4 日常と非日常 その肆 転校生は皇族と

 泰平の双子の妹である後藤和美は、瑞穂に言われる前に自己紹介を済ませた。その際、美人の妹を持つ泰平は、三日前の龍二同様イタイ視線(主に男子)を浴びせられていたのは言うまでもない。

「自己紹介して」

 気を取り直して促された女から始めた。

四宝院華奈未しほういんかなみです。よろしくお願いします」

 名前を聞いた全員が唖然とした。四宝院と言えば、一月前に解決した『一村全滅怪事件』の時一躍世間に知れたあの四宝院である。

「あっ、そういえば父上に言われてましたっけ」

 そんな間抜けは声をあげた安徳に、龍二は激しくツッコミたくなった。

 続いて、男。

高円宮公熙たかまどのみやきみよしです。よろしくね」

「へぇー珍しい苗字だなぁ、高円宮かぁ・・・・・・ん? たかまどの・・・・・・・・・」

「なん、だと・・・・・・・・・?」

 生徒全員が、その苗字を聞いた瞬間、絶叫をあげた。こんな平凡な私立校に、皇族が転校してきたのだ。事件とか一大スクープでなくてなんというのだ。

「た、高円宮ぁ!?」

「で、殿下ぁ!?」

 事情を知らぬ劉封達以外、完全にフリーズしていた。

 高円宮と言えば、言わずと知れた親王家、つまり皇族である。この日本の象徴である天皇家の親族である。

「あぁ、僕のことは公熙って呼んでいいから」

 そういう問題じゃねぇだろと龍二は心の中でツッコミを入れた。あの親王家の子息を呼び捨てするとかそんなことをしでかすバカはいない。

 そんなことが何らかの形でバレたとしたら、全国民から滅多刺しにされるが全殺しされるか集団リンチに合うのがオチだからである。

 その前に、何で皇族がこんな平凡な私立校に転校してきたのか知りたくてたまらなかった。

「よろしく、公熙」

 そんな中いやがった。皆が絶対にやるはずもない、そんなことをしでかす大馬鹿野郎が。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉいっっっっっっ!!!」

 流石に今回ばかりは龍二は堪えられなかった。強烈なツッコミを入れれざるを得なかった。

「何ですか、耳元でうるさいですね」

「お前はバカかぁぁぁ!! 何皇族にタメ語使ってんだコラぁぁぁぁぁ!?」

 血相変えた龍二をうるさく感じ、鳩尾に一撃を入れて黙らせると、安徳は平然と公熙と話し始めた。それを、青い顔でクラスメイトが見ている。

「(コイツ真正の大馬鹿野郎だ)」

 あるクラスメイトの呟きは安徳に聞こえることなかった。

「ねぇ、何で皆あんなビックリしてんの?」

 趙香は隣の劉封に訊くが、当然知るはずもない。

『それはな、あの男が親王家の人間だからだよ』

「あっ、紅龍さん」

 紅龍が霊体となって彼らに姿を見せると説明を始めた。

『親王家ってのは、早い話が天皇───お前らの世界でいう皇帝の一族又は傍流の一家を指すんだ』

「あぁ成程。それはビックリもしますね」

「しっかし、アイツ、何て言うか順応高いと言うか、無神経と言うか・・・・・・・・・」

「まあ、彼だし?」

 納得の表情で頷く留学組。

 くい、くい

 その中、誰かが公熙の袖を引っ張った。

「おや。君は・・・・・・・・・?」

 呉禁はあれこれジェスチャーしているが、公熙はさっぱり分からない。

「あぁ公熙さん。彼は所謂、唖者あしゃという奴でして。彼の名は呉禁と言うんだ。私は劉封です」

「よろしく。呉禁君に劉封君。君達も話に加わるかい?」

 こくこく

 元気一杯の彼に、公熙も親しみを感じたのかすぐに仲良くなった。ついでに四宝院や和美も呼ぶと、開いた口が塞がらない級友そっちのけで、瑞穂が発言するまで世間話やらで盛り上がっていた。

「あ、あの・・・・・・き、公熙様は、何故こちらにいらしたのですか?」

 休み時間、早速公熙に話し掛ける勇敢な者がいたのだが、安徳のように神経が図太くないので自然敬語になる。

「公熙でいいって。ここに来た理由は、一種の社会体験みたいなものさ」

 話し掛けた勇敢な者と野次馬達が頭に疑問符を浮かべる。そんなもの、学習院でも十分ではないか、と。

 公熙は何かを思い出したようにあぁとため息をついた。

高円宮家あっちにいるとSPとかいて何かと行動が制限されてねぇ。自分のやりたいことが出来ないんだよ。

 だから社会体験。一般人の生活を実体験してみようってことだよ」

 公熙はそう告げた。

「そうそう安徳君。君達の父君によろしく伝えてくれと今上様が言っていたよ。後で龍二君達にも言っておいてくれる?」

「えぇ、分かりました」

「おい待て佐々木。誰だよ、公熙様が言っていた今上様って」

 男子生徒の一人が尋ねると、安徳は平然と答えた。

「天皇陛下ですよ」

 再び絶叫が木霊した。

「彼らの家と僕ら一族は遥か昔からの付き合いでね。何かと世話になってるんだ」

「私達は直接の付き合いはまだありませんが、父上達はあるそうですよ」

 途方もない会話に、野次馬らの思いは一つだった。

 お前ら、一体全体何者だ? と。

 さて、こちらは四宝院華奈未を取り囲む野次馬と龍二・達子・良介に趙香・華龍・劉禅の面々である。

「信じらんねぇー」

「こんな技術があったんだー」

 奇々怪々な眼で見るクラスメイトを、趙香は不思議に思った。当の本人は全く気にしていないようだが。

「何であんな眼で四宝院さんを見てるんですか?」

 小声の彼女に、良介が答えた。

「僕らは基本的に見聞したもの以外は信じられないからね。

 『人工人間クローン』がとうの昔に実現していた、と言う〝証明〟が眼の前にいるからじゃないかな?」

 彼女がらみの事件は、彼らからざっくばらんに聞いていたが趙香には納得できないようだ。

「まぁ、僕らのクラスメイトにはそんなのこれっぽっちも関係ないんだよね」

「?」

 趙香が首を傾げる。

「ねぇねぇ、カナちゃんって、何ヶ月も逃げてたんでしょ? その間、食事とかどうしたの?」

「あの男達ったら、かなりしつこかったからねぇ。落ち着いて食事することもできなかったわ。食べ物は近くの村や町の農家の畑に育っていたのを適当に『頂いた』わ。でもそれだけじゃ足りないから、山の中で猪とか野兎とかを狩ったこともあったわね。寝床はね・・・・・・・・・」

 華奈美が語り始めた数ヶ月におよぶ〝サバイバル生活〟に興味を持ったクラスメイトは時折質問を混ぜながら盛り上がっていた。話の折々に、事件を担当した刑事の吉倉暎柾よしくらあきまさ神原慶三かんばらけいぞう佐々木正徳ささきまさのり後藤嘉美ごとうよしみと進藤瑞穂・神戸李達かんべときたつらの名があがっていた。

 彼らは別段クローンだからと華奈美を差別する気は無いようだ。

 更に、和美グループでは主に双子の兄の泰平が女子にからかわれていた。

『おーい、泰平ーいるかー』

 教室のドアを開けて、彼の式神の一人大内左馬介政義が入ってきた。

「あ、マサさんだ。久しぶり♪」

『お、耀子じゃんか。元気してたか?』

 泰平のからかいに参加していた関平や星彩らは眼を点にしていた。当たり前だ。眼の前に浮遊している幽霊に、耀子は逃げるどころか普通に友達のように接しているのだから。

「あれね、後藤君の式神でマサさんって言うの」

 からかい組の一人が親切に教えてくれた。彼らは自分達の世界で知り合っていたが、適当に合わせておいた。彼らなりの優しさである。

「マサさん、何か用?」

『おぉそうだった。なあ泰平。こっちに玄武と天龍の姐御来てないか?』

「いや、来てないと思う───あっ、あれじゃない?」

 泰平が指差すと、華奈美グループにいた龍二は、ある箇所が〝妙に〟浮き上がった壁の所まで歩いていくと、躊躇わずそれをひっぺがした。そこに隠れていた二人のうち、絶世の美女の二つ名が相応しい女性の頬を横に力一杯引っ張った。

「ぬぁ~にやってんすかぁ、て~んりゅ~さあん?」

「ひ、いひゃいひょりゅーじふん(い、痛いよ龍二君)」

 そのついで、天龍と一緒にいた子供を逃すまいと踏みつけていた。

「りゅ、龍───」

「うっせぇ、ちっとだあってろ。お前がしゃべっと色々面倒だからな」

 そこにちょうどよく怒髪天をついた青龍が現れた。

「きーさーまーらー!!!」

 こめかみに青筋がこれでもかってくらい浮き出ていた彼は、全力の鉄槌を二人の脳天にお見舞いした。

「痛いよー青龍君~」

「来い! 今日と言う今日はお主らのその性根叩き直してくれるわ!!」

 ズルズル引きずられていく二人は龍二に助けを求めるも、笑って無視した。

『後も一つ。アイツ逃げたぞ』

 それを付け足して政義は帰っていった。

 龍二は、早速女子の集団に取り囲まれた。

「ちょっと進藤君! あの二人を今すぐ私達に紹介なさい!」

「知らん!」

「てゆうか、学校にこさせて!」

「無理言うな!」

「アンタ、玄武君と知り合いなの!?」

「あー、まー、一応」

「あー羨ましい!」

「ソウデスカ」

「あの超可愛い人誰よ!」

「教える気無し」

 質問攻め地獄を軽く流したが、集団のそれは留まる気配がなく、更に押し潰されて今にも死にそうだった。

「ぐる、お゛い、ちょっ、ま゛っ・・・・・・・・・」

 三途の川が見えかけた龍二を、達子が〝愛の力〟で助けだした。

「・・・・・・死にかけた人間に頬擦りは勘弁してくれ」

「やーだ♪」

 助けだした恋人の上半身を自分にもたれかけさせ、頬擦りする達子は、龍二の頼みを一蹴した。

「くぅ~羨ましいぞこの野郎!」

「コイツを今すぐボコりたい!」

 男子は大粒の涙を流しながら殺意の眼差しを剥けていた。龍二は無言のまま顔を背けた。

 達子は彼らに黒いオーラを出しながら睨みつけた。

「龍二に手だしたら、あたしがそいつをボコボコにして肉塊にしたげる♪」

とにこやか笑顔で宣言されたので男子共は怒りのやり場を失った。

「なあ進藤。今気づいたんだけどさ・・・・・・その眼、どした?」

 一時間目開始間際に、平静を取り戻したある男子生徒が尋ねると、そう言えばとぞくぞくと仲間が集まってきた。龍二にしてみれば、今更気づきやがったかコンチクショウめがという気持ちだった。

 とは言え、本当のことは言えないので適当な『こじつけ』でこの場を逃げることにした。

「二週間くらい前に暴漢に絡まれてな。『油断』してもってかれちまった」

「ふーん、そうか。にしては、眼帯が鍔かよ? センスねぇーな」

「うっせぇ、ほっとけ」

 眼の話が笑い話として処理された所で一時間目開始の予鈴が鳴った。

(やはり彼らは面白い)

 公熙は正直にそう思いながら彼らを肩越しに見ていた。

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