はじめての来客

 それから、私は来客に備えて台所を確認してみることにした。


 妙に緊張してしまっているのは、廊下でばったりすれ違った時雨さんに台所について尋ねたものの、「どこになにがあるかはわかりません。自由に発掘してみてください」と言われてしまったせいだ。


(家人にも把握されていない台所とは?)


 とりあえずはお茶くみのミッションに備え、茶葉や薬缶などを見つけ出したい。

 意気込んで立った台所に備えつけてあるIHコンロは、三口。十分な調理スペースと広い流しもあって、使い勝手はよさそうだ。


 よさそうなのだけど、綺麗さっぱり片付いたシンクには生活感というものがかけらも感じられなかった。食洗器は空。ざっと見たところ、湯呑たちは影も形もない。


 そういえば、時雨さんは料理が壊滅だとか言っていたっけ。


(あまり料理をしないのかも……)


 まず私は、茶筒を探して冷蔵庫を開けてみた。六百リットルの大容量冷蔵庫の中身はなんと、すっからかん。ああ、嘘だ。奥にゴマ油の瓶だけ転がっていた。この状況だと心配になる賞味期限は、まさかの今日。


(調味料はこれから買いそろえるとして、まずはお茶……茶葉を見つけないと……)


 引き続き茶葉を探したいものの、やはり人様の家だ。

 「自由に」と言われていたとしても、やはり気が引ける。私はおっかなびっくり、近くの棚を開けてみた。


 そして、閉じる。

 深呼吸をして、もう一度開ける。


 今度はこれでもかとみっちりと詰められたインスタント食品とお目見えしてしまった。

 カップラーメンにカップ焼きそば、カップうどん。


 冷蔵庫が空の理由はここにありそうだ。


 私はひとまず、インスタント食品の間でつぶされていた茶葉を探し出し、救出した。ついでに奥にしまい込まれていた鉄瓶の発掘にも成功する。


 とりあえず、お茶の準備だけでもしてしまおう。


 そう決めて水道水を沸かしている間に、私はさらに急須と湯呑、茶たくを発見した。急須は戸棚の上、湯呑は茶棚、茶たくはキッチンの引き出しのなかの乾きものの間に無造作に突き刺さっていた。


 さっと急須類を洗った後は、茶葉の種類のチェックを行って『深蒸し煎茶』だと確認する。渋みがおだやかで、まろやかな味が特徴の飲みやすいお茶だ。


 そこでお湯が沸騰したので、私は火を止めた。このまま少し放置して熱を冷ます。

深蒸し煎茶は熱湯よりも七十度程度のお湯を使うのに適しているためだ。


 一度沸騰させるのは、カルキ臭を抜くため。これが家庭でおいしいお茶を作るためのひと手間だと、料亭で教わった。


 一段落ついたところで、チャイムがなる。


「ごめんくださーい、約束していた山田紗枝でーす」


 さっそく玄関に向かえば、しずくちゃんと同い年くらいの女の子が立っていた。


 栗色のショートボブが活発な印象を与える少女だ。襟元に花の刺繍が施された桜色のシャツに、カーキのパンツを合わせた春らしい装いが、彼女によく似合っている。


 なかでもひときわ目を引いたのは、彼女が両手に大切そうに抱えていたのは若竹色の風呂敷だ。今時、外ではあまり見かけない品——とりわけ、彼女のような若い女の子の腕のなかにあるのは、なかなか珍しい気がする。


「ご案内しますからおあがりください」

「お邪魔しまーす」


 私は言われたとおり、彼女を応接間兼作業部屋といわれていた和室まで案内して、襖越しに時雨さんに声をかけた。


「時雨さん、山田さんをお連れしました」

「どうぞ、お通ししてください」


 紗枝ちゃんの案内を済ませた後、私は台所に戻った。すでにお湯もだいぶいい温度になっている。


 さっそく、ふたつの湯飲みに廻し注ぎをして、お煎餅と一緒にお盆にセッティング。まっすぐ応接間に向かった。


「失礼します、お茶をお持ちしました」

「わー、わざわざありがとうございます!」


 初めて立ち入った応接間も、私の使う客間と同じく六畳の和室だった。床の間や障子の向こうには広縁もついているらしい。壁際には桐箪笥のほか、広げられた着物がかけられていた。


 ふたりは、すっきりと片付いた部屋の中央に着物を広げながら、まるで密会でもするように話し込んでいたらしい。

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