第18話 一星くんと美華さん

 僕があんまり自然にキスをしたので、美華さんはおどろく前に、何が起こったのか理解する必要があったようだ。何度かまばたきしたあと、(えっ)と目を丸くして僕を見上げた。みんながいなくなった後の教室は、西日が差し込んで夕焼け色に染まっていた。


 美華さんの目はうるんでいて、くちびるは少し湿っていた。古き良きディズニーアニメの白雪姫みたいに、白くてふっくらしたほおが桃色に染まっている。


(しまったなぁ。)と僕は思った。でももう遅い。今度は美華さんの方から口付けしてきた。僕はそれに答えて美華さんを抱きしめる。抱きしめてみると、ウエストのあたりなどがかなり華奢きゃしゃでびっくりした。なんだか壊れそうで、僕は腕に力をこめる。心拍数が急激に上がって苦しい。


 僕たちは何も言わない。でも、ちゃんとおしゃべりしている。お互いの心臓の音と、溜め息とも呼吸ともつかない音だけが聞こえる。美華さんをここでこのまま抱いてしまいたいと思うけれど、そうするのが怖い。女を抱くのが怖いなんて、僕は初めてのときですら思わなかったのに。


(しまったなぁ。)と僕はまた思う。この僕が「恋をして胸が痛い」なんて古くさいことを思っているのだから。



 あの日、教室で美華さんの絵を見てから、「ご飯に一緒に行こう」という約束を果たすべく、何度も誘ったのに、美華さんはモジモジとしてあまり乗ってくれない。しびれを切らした僕は、美華さんが教室で一人になった時を見計らって、話しかけた。話しているうちに(あぁ、なんかキスしたいなぁ。)という気分になり、気がついたらしてしまっていた。


 驚いたことに美華さんは頬を上気させて「ウチに来る?」と誘ってくれた。美華さんの社交スキルのなさはそうとうのレベルらしい。0か10しかないのだ。


 コンビニでお弁当とペットボトルのお茶を二人分買い(こっそりコンドームも一緒に購入し)、美華さんのアパートに手をつないで歩いて行った。道中でバカップルみたいに、わけもなくふふふと笑い合った。(みたい、じゃなくて紛れもないバカップルだ。)


 アパートに入れてもらい、お弁当をローテーブルに置いたら、お弁当のことなんてどうでも良くなって僕は美華さんをベッドに押し倒した。美華さんは、どんな男でも鼻血を流してぶっ倒れそうな色っぽい目で僕を見つめ、僕の理性はドカンと漫画みたいに爆発した。まるで高校生のガキみたいだった。僕は高校生のころだって、そんなガキっぽいセックスはしたことがない。



 今、僕は美華さんのベッドの中で、美華さんの美しい寝顔を視界に入れつつ、昨日から置き去りにされたままのシャケ弁を眺めている。


 僕は、多幸感に包まれている。と同時になんだか物悲しい気分だ。幸せがあまりにも大きいと、人は悲しくなるとどこかで読んだ気がする。恋をして胸が痛いというのも、同じような原理かもしれない。僕は今この瞬間が永遠に続いて欲しいなんて、また古くさいことを思っている。そんなことはありえないのに。

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