゃない?」


そう言うと、春海さんは売店に向かってさっさと歩いて行ってしまう。なんかもう、駅弁を買ったら、満足して帰ろうって言い出してくれないかと期待してしまう。

行く先々でこんなペースだと疲れる一方だ。


「肇君はいくつ食べる?」

「いや、駅弁は普通一個ですよね」

「せっかくの旅なのに? 嘘でしょ?」

「なんで俺の方が非常識みたいな反応なんですか!? どう考えても春海さんの方がおかしいですよ!?」

「郷に入っては郷に従え、だよ。肇君」


その用法は違くない!? 私がルールとでも言いたいの!?


「どれがいいかな~♪」

「ちゃんと食べきれる分だけにしてくださいね」

「食べた分は歩くから大丈夫」

「これから新幹線に乗ろうとしてる人のセリフとは思えないですね」


スタンドバイミー気取りで線路の上でも歩くつもりか?


「肇君は海と山、どっちが好き?」

「行くのも食べ物も山の方が好きです」

「おっぱいも好きだもんね」

「突然下ネタをぶっこんでくるのやめてもらえません!?」


しかも公衆の往来で。たまたま誰かに聞かれたらどうするって、がっつり聞かれてますね。品出ししてたお姉さんがびっくりした目でこっちを見てるよ。


「あ」

「どうしたんですか?」


頼むから変なことを言い出すなよ?


「どうしよう。お酒を買うのもいいんじゃないかって思い始めてきちゃった」

「好きにすればいいと思います」

「反応が薄いよ、肇君」

「未成年ですから。高校二年ですから。お酒の味なんか知りません」

「それは人生の八割を損しているってことだよ」

「大丈夫です。まだ若いので、その程度の八割ならこれからいくらでも取り返せます」

「……えげつないカウンターを返してくるね。アラサーに若さアピールは禁句だよ?」

「言われっぱなしも癪なので」


俺を話し相手として連れ出したのを後悔すればいい。


「そうすると、私もこの旅では禁酒をするべきかもしれない。アラサーって言っても、まだまだ若いからね、私も。人生の醍醐味を知るより、今というこの時を楽しむべきな気がする」

「自分で何言ってるかわかってます?」

「ううん。全然」

「バカだ」


春海さんを見ていると、つくづく自分はもうちょっとマシな大人になろうと思う。しっかりせねば。


「うん。お酒は旅先で楽しむものだから、移動中はやめよう」

「どっちにしろ飲むんじゃないですか」

「人生にはそういう楽しみ方もあるって、肇君に見せてあげるよ」

「俺、春海さんの酒癖の悪さは嫌ってほど知ってますけど」

「あれは仮の姿。本当の私はあんなのじゃない」

「それもう、酒は飲まない方がよくないですか?」


何しろ、酔えば必ずと言っていいほど記憶を飛ばす人だ。そしてなぜか記憶を飛ばした時は、自分のアパートじゃなくてうちのマンションに帰ってくるし、もっと言えばうちに転がり込んでくる。帰巣本能がバグを起こしてるんだろうな、きっと。はた迷惑な話だ。


「私はこのお肉がたっぷり入ったやつにするよ。肇君は?」

「じゃあ、こっちの肉が入ったやつで」

「ダメ」

「なんでですか」

「肇君はこっちの海鮮系にして」

「自分が食べたいだけじゃないですか!?」

「そうだよ」


クッソ、開き直りやがって。


「でも、肇君は私の言うとおりにするしかないと思うんだよ」

「どうしてですか?」

「お金を出すのは私だから」

「これぐらい自分で買えますよ」

「ダメ」

「なんでですか!?」

「旅の間、肇君のお財布は没収です」

「いや、意味わかんないですよ」

「君は私のヒモになりなさい」

「さらっと何言ってるんですか!?」


だから、公衆の往来でそういうこと言うのってやめろって! ほら、またさっきの品出しのお姉さんがすごい目でこっち見てるじゃん!


「とにかく決定。お会計してくるね」

「だったら最初から自分で全部決めてくださいよ」

「それだとつまらないでしょ。せっかく一緒に旅をするのに」

「ものすごいワガママな言い分だ」


選択肢はあるのに決定権はないって、こんな理不尽なことはない。


「お待たせ~」

「って、もう買ってるし」

「優しいからちゃんと飲み物も買ってあげたよ」

「150円の優しさアピールって微妙じゃないですか?」

「高校生にとって、150円って結構大きいと思うんだけどな」

「そこは社会人の尺度で捉えてください。大人でしょう、春海さんも」

「大人だけど社会人ではないよ。なぜなら今の私は自由業無職だから!」


ただのダメな大人ってだけなのに、そこまで堂々としないで欲しい。


「じゃあ、行こうか。もうすぐ新幹線も来るし」

「あれ、行き先決まってないんじゃなかったでしたっけ」

「実はすでに新幹線の席を予約していたんだよね。一週間前に、2人分」

「俺が行くとも言ってないのに!?」

「肇君なら来てくれると信じてたよ」


今日だけで何度思ったかわからないけど、この人やっぱりアホでしょ!? なんで行くかもわからない相手の分まで席を予約してるの!?


「俺が行くって言わなかったらどうしてたんですか?」

「そんな寂しい『もしも』の話なんて、しないで欲しいな」

「何も考えてなかったって事実を、いい女風に誤魔化そうとしてもダメです」

「肇君ってロマンスの才能がないよね」

「現実を生きてますから」


春海さんやうちの両親みたいな、ゴーイングマイウェイで突き進む人たちが側にいれば、嫌でも現実ってものを直視するようになる。地に足のついた人生を送るのが、俺の目標だ。


「それで、どこに行くんですか?」

「知りたい?」

「教えてくれなきゃこのまま帰ります」

「京都だよ」

「即答ですね」

「肇君が意地悪なことを言うから」

「……」


この人はなんでたまに可愛いことを言うんだろうか。そういうのはズルいと思う。


「『そうだ』と思った時、都民は京都に行きたくなるものなんだよ」

「鉄道会社の広告戦略が上手いってことですね」

「やっぱり肇君ってロマンスの才能がないね」

「物事は的確に捉えないと色々と損をするんですよ」

「ちなみに、今の状況を的確に捉えるとどうなると思う?」

「何かのはずみに補導でもされたら、大変なのは春海さんなんだろうなって思ってます」

「……ダメだよ、そんなことを考えちゃ」


確かに今のはいささか現実的過ぎた気がする。でも、春海さんの手綱を握るにはこれぐらいがちょうどいい気もする。


「それじゃあ行きましょうか。切符ってどうすればいいんですか?」

「今の話の流れだと、君をこのまま連れていくのは間違ってるんじゃないかと思うよ」

「そもそもの話になってきましたね」

「だけど、そんなことじゃ私は前言撤回をしないよ」

「無駄に強さを発揮しなくてもいいんですよ?」

「何と言われようと、私は君と旅に出るよ」


って、いきなり手を握らないでくれませんか!?

ちくしょう。一瞬ペースを握れたと思ったら、すぐに取り返される。これだから美人相手は困るんだ。


「さあ、行こう」

「……はい」


なんだかんだ嬉しそうに笑みを浮かべる春海さん。その笑みが向けられると、まあ別にいいかと思ってしまう俺がいる。

それに夏休みの始まりが京都っていうのは、そんなに悪くないなと思った。

ということで、行きます。京都に。

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