The Jackal

「ん――」



 翌朝、アパートで目を覚ました杏子は隣で寝息を立てている花子を目を細めて見た後、起き上がって体を伸ばし、のそのそと布団から出る。

 そして一度花子の頭を撫でると台所へ向かい、コーヒーを淹れる準備をし、トーストを焼いている間、オムレツと顆粒のコンソメを使ったコンソメスープをちゃちゃっと作り、サラダ用の野菜を水洗いし、拳を振るって水分を飛ばした。

 そしてそれらを盛り付け、花子の朝食用とメモを残し、コーヒーをカップに注ぎ、キャラメルを口に入れる。



 キャラメルを2つ食べ終えると杏子はコーヒーを飲み、それを終えるとベランダに出てタバコを一服。

 洗面所に行き、顔を洗い歯磨きをし、服を着替えるとカバンを手に持つ。

 最後に花子に近づき、彼女の額に自分の額を合わせ「いってきます」と声をかけ、そのままアパートを出て大学へと向かう。



 外に出た杏子は燦々としている太陽に目を覆い、一度頭上を見上げた。

 季節的にまだ暑いと言われるような時期ではないが、それでも射し込む日の光はジリジリと肌に攻撃的で、出来ることなら全身を覆っていたい。

 しかし今の杏子はジーパンにTシャツという簡単な格好で、対人的にも災害発生時にも心もとない格好をしていた。



 だがそれが出来ないのが大学生、きらびやかな学生の中でフル装備で出張ったのならきっと友だちどころか誰も近寄らなくなるだろう。



 せめてナイフの一本でも持ってくればよかったかと毎度毎度同じ後悔を毎朝しているのだった。

 そんなことにため息を吐いたのだが、いつまでも考えていても仕方がないと細く息を吐いた。

 そして自身が発する圧を極限まで抑え、体中から力を抜く。



 歩む姿は羽のように、空気の膜が弾けるよりも速く。世界が足を進ませたことを認識するよりも疾く、疾く――。

 景色を切り取るとそこにはすでに杏子の姿はなく、影だけが取り残されている。



 所謂、縮地走法と呼ばれるものだが、杏子が所属していた部隊ではこの走法を狩りをする獣にあやかり、ジャッカルと呼んでいた。



 山岳地帯や森林地帯で猛威を奮ったこの走法だが、コンクリートジャングルでも変わらずその力は驚異的で、誰にも気が付かれることなく杏子は死角に潜り込み、そこからさらに加速、移動を繰り返し、数十分はかかる道のりを10分切るほどの速さで大学にたどり着く。



 そしてたどり着いた大学のキャンパスで一息つくと辺りに誰もいないことを確認し、纏う圧を常人レベルまで引き上げようとする。



「――ッ!」



 だがふと覚える違和感、舐め回すような感覚と見られているという不快感、指の骨を鳴らした杏子は対敵用の空気と顔で勢いよく振り返った。



「ぴっ」



「あ――」



 しかし後ろにいたのは見覚えのある顔で、彼女は杏子の顔を見た瞬間泡を吹いてぶっ倒れてしまった。



 杏子は彼女が倒れる前にすかさず近寄り、頭を抱えて抱きとめた。



 頭を掻く杏子はどうしたものかと思案するのだが、ここで倒れた女の子をそのままにしておくのも体裁が悪いと思い、彼女を抱えて大学の校舎へと入っていくのだった。

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