12 進藤家VS黒淵家  ———異世界5———決着2 美琴

 龍二の口から発せられる老成した声。肩まで伸びた銀髪。左眼は澄み切った紫の瞳。

 そして、その圧倒的威圧感。そのどれもが彼であり彼でない。


「誰だお前は!?」

 狼狽している師径を龍二は鼻で笑った。


「本来なら、貴様ごとき畜生に名乗る名はないが、冥途の土産に教えてやろう」

 それから、スッと左眼を細めてから名乗りを上げた。


「我が名は伏龍」


 その瞬間、師径と彼に融合していた魔炎龍は愕然とする。


『ば、バカな・・・・・・そんなことが?!』


 彼が驚愕するのも無理はない。


 宿龍の中でその能力などの詳細が一切不明の龍。唯一分かっているのは、彼が天龍の次点の実力の持ち主であり、彼の龍を宿した人間はもう一匹別の龍を宿しているという。

 そして、龍二が宿していたもう一匹は、彼女を護るようにこちらを睨む紅髪の男。


『き、貴様は、五大龍を二体も宿したというのかっ!』


 魔炎龍の叫びに、彼は口をつり上げた。


「それがどうした?」


 発せられた声色は龍二のものだ。よく見れば、眼帯をしていた右眼のそれが無くなっており、その瞳は白銀に輝いているではないか。

 右の白銀に左の紫。オッドアイの双眸から発せられるその覇気は、彼らを呑み込まんと周囲にまき散らされている。

 師径と魔炎龍は絶望の淵へ叩き落された。仇敵が最狂の龍と五大龍次席の龍を宿していたこと。その力を使いこなしていること。それら全てが許せなかった。


「ふ、ふざけるなぁ!」


 こんな理不尽なことがあってたまるか。何故アイツばかり! と師径は何の考えもなしに魔炎龍と共に炎を撃ちまくった。


「効かぬわ」


 せせら笑う伏龍。手を横に振っただけで魔炎龍の炎はかき消されてしまった。師径は、怒りに任せて突進し己が炎で造り出した剣で斬りかかった。

 伏龍は右手に持った龍爪で容易く受け止める。


「どうした? 貴様の実力はこの程度か」


 師径はイライラしていた。まだ、彼は本気をだしていないからと感じたからだ。


「(槍を片手で操るだと!?)」


 槍とは、普通両手で扱う武器である。それを伏龍は右手一本で易々と扱っているのだ。



 少し離れた場所から二人の戦いを見つめていた美琴は、ハラハラしながらもそんなこと気にしていない沙奈江の方を向いていた。

「伏龍、さん?」

 美琴が呟いた。

『そだよー。さっき美琴ちゃんに命をくれた人だよ。そして私の弟君二号のパートナーの一人だよ』


 ニカッと笑う沙奈江に、美琴は、はぁ、と曖昧な返事をする。

 確かに、あの時龍二の中から人が出てきたような気がしたが、名前までは聞いていなかった。


『そういえば美琴にはまだ名乗っておらんかったの。わしがお主に命を与えた伏龍じゃ』


 彼がテレパシーを飛ばしてきた。彼女は少し間をおいてからお辞儀をした。


 そんな伏龍はまさに片手間のように的確に相手の急所を突く攻撃を繰り出していた。


「ざけんな!!」

 敵意を剥き出しに彼は魔炎龍と融合した。

『ウオォォォォォォォ!!!!』


 普段無感情な魔炎龍が初めて感情剥き出しに強攻してきた。

 彼にとっても伏龍の存在は伝説でしかないと思っていた。たとえその存在が本物であったとしても、彼の強大な力を扱える者がいるはずないと。

 だがしかし、現実にいた。それも憎き敵の次男坊にである。


「貴様の存在! この俺自ら消し去ってくれる!」

「ほぅ・・・・・・・・・」


 伏龍は得物を龍爪から龍雲に切り換えた。刀身を紫焔で染め上げ、手足のごとく操る。縦横無尽に空を斬り裂く刃に、師径は顔をしかめた。

「やってみるがよい」

 伏龍の一撃一撃は異常に重かった。だが師径も負けずに刀を振るっていた。


「おぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 彼の怒り具合に比例して、魔炎龍の炎が辺りに散乱した。その炎は、触れるものを全てドロドロに溶かした。

 万一人が喰らえば、たちどころにヘドロ状の液体になってしまうだろう。


「(我が主や。お主に一つ土産をやろう)」


 突然伏龍はそんなことを言ってきた。

(土産・・・・・・・・・?)


 『精神体』の龍二が訊けば、伏龍はふふんと笑った。

「(お主がいずれ、)」


 伏龍は師径の剣を弾くと、大きく後ろに跳躍して間を取った。

 師径達が訝っていると、彼は龍雲を上段に構えた。すると、その刀身に風が渦巻き始めた。


「進藤流参式 上段之秘剣 降魔ノ太刀 神風かみかぜ

 振り下ろされた一刀から繰り出された荒れ狂う暴風を纏った神速の風刃は、師径の左肩から右脇腹にかけて切り裂いた。


 それはまるで獣が獲物を爪で傷つけるそれに似ていた。

 よろめく師径に伏龍は素早く近づき龍雲を師径の身体に貫かせた。


「ば、かな・・・・・・・・・」


 大量の血を吐き散らし、彼は龍二を睨みつけた。そのまま龍雲から滑り落ちて絶命した。


「冥府にて己の愚行を悔いるがいい」

 捨て台詞を吐いて伏龍はクルリと師径だった塊に背を向けた。

「! 危ない!!」

 美琴の声が聞こえてきたのはそんな時だった。


 彼もその異変に気づき、顔をしかめた。

「ふん」

 至近距離であったが、咄嗟に紫焔の防壁を展開して攻撃を防ぐや、大きく跳躍して距離を取った。

「まだ生きておったか・・・・・・・・・」


 そう呟く先には、黒い影にまとわれた師径の死体が立っていた。

『ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!! シネ! ミンナシンデシマエ!!』

 あらぬ方向に眼が向き、口から黒い液体を吐きながら狂ったように奇怪な動きをする死体は目茶苦茶な攻撃を始めた。


 怨霊と化した魔炎龍は師径の骸を操り乱れ舞っていた。

『シネシネシネシネシネシネシネシネシネ!!』

 壊れた機械のように何度も同じ言葉を繰り返す魔炎龍の眼は敵味方の区別などとうに失せている。

 この場にいる全てを破壊する。それしかなかった。

 故に、傷口から血が流れようが肉体をまき散らそうが骨が折れようが関係なかった。


 伏龍は顔をしかめながら彼の攻撃を防いでいた。

「くそ! 今助けに───」

 そうしようとした紅龍を美琴が手を水平に上げて制止させた。

「美琴! お前何を───」


「ここは、にお任せ下さい〝紅龍様〟」

「えっ───」

 彼の制止を振り切り美琴は歩き出した。そのまま彼女は魔炎龍の前に立ち塞がった。

「何をしておる、下がるのじゃ、美琴!」


『シネェ!!』


 魔炎龍が持っていた刀を振り上げたが美琴は微動だにしない。

しっかりとその眼に捉えていた。


 その時だった。彼女の背中から天使のような純白の翼が生えたのは。

「ほう?」

 美琴はひょいと攻撃を避けると、刀を持った魔炎龍の手を掴んだ。

『ギィィヤァァァァァァァ!!!』

 魔炎龍の悲鳴が木霊した。刀を持った彼の───実際は師径の死体の───腕が溶けるように消滅していた。


 魔炎龍は咄嗟に後ろに跳んだ。


『ド、ドドドドドドウユウコココココトダァ!!?』

「哀れですわね魔炎龍。堕ちるところまで堕ちてしまって」


 淡々と語る彼女を前にして、伏龍は一人思案していた。


 すると、彼女がこちらに振り向いた。わずかに笑んでいた顔は、安心してくれと言っているように思え、彼はふふんと頷いた。


「美琴を弄んだ罪・・・・・・タダですむとお思いかしら?」

 美琴の異変に彼は一つの仮説にたどり着いた。髪は自分と同じ銀に染まっていて、その瞳は紫になっていたのに気づき驚嘆した。

───成程な。そういうことか。


 彼の前で、〝美琴〟は飛翔した。羽ばたく度に落ちる羽が師径の身体に触れるや、その部分が消えていく。その度に魔炎龍が悲鳴をあげた。


「わたくしが冥府へ送って差し上げましょう」

 〝美琴〟が構えるとそれに合わせて矢をつがえた状態の弓が具現化した。


「さようなら」

 射放たれた矢は光の粉を撒き散らしながら師径の死体の心臓に突き刺さった。瞬間、彼らを光が包んだ。


『オ、オオオオノレェェェェェっっっっっっっ!!!!』

 断末魔が虚しく部屋に反響し、彼らはその身を完全に消滅させた。


 それを見ながら、伏龍は宿主の背中の激痛が無くなっていたのに気がついた。

「・・・・・・・・・ほう。癒しの力もあるのか」

 感心していると、いつの間にか〝美琴〟が側にいたことに気づいた。


「また、お会いしましょう伏龍様───」

 すると、〝美琴〟の髪と瞳の色がみるみる戻っていた。


「あ、あれ? 私は一体何を・・・・・・・・・」

 どうやら美琴は何も覚えていないらしい。

「(主。今のことは誰にも言うでないぞ)」

(お、おう)

 伏龍と入れ代わった龍二がきょとんとしていると、何かに気づいた美琴は慌てた表情で


「だ、大丈夫龍二君っ!?」と心配してきた。同じように紅龍も心配して駆けつけた。

 大丈夫と答えた時、龍二はあの時の〝美琴〟と変わっていない所に気づいてしまった。


「あ、あぁ。それよりさ美琴」

 彼は丁度彼女の後ろを指さしながら告げた。


「その、背中に生えてるのは何だ?」

「ふぇ?」

 首を傾げる美琴は素直に振り向いた。そこには背中にあるはずのない小刻みに動く人間に絶対生えるはずのない鳥類の持つ白い翼を見て数秒の間凍結フリーズした。



 そして

「ひにゃぁぁぁぁぁあっっっ!!!」

 美琴は絶叫した。


 龍二の肩を掴むや前後に激しく揺らしだした。

「りゅ、りゅりゅりゅ龍二君っ!! これ何!? 何これっ!? 何なの!?」

「ちょっ、ま゛っ、あっ、やめっ、ギ、ギブ! ギブゥッ!」

 首がもげそうになる龍二は慌ててタップするが、狼狽している美琴はそれに気づかない。


「待て待て落ち着け美琴っ」

 紅龍に肩を掴まれ、彼女はようやく平常を取り戻した。

 解放された龍二はそのまま床に突っ伏した。

「な、なぁ。試しにさ、意識してよ、それたたんでみたらどうよ?」

 言われた通りにやってみると翼は小さくたたまれた。


「今やった要領でそれを身体内に隠すことはできないか?」

 紅龍に言われ、早速やってみた。

(翼さん、私の中に隠れて)

 するとどうだろう。翼は次第に薄れていき、ほんの数秒でその存在はすっかりなくなっていた。

「わっ消えた! 消えたよ龍二君っ!!」

 はしゃぐ美琴の横で、龍二はぎこちなく上半身をあげる。


「よ、よござんしぐはぁっ!!?」


『に~ご~う~!』

 〝何か〟が龍二に飛びついた。龍二は腹部に強烈なダメージを負った。

 その〝何か〟を見た龍二は「あぁ!」と大声をあげた。


「さ、沙奈姉!?」

 振り返り、自身の仮説(?)が正しいことを確認した。

 彼女が霊で、その後ろに別の霊がいることを除いて。

『会いたかったよ~二号~!』


「ちょ、おいこら今は止めれ! てか霊のくせな何で触れんだよ!?」

 瑞穂以上に激しい頬擦りをする姉──どういうわけか触れられる──を力ずくで引っぺがした。その際、後ろの霊に「あんた誰だ」とツッコンでおいた。


『龍二よ。そこのバカはほっといて構わん。早く戻ろうや。皆を安心させねばなるまい?』

 伏龍のきつい一言は、もう片方の霊を傷つけたらしい。「バカって酷くね!?」と文句を言うも、伏龍はしっかり黙殺した。


『これまで何の役にも立ったことのない迷惑だけを振り撒く木偶の坊が、わしらに何か意見できると思うたか?』

 彼は容赦なく突き放す。

「なぁ伏龍。もうちょい加減してやれよ」

 彼は助けてくれた紅龍に涙しながら感謝した。


 はずだった。


「いくらお前が言ったことが曲げようのない事実でコイツが本当にろくでなしで真性のバカで無用不要な害虫に等しい存在だったとしても、本人を眼の前にありのままを言ったら流石にヘコむだろうが」

 まさかの追撃だった。男の霊は相当心に深い傷を追ったようで空中で体育座りしな

がらぶつぶつ文句を言っていた。


「いやいやお前も十分加減してねぇぞ」

と彼がツッこんだその時、気の抜けた声が聞こえた。


「う~ん、よく寝た~」

「あぁ・・・・・・すっかり忘れてた」


 眼を擦り片腕を上げる達子は、辺りを見回し恋人の姿を発見すると、手を振った。

「龍二~助けに来てくれたの~っ!」

 寝惚けていた彼女がふと眼線をずらすと彼の横に自分がいた。

「あっ」

 美琴と眼が合った。


 次第に頭のモヤが取れ意識が明瞭になるや、達子は悲鳴をあげた。

「あ、あたしが二人いるぅぅぅ──────ッッッ!!」

 龍二と美琴は互いに顔を合わせ苦笑した。

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