⑧神様の本音

 アマトは言った。

 ――――本日が『ラブゲーム』の勝敗の分かれ目であると。


 そして、神様の設けた期日も今日この日。本日中にアマトが二人の女の子をデレさせなければ、片瀬あずみと前川空の両名は自殺に追い込まれると神様は宣言した。


 昇降口で靴の交換をする動作でさえも妙な緊張感が走る。僕が当事者でもないのにも拘らず。小さく息を吐き、僕は教室に向かうため廊下を進む。

 容姿端麗、スタイル抜群な黒髪ロングの少女が、廊下に寄り添う形で教室を見渡していた。ちなみに今日のヘアバンドは赤と黒のチェック模様。


「おはよう、神様」


 神様は僕の挨拶を聞くなり、クスクスと意地悪そうに笑った。


「おはよう、今日はすごく気持ちの良い朝だね」


 昨日とは打って変わって、神様の表情は晴れやかだった。胸につっかえていた何かが取れたように、爽やかに僕に返してくれた。


 おかしい、何も解決していないはずなのに。


 アマトいわく、神様の悩みは彼が構ってあげられないことらしい。今の神様の様子を見れば悩みなんて吹っ飛んだように見えるけど、たった一日でそれが解決したとは思えない……。

 ふいに、僕は神様の目線を追いかけるように教室の様子を見やる。


「………………え?」


 思わず声が出た。神様は何だか楽しそうに笑った。


「ど、どういうこと? かっ、片瀬さん……? それに、委員長さんも……」


 片瀬あずみはとあるクラスの男子と楽しそうに談笑していた。

 委員長、前川空はまた別の、とあるクラスの男子と英語の課題の答えを教え合っていた。

 今まで見たことないし、接点だって思い浮かばないような組み合わせ。それが同時に存在し、そして親しげに会話をする。『ない』から『ある』へたった一日で、その間には必ずブラックボックスが存在するはずだ。

 それも同性とではなく異性と……、この意味することは言わずもがな。


「――――因果律を変えちゃえばこんなことチョロイもんさ」


 神様はいかにも他人事のように、ヘラヘラとした調子で答えた。


 …………許せない。


 自分からゲームを仕掛けておいて、いざ負けそうになればズルをする。


「――――ふざけんな、アマトをバカにするな」


 神様はビクリとうろたえた。


「あっ、あのさぁ、別にルール違反じゃないからね? あの二人は男と仲良くなっただけで、恋人同士になった訳じゃない。それに、これまであの子たちと過ごしてきた三日間はしっかりと覚えてるし……」


 意味不明の言い訳を述べる神様。しかれども、そんなことで到底納得できる訳がない。

 だが、


「イーさん、そう怒るなって。許す許さないは俺が決めることだからよ」


 カツンと足音を鳴らして教室にやって来たのは篠宮天祷。アマトは怒る気配もなく、爽やかに笑って歩いて来る。


「そもそも、これは私からのちょっとした罰と受け取っても構わないね。だって攻略対象にネタ晴らしすることは言われなくても、普通は自重するべきでしょ? ね?」


 どうやら神様は、アマトが前川委員長に協力を求めていたことを知っていたらしい。

 神様は僕の顔色を伺って、


「どうしてバレたかって? そんなの神様のチカラを使わなくてもバレバレだし。片瀬さんと前川さんに対して接していた時間の割合は半々じゃなかった。片瀬さんに偏りがあった。最初の前川さんにアタックした時の様子からさしずめ、彼女に救援を要請した訳でしょ?」

「全部正解だ。俺は前川にネタ晴らしをした。二人同時のハートを射抜くことなんてできっこないと思ってたからだぜ」


 アマトは動揺することなく、スラスラと本音を述べた。あまりにも包み隠さず言うので、神様は訝しげな表情でアマトと『恋愛目録』を交互に眺める。

 やがて神様はやれやれといった調子でゆっくりと首を横に振り、


「私としては、キミはすごく頑張ってくれたからご褒美をあげてもいいかなって思ったりして。もしここでドロップアウトしても、あの二人には何も危害を加えないでおいてあげる」


 神様は右手で黒髪を掻き上げて、アマトに向けて得意げに言い放った。だといえど、その顔、特に唇の端の筋肉は固くなっていた。

 これは事実上のゲーム終了のお知らせ、もちろんアマトの答えは……、


「たしかに、これでゲームの難易度はぐっと上がったみたいだな。けど、それでこそやりがいがあるってもんだろ? ゲームを面白くしてくれてサンキュー。まだ俺には策略がある」


 続行の意志を見せたアマトに絶句したのは僕だけではなかった。


「………………え、うそ?」

「ははっ、神様も普通にゲームに勝ちたいんだな。何だか俺たちと変わらない人間みたいだ」


 神様の頬はほんのりとピンク色に染まった。そして俯き加減で小さく、蚊の鳴くような声で、


「…………違う、のに」


 僕にはそう聞こえたのだった。

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