第8話 はい、運営のワタリです


 声の主は金色の短髪に赤い眼をした男性だった。

 ほぼ間違いなくプレイヤーだろう。

 装備は革製の鎧と脚装備をしている。


「おい、聞いてんのかテメェ」


「この杖のことですよね」


「どこで手に入れた」


 正しくは杖ではなく錫杖なのだが教える義理はない。

 たぶん迷惑プレイヤーの類だろうし、そうでなくとも言葉遣いが酷い。初対面なのだから少しは相手に与える印象を考えた方がいいと思う。


「クエストで手に入れたんですよ」


 嘘は言っていない。というより事実だ。

 クエストの詳細を聞いてきたら適当に対価を貰って話を切り上げよう。盗み聞きしようとしてる野次馬からも集めれば臨時収入としては十分な額になるはずだ。


「まぁいい、寄越せ。俺が有効活用してやる」


「は?」


 目の前の男は見た目からして戦士か狩人の素質を選択したプレイヤーだ。魔術媒体を持っているようには見えないので魔術士の素養を隠し持っているというわけでもないだろう。どう有効活用するのか興味はあるがRMTか自慢して宝の持ち腐れになるかのどちらかだろう。


「だから俺が有効活用してやるから寄越せって言ってんだ。早くしろよ、この愚図が!」


 だんだん腹が立ってきた。

 しかし、ここで冷静さを欠くのは良くない。

 この手の迷惑プレイヤーに対する対処法はMMO黎明期を生きた先達の手によって既に確立されているのだ。それを踏襲すべきだろう。


「もしもし、運営ですか」

『はい、運営のワタリです』

「面識のないプレイヤーから装備品を寄越せと恫喝されています。どのように対処すればよいのでしょうか」

「おい、てめぇ! ふざけんな!」


 迷惑プレイヤーの対処として手っ取り早いのは運営に対処を任せてしまうという方法だ。この青年に処罰が下ることは現段階ではないだろうが、青年からしたら本当に処罰を受けるのは避けたいだろう。こちらが躊躇せず運営を頼る選択肢を実行できるということを知らしめるだけでも十分に効果があるのだ。

 特にCiLは問い合わせに対して運営側の用意したAIが即座に対応してくれる。普通のMMOならメールで問い合わせて返信を待たなければならないことを考えると画期的なシステムだと思う。


『大丈夫ですよ。こちらで処分します』

「え」

『えいっ』


 ワタリさんの掛け声と同時に恫喝してきた青年がポリゴンになって消えた。どうやら強制的にログアウトされたようだ。


「あ、ありがとうございました」

『今後ともCiLをよろしくお願いします』


 さすがに恫喝した程度でBAN(運営からアカウントを削除されること)されることはないだろうが、思った以上に迷惑行為に厳しい運営のようだ。


「お騒がせしました」


 そういって野次馬に頭を下げる。

 必要ない行為ではあるが角が立つのを避けるためだ。


 やはり"蒼神の錫杖"が気になるのかチラチラと見てくるプレイヤーは少なくないが、やはり下手に話しかけて運営に報告されるのも嫌なのだろう。彼らが話しかけてくることはなかった。


 気を取り直してフォレストボアにリベンジすべく西の森へと向かう。今のステータスなら余裕で倒せるのは分かっているが、負けたままというのは喉に小骨が刺さったような不快感を感じるのだ。


 広場からストーキングしてくるプレイヤーもいるが問題はない。どうせ西の森はインスタンスフィールドだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「僕は帰っきた!」


 森の手前で廃人っぽい雰囲気の集団に絡まれそうになったことを除けば何の問題もなく西の森に戻ってくることができた。道を塞ぐように陣取っていたが、彼らは何がしたかったのだろうか。


(広域探索)


 ステータスが上がったので効果範囲は以前の倍以上になっている。前回よりも落とし穴の数は減っているような気がするが気のせいだろうか。


 前回、フォレストボアを見つけたのと同じくらい進んだだろうか。やはり岩に擬態したフォレストボアを見つけることが出来た。


(魔力弾)


 だから前回同様に魔力弾で牽制したつもりだった。前回の1000倍以上の威力になっていることを完全に忘れていたのだ。花火が至近距離で爆発したかのような轟音が森を震わせる。


「ゴホッ、ゴホッゴホッ」


 土煙が収まると魔力弾の着弾した付近を中心に小さなクレーターができていた。もちろんフォレストボアは影も形もない。


「消しとばすと素材は手に入らないのか。どうすっかなぁ……」


 リベンジは果たした。

 しかし、素材が手に入らなければクエストの達成報告ができない。


「あ、魔力弾って命中するまでの距離が遠いほど威力が下がるんじゃなかったっけ」


 この使用と"蒼神の錫杖"の効果を合わせ──


「ゴホッ、ゴホッゴホッ」


 てもダメでした。多少は威力が下がったのでマシにはなったが五十歩百歩だ。しかし、その後も試行錯誤している内に地面と平行になるように放つことでクレーターを作るのだけは回避できるのうになった。射線上の木々が倒れているので環境破壊には変わりないのだが。


「あと可能性があるとすればスキルの新規習得くらいか」


 このゲームで習得可能なスキルの数は素質と覚醒の獲得数1種につき2枠、それに加えて位階が10の倍数に到達する度に5枠増える。つまり現時点で20枠ある内の5枠しか使用していない。

 ただ枠があれば習得していいとは限らないようなのだ。


「スキルの成長速度が落ちるって一文が怖すぎる」


 このゲームのスキルは何度も使い続けることで使用者に合わせて成長していくらしい。しかし、ヘルプにはスキルの習得数が多いと成長速度が下がるとも書いてある。


「攻撃威力調整ってまんまだけど欲しいな……」


 フォレストボアを見つける度に自然環境を破壊しながら森の奥へ進むこと30分が経った頃、後ろの惨状を振り返って"攻撃威力調整"というスキルを習得することを決めた。



名称:攻撃威力調整

分類:戦闘 補助

対象:攻撃スキル

射程:自身

効果:攻撃スキルを使用する場合、その威力を-99%~+100%の範囲で調整することができる。この時、対象となった攻撃スキルの発動コストと再使用も同様の倍率で増減する。

再使用:なし



「魔力弾……お、おぉぉ」


 威力を90%減少させた魔力弾によってフォレストボアを消しとばすことなく倒すことに成功した。もちろんクレーターもない。更に嬉しいことに魔力の消費も1で済んでいる。


 その後、テンションの赴くままに周辺のフォレストボアを見つけては倒し続けた。これで組合のクエストも無事にクリアできると一安心したタイミングだった。

 目の前に見覚えのあるパネルが出現した。



◼︎Danger:The Forest Big Bore

 アルテラの西に広がる大森林に生息するフォレストボアが長い月日を経て成長した個体。通常種のフォレストボアにはない特殊技能を獲得している。

 挑戦しますか YES/NO

 ※NOを選択された場合、入り口に転送されます。



「あれと同様の警告文が出るようなモンスターが通常フィールドを徘徊していたのかよ……」


 思い出されるのは"彩神の封印窟"で遭遇した先輩だ。

 あれと同程度の強さということはないと思いたいが強敵であることは間違いない。


「リベンジしにきたんだ。こんなの一択でしょ」


 躊躇うことなくYESを選択した。

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