第7話 おっさん改心


「待てよ! どーして死ぬんだよ!」

「はぁ……たかが私の半分も生きていないガキのお前に世の中の何が分かるってんだよ」


 そんなの。そんなの知らない。当事者ではない俺にこのおっさんの世の中なんか分かるはずがない。それでも死ぬ理由なんてどんな時でもあっちゃいけないはずだろ。なんで。


「おっさんには家族がいるんじゃないのか!」

「……家族……か。……この単語を口にするのはいつぶりだろう。家を追い出されて以来だな」


 だめだ。同情なんて絶対にするか。


「諦めたのか?」

「あぁ。俺は機械だ。ただ無意識に工場で働かされて、安い金で命をつなぐ。そこに幸せなんて一つもない。俺はさっき仕事をクビになってな、決めたんだ……」

「……」

「まぁお前とコイツに会わなければ、私はこの林の奥でひっそりと木にぶら下がっていたよ。そうすればお前にも知られず、誰にも迷惑がかからなかっただろうに」

「ふざけ……」

「コイツが悪いんだよ。あんな所にいたから。私の死体でも見つけられちまったらどーなるか」

「……それで、ついでだから心桜を犯そうって決めたのか」


 おっさんの口調は比較的穏やかだがどこか無気力だ。横にいる心桜はもう口を抑えられていないが、大人しくしている。


「なんだよ……おっさん。あんたはちゃんと人間だよ」

「……何を言う」

「本当に機械ならついでなんて言葉使わねぇよ。心桜を犯したいんだよな? 女の体に夢を持っているんだよな? 立派な人間の証拠じゃねぇかよ!!」

「……」


 やつれていたようなおっさんは、水を得た魚のように目を見開かせた。それに便乗するように心桜も目を見開かせてこちらを向いている。


「……よもやガキに心を動かされかけるとは、私も堕ちたもんだな」

「だからよ、おっさん……」

「いや、私は死ぬ。人間であるから、辛いとも感じるんだ。もう家族の元には戻れない。死ぬ理由には十分だよ」

「なんでだよ……」


 説得なんてできなかった。俺はただおっさんを機械から人間に戻しただけで、何も変わらなかった。もうどうすることもできないのだろうか。


 その時だった。


「なんだよ……お前……その顔は」


 おっさんは心桜と至近距離で対面した。その心桜の顔は、きっと聖母のような慈悲がマリアナ海溝並み深い表情を向けているのだろう。


「……め……い?」


 おっさんは心桜の表情を伺うとそう口にした。人の名前だろうか。すると心桜もおっさんに向かって、穏やかな口調で。


「ねぇおじさん」

「……っ」

「私と……その……えっち……してくれたら家族の所に帰るって約束してくれる?」


 は? こいつ。何言ってんだ? ビッチか? このおっさんに処女取られるくらいなら俺が!


「山ちゃん。私の処女にそんな価値はないよ。ビッチってのは傷つくけど」


 あ。


「だめだ! やめろ心桜! おっさん!」

「……すまなかった」

「……え?」


 おっさんが突然頭を下げて謝った。状況が飲み込めない。


「いや、人の顔を思い出してな」

「……めい?」

「あぁ。私の娘の名前だよ。娘がいるのに、一体私は何をやっているんだか」


 おっさんは呆れたように自分の両手を見下ろす。確かに分かったことが、おっさんの口調に生気が戻っている事だ。


「本当にすまなかったね、君達。私はこれから行く所ができたよ」

「……それ」

「大丈夫、交番だよ」


 そう言うとおっさんは立ち上がり、心桜を縛り付けていたロープに手をかける。


「あれ? ……なぁ、そこの少年。これ解くの手伝ってくれないか?」


 いや、解けないのかよっ。


「今はそんな突っ込んでる場合ではないぞ。お前の恋人なんだろ?」

「「は?」」


 俺と心桜の息がぴったりだった。


「早くお互い一発ヤっておかないと私みたいなやつにコイツの処女を奪われるぞ? 少年よ」

「はい! この後一髪ヤります!」

「いや、ヤらないからねっ!!」


 そんな会話を交わし俺は心桜の縄に手をかける。


「おっさんどんだけきつく縛ったんだよ」

「いやー」

「いやーじゃないっすよ」


 さっきから心桜は背面を向けたまま、解けるのを今か今かと不安そうに待っている。


「そういえば。おっさん包丁持ってるんじゃないのか?」

「……あー、あれ嘘だよ」

「なんだよ。俺騙されたのかよ」

「ってかお前、よく犯罪者の真横でのうのうとしてられるな」

「……まぁ、少しはビビってるけど、おっさんは悪い人じゃないかなって」

「ほざけガキ」


 その時だった。


「おいおい何やってんだよオメェら」

「俺達も混ぜてくれよぉっ」


 背後からゾロゾロと近づくな足跡が聞こえてきた。

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