10 進藤家VS黒淵家 —異世界4——もう一人の達子の決断———

「まぁ大方予想はつくが・・・・・・お前、クローンだろ?」

 そう言われた時、彼女は恐怖どころかひどく安堵した。彼を騙していく必要がもうなくなったことが嬉しかったのだ。



「どうせ、あのクサレ外道の考えるこった。お前に自分のトコまで案内させて後ろから俺を殺すって手筈か? やれやれだな」

 そこまで見通していたのかと思うと彼女は笑うしかなかった。

 ひとしきり笑ってから、彼女は話始めた。


「貴方の言う通りよ。私は黒淵師径が魔炎龍の邪炎で造り出した神戸達子の複製品レプリカ。彼女の思考・性格・興味等全てを忠実に写された、貴方を殺す為だけに動く人形って答えればいいのかな?」


「・・・・・・気にいらねぇな」

 そんなくだらねぇ理由で彼女を作った師径はもとより、自我のある自分を人形呼ばわりする彼女に対しても怒りを感じた。



「貴方の言いたいことは分かるわ」

 微笑する『彼女』は龍二の少し前まで歩を進めた。

「私には人間の持つ感覚はあっても、心がないの。私の心臓は師径の邪炎の種火でできてるのよ。分かる? 彼の一声で、私は生死が決まるの」


「逃げてんじゃねぇよ」

 龍二はその一言で彼女の主張を切り捨てた。


(言うじゃないか)

 紅龍が苦笑する。


「少なくとも、今のお前は自我を持ってるじゃねぇか。誰のでもないてめぇだけの自我を」

 俺はてめぇとは違う境遇の奴を知ってるが、そいつは現実を受け止めてちゃんと『人』として生きているぞ。と龍二はまくし立てる。


「それは───」

 彼女の言葉が詰まる。


 その間、龍二は伏龍に相談を持ち掛けていた。

(っつうわけで、俺はコイツに罰を与えようと思うわけよ)

(ふん。よう言うわ)


 伏龍はクスクスと笑っていた。

(まぁお主の考えることじゃ。わしもやぶさかではないのでな。協力してやろう)

(いいなそれ。俺も乗った。協力しちゃる)

(しからば話が早い。主や、その方法を教えてやろう───)


 伏龍がそのやり方を述べている。それを聞いた彼はあまりのことに唖然としていた。

 『五大龍』No.2。その力は想像以上だった。


「・・・・・・不思議ね。これから殺されるかもしれないのに怖くない。何でかな?」

 そう語る『彼女』の双眸からは一筋の涙が零れていた。死ぬことに後悔はないが、何かが必死に彼女に訴えている。その何かに気づかないふりをしているだけだ。


 んなことはどうでもいいと龍二は彼女を見据えた。

「それで、お前はどうしたいんだ?」

「えっ?」

 それは彼女にとって予想外の質問。意味を分かりかねた彼女にお前はどうしたいんだと龍二は再度問う。


「あのバカの命令通り、俺を奴の前で殺して消えるのか、その前に俺の手にかけられるか、はては生きるか。今アンタに俺から与えられた三択。それ以外の選択でも構わん。どうするか決めるのはお前の自由だ。どれにしようと俺は構わない」

 だが一度決めたことには責任持てよと彼は言った。それを聞いた彼女は、あの日のことを思い出していた。


 それはずっと彼女にまとわりついていた。本当は気づいていた。


 そして、彼に問われた瞬間、その何かは堰を切って彼女の本心を垂れ流した。


「・・・・・・生きたい。私、今からでも、普通の女の子として生きたいよぉ」


 自然と、双眸から大粒の涙が零れ落ちていた。

───〝人間〟として生きたい

 『彼女』が抱いていた叶うこと無き願望。師径を主人とし、彼の成すことが分かってから、夢のまた夢として諦めていた彼女の本心からの願い。



「よし」

 泣きじゃくる『彼女』を、龍二は優しく抱き寄せた。冷たきレプリカの身体でも、彼の温もりは十二分に伝わってくる。

 それが余計彼女の涙腺を緩める。


「そんなお前に俺からこんな罰を与えてやろう」

「ふえ?」


 親指で彼女の顎を上げてやると、そのまま唇を触れさせた。不意をつかれた彼女

は、その時、何かが流れ込んでくるのを感じた。

 唇が離れても、慌てて離れた彼女の頬は朱に染まったままで、顔を伏せていた。

 あのよく分からない感覚も抜けていない


「なぁ。ココ、触ってみ?」

「ふぁ?」


 彼女は間抜けな声をあげる。

 つん、つん、と彼は自分の心臓を突いた。


「ココだココ。はよ触ってみ?」


 龍二は微笑む。わけの分からぬまま、その言葉通りに『彼女』は胸に手を触れてみる。

───ドクン・・・・・・ドクン・・・・・・ドクン・・・・・・・・・


「へっ!?」


 感じることの無い、聞こえることの無い音。叶わぬと思っていたことが、今この瞬間に起こっている。


「ふぇ?! 何で?」


 彼女の双眸から涙が溢れてきた時、龍二の後ろからヌヌッと誰かが出てきた。

「わしの焔で作った心の臓じゃ。あの男のモノは消し飛ばした。もう、お主はあの小僧に縛られることはない。その身体、気持ち、生き方ははすべてお主だけのものじゃ」

「そういうこった。これでお前は正真正銘立派な人間だな。だから精一杯生きろよ?」


「・・・・・・ありがとうぅ、龍二君っ」


 あまりの嬉しさから彼女は龍二に飛びついた。彼の胸で、泣けるだけ泣いた。その間、龍二は優しく彼女の頭を撫でてやった。


「さて、後は名前だけだな」

「名前??」


 キョトンとする彼女に彼は言った。


「今のお前は『神戸達子のレプリカ』であって、お前自身に名前はないだろ? だから本物の達子アイツと区別する為と、やっぱお前自身の為にも名前は必要だろ」


 ポカンと口を開けた彼女の前で、龍二は唸りながら色々な名を呟いていた。


「美奈津・・・・・・違う。亮子・・・・・・微妙。う~ん・・・・・・・・・」


 腕を組み、悩みに悩んだ結果、これだと手を叩いた。


「美琴ってのはどうだ? 琴の調べのように美しい、で美琴」

 その嬉々とした顔に彼女も自然と笑っていた。

「良いよ。龍二君がそう言うんなら。私は龍二君がつけてくれた名前なら何でも良い」

「んじゃ、よろしくな美琴」

「よろしくね、龍二君っ」


 この時、紅龍が「この色男め」とツッコミを入れたのはなかったことになっていた。

 互いに握手をすると龍二は、ふう、と息をついた。


「後は、あの畜生以下のクソ野郎をたたっ殺すだけだな」

「うん」

 そこに、伏龍が忠告した。


「これより元の場所に戻るが、くれぐれも奴に気取られぬようにせよ。特に美琴。お主はその時が来るまで〝人形〟のフリをしておれ。よいかの?」


 美琴が力強く頷けば、うむと伏龍が発す。


「お主の人生はこれから始まるのじゃ。恐れず、己の信じるように進むが良い」

「はい」

 良い返事だと伏龍は彼女の頭を撫でる。

『ふんっ』

 もとの空間に戻った。人形達が無様な姿を晒しているその場に、二人は突っ立っていた。

「〝達子〟。案内を頼む」

「うん!」

 二人は仇敵のもとに歩みだした。















「破っ!」

 放たれた札が爆裂し、黒淵師径配下の者を黄泉へと送った。龍二が一人向かった後、またしても敵が攻めてきたのだ。

 安徳はいかづちを纏った大般若長光と鬼切宗兼を自分の手のように器用に操り敵の素っ首を宙へと舞い上げる。


「あぁもう! キリがないわよ!」

「ぐだぐだ言ってないで、さっさと働く働く」


 良介は簡単に言ってくれるが「それを人は無茶振りと言うっ!」と明美が反論する。

 敵は五百くらいいて、自分達の何十倍はいる。それを九人程度で何とかしようとする無理難題を吹っかけているのだ。


「骨が折れるなぁ」


 ただでさえ難しい戦いを強いられているのに、大内左馬介政義・九条前関白近江守為憲・菊地志摩守滿就といった主力の式神をオオクニヌシの館の守備に残していた。


 青龍や朱雀、玄武、白虎、麒麟がいるがそれでもキツイものがある。

「つか、黒淵の奴らが多すぎるわ!」

「文句を言うでないわ」

 明美の堪忍袋が臨界点ギリギリまで膨らんでいた。それは安徳達も同じことだった。

 それを差し引いても、そろそろ体力の限界か近づいていた。

 額から玉の雫が止まることなく落ちていた。


「でもさ青龍。これじゃフラグ立ったままよ?」


 朱雀が苦笑すると、青龍は眉を開いた。

「・・・・・・ふふん。どうやらそうでもなさそうじゃ」

「?」


 その時である。


「進藤流一式之四 流星群・連撃」


 上空から隕石の嵐のような攻撃が降り注ぎ、降り注ぎ連中の1/3を肉塊に変えた。


「無事か? お前ら」


 とん、と彼らの前に降り立ったのはとても頼もしい援軍であった。


「龍彦さん!」

「おぉ、大丈夫そうだな」


 安堵の表情の龍彦は、殺気を込めた視線を敵に向けた。

 黒淵の連中───特に年長者の動揺は計り知れなかった。


 眼の前に君臨したのはかつて世界を震撼させた『護國神』なのだから。


「まだいやがったか」


 彼は抜刀した龍牙を青眼に構えた。刹那、彼の身体から物凄い鬼迫を感じた。



 ゾクリ。


「!?」


 それは泰平達でさえ恐怖を感じるくらい凄まじかった。


「禍根を断ち切ってやる」

 

彼らはその時悟った気がした。何故龍彦が『鬼神』の異名で呼ばれているのかを。

 そして───


「進藤流青眼之秘剣 破魔ノ太刀 真・夢幻地獄」


 刀を振るったようには見えなかった。龍牙は相変わらず青眼の位置にある。

 だが、黒淵一族やレプリカ達は、まるで見えない何かに刻まれたように細切れの塊となって崩れ落ちた。何が起こったのかわからずに死んでいったのだ。

 

 彼は、安徳らの肉眼で捉えることのできない早さで振るっていただけである。


 過去に五本の指で数えられる者しか修得していない進藤流究極の型。通称第三之型。又の名を、真之型。

 彼らがその存在を知るにはもう少し先の話になる。


 龍彦が龍牙を鞘に入れると、助かったと青龍が皆を代表して礼を述べた。


「ところで龍彦さん。何でこっちに戻ってきたんですか?」


 あの時、彼は「あっちに暫く留まって様子見るわ」と言っていたのを明美は覚えていた。だから、その彼がここにいるのが不思議なのだ。


 それに対し、簡単な話だと龍彦は手をひらひらと振る。

「あっちの『仕事』が思ってたよりも早く片づいたからな、戻って来ても問題ないと判断したからだ。それに、俺がこっちに来たって、あっちにゃ龍造むすこ龍一まごがいるんだ。アイツら強いし問題ないだろ。ま、藤宮と戸部の倅と『心優しい協力者』ご一行は連れてきたけどな」


 龍彦は『暇潰し』と称してここに来るまでの話をしてくれた。


 首魁黒淵悶奴を討ち取り、暫く留まっているとオオクヌシから秘密暗号が送られてきてこちらの世界での変事を知らされたそうだ。龍造らと話し合い、分家の藤宮家嫡子明と戸部家長女恵とその他を連れて龍彦は戻ることになった。


 だがしかし、いざ戻ろうかとした時に黒淵重為率いる侵攻軍が暴れまわってると高円宮紘人から知らされた。


 重為は黒淵分家では上位に位置する実力者で、進藤宗家の人間も時たま苦戦するらしい。

 重為の狙いは、奪還された〝門〟の再奪取。その為、ゼウスとも相談して三千の軍勢を率いてやって来たそうだ。


 対する龍造は藤宮や戸部並びに『協力者』達を総動員し〝門〟の死守にまわった。

 彼らの他、佐々木・後藤・神戸・近藤・池田といったお馴染みの一族の他に、『武聖四家』子飼いの任侠一家や高円宮家も協力してくれた。

 戦いは激戦を極めたという。

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