閑話肆 苦労多き一日

「あ―――よく寝た―――!!」

 部屋に注がれる朝日を浴びた主は眼を覚まし布団から上体を起こし、背伸びした。

「・・・・・・・・・ふぁ」

 思わずあくびが出た。

 ここ最近の神族と魔族の攻防は一進一退であり、領地を取ったり取られたりしていたが、つい先日オオクニヌシ率いる奇襲隊によりミシェルビッチが治めていた土地を奪還した。

 魔族は周辺からの撤退を余儀なくされ、神族はこれを機に周辺の再統治に乗り出した。これにともない、今まで反抗姿勢を見せていた者達も恭順或いは協力の意を示し始めた。それでも反抗する勢力には各個撃滅していった。

 何を今更と憤りを表す者達もいたが、オオクニヌシが彼らを宥めてくれた。身内で争っては勝てるものも勝てなくなるといわれ、渋々ではあるが納得してくれたのだ。

 その対応でこの部屋の主は連日早朝に起き深夜遅くに寝る習慣を繰り返していたが、オオクニヌシが「明日は休んでいい」と主に休暇を与えた。

 その為、それまで朝の早い眼覚めを余儀なくされたこの部屋の主は、久し振りの深い眠りを堪能できたわけだ。

「・・・・・・あれ? 服キツイ・・・・・・・・・??」

 だが主はすぐ自身の異変に気づく。

 いつもはちょうどいいゆとりがあるはずの寝着が、今日は何故かキツく感じる。

 どうやらそのキツさを感じるのは胸部らしい。更に肩が凝ってる気もするし、声も普段より高い。

「むむむ・・・・・・何で肩が凝っ───?」

 何と無しに手が髪に触れた瞬間、その手が止まった。

「・・・・・・・・・??」

 たまらず髪を眼の前に持ってきたところ、サラサラとした長い綺麗な髪だった。

「いやいやちょっと待て」

 嫌な予感が脳裏を過った。冷静になろうとした。

「まさかな。アハハハハハ・・・・・・・・・はは」

 信じたくないと思い眼線を落とす。そして固まった。

 そこには、自分の性別では絶対確実にあるはずのない、実りに実った形良き二つに山がその存在を主張していた。試しに触ってみるが、しっかりとした重みがあった。本物らしい。

「えっ?」

 自然と手が下に行く。そして、そこにあるはずのものを探してみた。

 無かった。あるはずのものが。

 彼女は眼を鏡台に移した。

 パーツは自分の面影を残してはいたが、ほぼ別人に等しい姿がそこに映し出されていた。

 彼女は絶叫した。

「何じゃこりゃ―――――――ッッッ!!!」



 それと同時に障子が勢いよく開き、見知らぬ男が飛びついてきた。

「龍二―――ッッッ!!!」

「うわっ!? 誰だお前! つかキモッ!! 引っ付くなぁ!!!」

 男のハグを防ぐ為、彼の顔面を押さえて必死に抵抗する彼女に男は甲高い声で告げた。

「あたしだよぉ! 達子だよぉ!」

「はっ? グエッ」

 油断した瞬間野郎───もとい男性化した達子に抱き着かれた。

「よし、少し落ち着こう」

 取り敢えず達子を黙らせて、女性化した龍二はこの状態について考えようとした。

 そこに、気まずそうな顔をした誰かが入ってきた。

「あ~~遅かっ───」

「諸悪の根源は貴様かぁ!」

 その者が犯人だと悟った瞬間、龍二は彼の腹部に飛び蹴りを決め、そのまま蹴り上げ、宙に浮いた彼の身体をかかとおとしで地面に叩き付け、顔面に渾身の左の追い撃ちをかけた。

 その後は意識を取り戻した達子と一緒に犯人をフルボッコにした。

「さてどういう事かしっかり説明してもらおうか泰平。理由如何によってはテメェを血祭りにあげるからそのつもりで」

 泰平の胸倉を掴んでにこやかに怒る龍二。それに対して泰平は視線を反らして弁明を始める。

「えっと、こっちもそろそろ決着つくかなぁと思いまして、ちょっと思い切って『新術』開発しよっかなぁと考えましてね?」

「ほうほう。それで?」

「それが途中から術式を間違えちゃったみたいで。『絶対防壁』と名付けた術式が何故か『男女転換』の──」

 ドカッ

 皆まで言わさず、龍二は彼の顔面に拳をめり込ませた。

「何をどー間違えたら『絶対防壁』とやらの新術が『男女転換』の術と間違えるのかなその辺の事情を詳しく教えてくれるかなぁ?」

 とても早口だった。

「いやその・・・・・・・・・」

 泰平は言葉に詰まった。

「あの・・・・・・実は君達二人にしかこの術はかかってなくて」

「おらっ!」

 今度は腹に拳がめり込んだ。泰平はあまりの痛みにうずくまってしまった。

「てことは、何か?」

 龍二の左眼が鬼になった。

「まさか元々『新術』の威力を確認する為に俺達を実験材料モルモットに選んだとかそんなふざけたことぬかすはずねぇよなぁ?」

「実は全くその通り゛ぃ!!」

「ほほーう?」

 軽く首を絞める龍二は彼にとても邪な笑顔で宣告した。

「よし今すぐテメェを私刑に処す!」

「ちょっ、龍二?」

「安心しろ殺しはしねぇせめて九分九厘殺しで勘弁してやる」

「ダメだよ、それより、ヤスのことだからちゃーんと解除法知ってるよ」

 ギクリと泰平の表情が強張った。

「おい泰平。達子の言う通りお前とーぜんコレを解くすべはあるんだろうな7?」

 泰平はまた眼線を反らした。龍二がジトッとした眼で泰平を見た。

「実は忘れちゃった!」

 茶目っ気たっぷりに舌を出した泰平。

 龍二のダムが決壊した。

「・・・・・・よーし泰平。ちょっと思い切り歯ぁ食いしばってみようか?」

「・・・・・・その拳は何ざんしょ?」

 龍二の拳は紫と蒼の焔を纏っていた。

「一遍死んで来いっ!」

 龍二は行動で答えた。鳩尾に見事に決まり、泰平は悶絶した。

「達子。晶泰おじさんとマサさんタメたん呼んできて。公開処刑する」

「ラジャ」

 達子は三人を呼びに行った。

 その後、部屋に来た三人の前で龍二は事の顛末を説明し、泰平は父の口から幼少期の恥ずかしい話などを暴露されて心身共にズタボロにされたことは言うまでもない。

「すまないな龍二、達子。うちのバカ息子が迷惑をかけた」

 泰平の父晶泰が頭を下げた。

「別にいいよおじさん。その分たーっぷり仕返ししたから♪」

 満面な笑顔で答える龍二。部屋の片隅には小さくなってヘコんでいる泰平の姿があった。

「その術の解除法は俺とそこのバカ息子が何とかする。まぁ、それまでは我慢してくれ」

「それはいいけどさぁ・・・・・・・・・」

「でもねぇ」

 それまでの間自分達の正体を知られてはならないということになるわけで。

「あらおもしろいことになってるわね?」

 そう言った時にぞろぞろと部屋に入ってきたのは華奈美や公熙、和美達だった。

「って早速バレとるやないかいっ!」

「俺が政義と為憲に頼んで来てもらったんだ。協力者は多い方がいいからな」

「まぁまぁ。ちゃーんとアタシ達が匿ってあげるから」

 和美の言う通り、ここに集まった面々は信頼に値するのでそれを信じることにした。



 そういうことで作戦会議が開かれた。

「取り敢えず、龍二さん達はアタシが連れてきたお付きの者ってことにしとくわ」

「ということは、それ用の名前考えないとダメね」

「そうね」

 龍二は会議そっちのけで心の平穏を取り戻す為呉禁を膝の上に乗せて愛でていた。

「はうぅ~落ち着く~」

 スリスリ

 ナデナデ

 最初は彼女の姿に戸惑った呉禁も嬉しそうだった。

 彼女の知らないところで会議は進む。

「タッちゃんは、『木ノ下繁春きのしたしげはる』でいい?」

「ばっちぐー」

 達子は親指を立てた。

 次は龍二の番である。ただし本人は聞いていない。

「龍二さんはそうね・・・・・・『藤澤樟葉ふじさわくずは』でどう?」

「へーい。あぁ、和むぅ」

 一応話は聞いているようだが、心ここに在らずだった。顔がにやけていた。

「───龍二君、現実逃避してるわね」

「そうでもしないと、精神衛生上良くないんじゃない?」

 いや分かるけど、と和美は鼻頭を掻く。とりあえず「色々あって疲れてるのよ」ということで納得した。

「それで、当面は他のメンツにバレないようにしなきゃだな」

 バレたら色々面倒なのは眼に見えているしこれ以上の面倒事はどうしても避けたかった。

「取り敢えずヤスをもっかい殴っとく」

 現実に戻ってきた龍二はへこんでいた泰平の後頭部をぶん殴った。

「しっかし、この姿に違和感がなぁ」

「今日一日の我慢よ」

「はぁ、しょうがねぇな。

 ───泰平様。解除法が見つかるにはどのくらいかかりますか?」

「適応早すぎ!」

「つか、すげぇ違和感ねぇ何だこれ?」

「龍二さんの無駄過ぎるスキルの一つよ」

 呆れる和美。学力以外は完璧超人である龍二は器用貧乏の言葉が相応しいと思ったくらいだ。

「夕方には意地でも見つける」

「分かりました。それまでは何とか隠し通して見せますわ」

「つか、何でお嬢様風なんだよ」

「気分ですわ関平様」

 外見は美少女だが中身が野郎である樟葉に言われるのは嬉しいような気持ち悪いような複雑な気持ちだった。

 スタスタと龍二───もとい樟葉は部屋を出た。

 出たところでばったり祖父と早速鉢合わせしてしまった。

「ん? 見慣れない顔だな?」

「これは失礼しました。わたくし、和美様お付きの藤澤樟葉と申します。今日一日だけですが、和美様の身の回りのお世話に参りました」

「そうか。その和美のお付きのアンタが何で孫の部屋から出てきたんだ?」

「和美様から言伝を預かりましたので、それを伝えに。でも龍二様はおりませんでした」

「そうか。なら、ここにいる意味はないな」

 龍彦は来た道を戻ろうとした。

「では、失礼します」


 とそこを去ろうとした時、龍彦は再び振り返り樟葉の肩をガッと掴んだ。

「───なんて、言うと思ったか龍二?」

 しっかりバレていた。

「いや全然」

 無論、そんなこと分かりきっていたわけなのであっけらかんと言った。

「しかし、その姿は何だ?  目覚めたか?」

 龍彦は孫の姿を上から下までじっくり見てから少し身を引いた。違う違うと樟葉は否定する。

「これには色々メンドーな事情があって決してそっちに目覚めたわけじゃない」

 樟葉はさっき閉めた襖をばあんと開けて「早速バレた」と悪びれずに告げた。

 皆があんぐりと口を開けている姿を、彼女の後ろからコッソリ見ていた龍彦はおかしくて笑いを堪えるに必死だった。

「安心しろよお前ら。俺だ俺」

「あっ、何だ龍彦さんか」

 彼を見た一行はホッと胸を撫で下ろした。面々を見た龍彦は何かを察したようでふむふむと頷いた

「何だそういうことか。それなら、協力してやるよ」

 晶泰から事情を聞いた龍彦は快く協力してくれた。

「龍二さーんいますかー?」

 そこに、何も知らない趙香と華龍が入ってきた。あっ、という一同を見て、彼女は首を傾げた。

「あれ? そちらの人達は?」

 華龍は二人を見てすぐに正体に気づいたが、趙香は気づいてないようだった。

「初めまして。わたくし、和美様お付きの藤澤樟葉と申します」

「同じく、木ノ下繁春だ」

 ペコリ

「あっ、えっと、趙香です。初めまして」

 ペコリ

 そのやり取りを見ていた華龍は少し困った表情を浮かべる。

───この二人の正体を知ったら、姫は悲鳴をあげるわね。

 と思いながらも、主のためを思い彼女の肩を突いた。

「あ、あのさ、姫。この人達の顔に見覚えない?」

「ほえ?」

 趙香は眼をぱちくりさせる。

 華龍の意図を知った樟葉が援護に出た。

「趙香様? わたくしの顔をじーっと見てください」

 言われた通りに趙香は樟葉の顔をじーっと見て、それに気づいて声を上げそうになった。

「あっ───」

 すかさず樟葉は彼女の口を塞いだ。彼女は自分の唇に人差し指を当てて

「声を上げてはなりません。事情を説明しますから」

 そう告げると、コクコクと彼女は頷いた。

 事情を聞いた趙香は口をポカンと開けていた。

「龍二さん可愛い。女の子になっちゃえばいいのに」

 彼女は本音を口にする。

「趙香様? それを言ってしまわれたら、わたくしは何か大事なものを失ってしまい立ち直れなくなりますわ」


 こんな時であっても、龍二は樟葉という仮面ペルソナを取ることはなかった。

「だって、本当のことだもん」

 趙香の頬がポッと赤くなっていた。元の素材がいいだけに、普段の彼でもちょちょいと手を加えれば女として見られても不思議はなかった。

「だとしても、それは心の内に留めておくべきですわ」

 樟葉は冷静に指摘した。

「確かに、それ言われたら何か失いそう」

 繁春も頷いた。

「まあいいですわ。ではわたくし、ちょっとオオクニヌシ様を『からかい』に行ってきますね」

「いってら~」

 公熙はヒラヒラと手を振って見送った。

「いやいや待て待て───」

 関平の制止を聞かずに樟葉は嬉々とした表情で出て行った。

「アイツむしろ今の状況楽しんでんだろ?」

 その後ろ姿を見送りながら関平はぼやいた。

「そうしなきゃ精神衛生上よろしくないんじゃない?」

 そういう問題ではないと思う関平。

「じゃ、俺もカスガちゃんからかってくる」

 達子───もとい繁春も樟葉に倣った。

「似た者同士だな」

 頷く一同。順応性抜群である。

「よーし、そういうことだからしっかりアイツらをフォローしてくれ。俺はそこのバカ息子と解除法探して来るからな。ホレ行くぞバカ息子」

 ズルズルと引きずられていく泰平を見送ると、協力者を代表して、龍彦が音頭をとった。

「いいかお前ら。もしアイツらの正体バラしたら『楽しい楽しい』罰ゲームしてやっから覚悟しとけよ♪」

 とびっきりの笑顔。一同が恐怖のどん底に叩き落とされた瞬間であった。














「あー面白かったですわ」

 愉快千万と樟葉は必死に笑いを押し殺していた。

 先刻オオクニヌシをからかいに彼の部屋に行った。そして色々とイタズラをしたのだが、その時の彼の戸惑った表情は写メに保存して皆に見せてやりたかったくらいだ。

「樟葉さんも人が悪いなぁ」

「何のことでしょうかスサノオ様?」

 彼女の隣を歩いているのはスサノオであった。その時彼の部屋にいて、一部始終を見ていた。それから彼女を見送るという名目で今に至る。

「父は若い娘にあまり慣れてないんですよ」

 そんな風には見えなかったと樟葉は思い返していた。

「あら、そうは思いませんでしたが、それは良いことを聞きましたわ」

 クスクス笑う樟葉。今度これをネタにからかってやろうと内心微笑んだ。


「しかし、樟葉さんはよく見ると龍二君にそっくりだね」

「気のせいですわ」

 そりゃ本人だからな。なんて誰が口にするかと心の中で呟いた。

「でも龍二君は家の都合でいないのか。少し残念だな」

「仕方ありませんわ。龍二様にも都合がありますから」

 その家の都合というのは、祖父龍彦の頼みで一旦自分達の世界に帰って状況を見てきてくれとのことらしい。

「せっかく昔話しにきたのに、残念」

「ふふふ。後で龍二様が聞いたらどう思うでしょうね」

 樟葉は立ち止まってウ~ンと背伸びした。

「じゃあ、わたくしは洗濯を済ませてしまいましょう」

「あっ、なら俺も手伝うよ。暇だから」

「ありがとうございます」

 泰平が解除法を見つけるまでなーんにもやることがなくて暇を持て余していたので、だったらいっそのことこれまで溜まりに溜まっていたフラストレーションを発散する為、家事スキルを存分に発揮することにした。

「たまには家事だけに精を出すのもいいですわね」

 炊事洗濯掃除その他諸々の家事を手際よくこなす彼女はとても生き生きしていた。それを考えたら正体のことなどどうでもよくなっていた。



 最も、そんな彼女の為に冷汗かきまくったのは、龍彦の罰ゲームを受けるもんかと彼女の正体をバラされてたまるかと必死こいて右へ左へ奔走していた趙香達であった。

「ちょっ、おい、アイツ自由過ぎるわ! 俺達のことちょっとは考えろやこらぁっ!」と関平が怒り心頭に吠えていたことを後で星彩から聞いた。

 それも一通り終わった。

「さーて、次は面倒なバカの世話でもしましょうか」

 ということで、彼女は現在無二の親友である超堅物インテリ野郎安徳の介抱に専念していた。

 光の無い生活に慣れたとはいえ、まだまだ危なっかしいのである。


「如何ですか安徳様? お味の方は」

「流石、和美のお付きだけありますね。とても美味しいですよ」

 彼は素直に告げる。

「この味、龍二に似てます」

(たりめぇだ。作ったのが俺本人なんだからな!)

 内心吠えた。

「お褒めに預かり光栄ですわ安徳様」

 無論樟葉の仮面は取ることない。

「はぁ、羨ましいですね」

 嘆息する安徳に苦笑する樟葉。

「部屋に戻りますか?」

「はい」

 安徳に肩を貸してやる樟葉。

「焦る気はないのですがね。なかなかどうして」

 そんな彼に少しは学べやと心中で吐露する。

(めんどくせぇ奴)

 心の中でため息をつく。

「安徳様。焦る必要はありませんわ。貴方のペースでやれば良いのです。それに、そこまで自分を卑下する必要もありませんよ」

「?」

「確かに龍二様には貴方にない才能があるかも知れませんが、逆に貴方にあって龍二様にない才能だってあるのです。人の才能など人の数だけある。つまりそういうことですわ」

「・・・・・・はい」

 腑に落ちないのであろう、生返事。どうせ納得はしてねぇんだろうなと樟葉は彼の心情が手に取るように分かった。

 伊達に腐れ縁で安徳と付き合ってはいない。

 今でこそ頑固者の安徳であるが、昔はそうではなかった。

(やっぱあの事件が響いてるよなぁ)

 彼の性格が〝歪んだ〟のは数年前の事件。それ以来彼は現在に至る。

(コイツはもう・・・・・・・・・)

 手間のかかる子供だ。

「そもそも、完璧な人間なんでこの世にはいませんわ」

 だからこそ一言釘を指した。

「完璧を目指しているのなら、それはただの徒労です。何の価値もありません。止めることをオススメしますわ」

 辛辣な言葉も彼を思えばであった。

 その意味が安徳に届いたかどうかは分からない。













 樟葉はどっと疲れていた。部屋のちゃぶ台の上にぐだぁとだれていた。

「しんどいですわ~」

 その原因は九割が瑞穂、沙奈江、カズガノミコトであり、理由は語るまでも無いだろう。

「お前、よく今まで堪えてこれたな、あれに」

 ふと顔をあげると、見知らぬ美人が自分を見ていた。

 美人なのに何で口は悪いのだろうなんて考えたが育ちが悪かったという結論に落ち着いた。

「・・・・・・誰ですかぁ~」

 間の抜けた声をあげると、美人は暫く黙った。

「そうか。お前がこの姿見るのは初めてか」などとわけの分からぬことを一人呟いた。

 ちょっと待ってろと言い、ふん、と手を合わせた。すると、ボン、と煙が立ち込め、その煙が消えると呂布が姿を現した。

 ポカンとしていた樟葉は、すぐに悟るが、ンなアホな~と呻いた。

「こっちゃ仮の姿よ」

 呂布はすでに女の姿になっていた。

「こっちが本当のアタシだ。男の方が色々とやりやすいんでな。普段はアッチで過ごしてる」

 返事はなかった。

「ホントお疲れね」

 それは今知った事実も含まれているのを彼女は理解していたが、他のことの原因が多くを占めているのも知っていた。

「わたくし、あの三人の恐ろしさを改めて知りましたわぁ」

 樟葉はさっきのことを無いことにした。

 ぐだぁとたれぱんだになっている樟葉の横に呂布は座った。

「よしよし」

 何となく撫でたくなったので心の趣くままに撫でた。

「ふにゅ~♪」

 嬉しそうだった。

「いっそ女として生きたら?」

「それは断固としてお断りしますわ」

 間髪入れずに否定した。

「その様子ですと、わたくしの状況を知っているのですね?」

「まぁ、さっきそこで吠えてた関平に会ってな。言伝預かってるが、聞くか?」

「結構」

 それがどんな内容なのか容易に想像できた。 そっかと呂布は何も言わなかった。

 ん? と樟葉が唸った。そして顔だけ呂布に向けた。

「その姿で関平に会ったのか?」

「いや。男の姿だぞ。お前とゆっくり話したかったからついさっきこの姿になった」

「さいですか」

 それから暫く樟葉は呂布と雑談して過ごした。

「ここにいたか」

 数時間後、そこに晶泰が入ろうとして、見知らぬ美人が視界に入り動きを止めた。

「樟葉。彼女は一体?」

 答えたのは本人だった。

「初めまして。我が名は呂奉先よ」


 面食らった晶泰は何のことやらさっぱりだったが、彼女の持っていた方天戟を見て、何となく彼女が誰か分かった。

「・・・・・・あー、そうか。そうだった忘れてた」

 何の用と樟葉が聞くと、思い出したように手を叩いた。

「やっと解除法が見つかったんだ。ちょっと来てくれ」

 樟葉はすごく大きなため息をついた。

「これで地獄とおさらばですわぁ」

「奉先さん。すまないが、そこまで彼女を」

「いいわよ」
















「んー」

 翌朝。眼を覚ました龍二は、身体のあちこちをさわりまくった。

「良かった。元に戻ってる」

 あんな地獄はもうこりごりである。しかし、それはつまり別の地獄が再開されるということである。

 そう思うと何か複雑である。

「・・・・・・樟葉のままでもよかっ───」

「何だこりゃ───────────!!!」

 突然耳をつんざく悲鳴が聞こえてきた。

「うっさいわボケェ!」

 と廊下に向かって怒りをぶちまける。何の意味も無いが。

 すると、ドタドタと誰が猛スピードで走っているらしい。こっち向かって来ていた。

 闖入者は勢いよく襖を開けた。

「龍二! これどうなってるの!?」

 そこには友人に顔が似た少女が服装を乱して息も絶え絶えに喘いでいた。

 龍二はしげしげと彼女を見つめ、何かに気づくや、にやにやと極上級の悪魔の笑顔で彼女を出迎えた。

「やぁ陰陽師見習いの後藤泰平君。ついに目覚めたのかな?」

「違─────────────うっっっっっ!!!」

















「ふふん。人様を実験台にしたんだ。それなりの報いは受けないとな」

 クククと晶泰は息子の不幸を心の底から笑った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る