第27話 解凍依頼

 待って待って! 軽くパニックなんだけど!


 えっと、あたしは今、人生で初めて告られて、しかも相手はかわいい女の子で、そして返事を迫られてるってことでいいのかな?


 いや、実のところ、スモモちゃんがそういう感情を抱いている可能性には薄々気づいてたんだけどさ、今の話の流れでそれ言っちゃう?


「えっと、スモモちゃ——」

「知っていましたか? 私だってこの広い世界にひとりぼっちなのですよ? 家族はもういないし、お友達との縁も切れているのです!」

「いや、そうかもしれないけど——」

「なので、出所後もサクさんが隣にいてくれたら、私としてはすごく嬉しいのです! なんなら、結婚して家庭を築くのもありなのです!」

「いや、でもほら、あたしたち女の子同士だし、それに——」

「今の時代は同性でも結婚できるのです! 子供だって作れるのです!」

「マジか!」

 なにそれ、すごい! いや、でも——


「私、本気で親しくなれた相手が今までいなかったのですよね。嫌われないように、怒られないようにって考えてフレンドリーに接していただけで、心の中では壁を作っていたのです! でもサクさんとは、出会ったときから不思議とお腹を割って話せたのです!」

「『お腹を割って』って、なんかクレアちゃんみたいだね。いや、それより——」

「それから、前にも言ったように、サクさんは私をイかせてくれた初めての人でもあるのです! 私にとってサクさんは本当に特別な人なのです!」

「いや、その気持ちはものすごく嬉しいんだけどさ、一年後には嫌でもお別れしなきゃいけないわけじゃん? あんまり親しくなっちゃうと、別れが辛くなっちゃうよ? さっきあたしが話したこととも似てるけど」

 ふぅ、やっと言えたよ!


「大丈夫なのです! サクさんを何回か殺して、私の刑期を延ばしてもらうのです!」

「それは割と本気でやめてほしいかな!」

 マジかよ、そういう作戦? 殺すならせめてクレアちゃんにしてよ……って言ったら本当にやりそうだから言わないけどさ。それ以前に、スモモちゃんにはちゃんと出所して自由になってほしいんだけど。


「うにゅ、冗談なのです! でもでも、私はまだサクさんの出所を諦めていないのです!」

「え、でもほら、公的記録が見つかったわけだし……」

「サクさんは、あんなたった一行の情報で本当に納得できたのですか?」

「いや、そりゃ完全に納得できたわけじゃないけどさ……」

 一番知りたかった部分は結局謎のままだしね。あたしが具体的に何をしたのかとか、なんで自殺しようとしたのかとか。まあ、知ってしまうのもそれはそれで怖いんだけどね。


「もしかして、もっと詳しく知りたいと思いつつも、心のどこかでは知らずにすんだことにほっとしているのではありませんか?」

「う……それは確かにあるかも。スモモちゃん、鋭いね……」

「それはもう! ビンビンなのです!」

 何、その擬態語……。


「でもさー、あたしも自分の過去とはちゃんと向き合うべきだと思うけどさ、鴨葱の様子だとこれ以上は調べようがないんじゃない? 千年も経ってるわけだしさ」

「いえ、それがそうでもないのです! 私もちゃっかりしていたのですが——」

「うっかり?」

「うっかりしていたのですが、コールドスリープというのは誰かが明示的に依頼しない限り解凍されないのです! 今どき、コールドスリープの解凍なんて滅多にないから忘れていたのです!」

 ん? 依頼……?


「え? それってつまり、あたしの解凍を依頼した謎の第三者がこの時代にいるってこと?」

「そうなのです! その人は絶対、何か詳しいことを知っていると思うのです! 場合によっては、冤罪をでっち上げた可能性もあるのです!」

「マジか……。っていうか、コールドスリープの解凍ってそういう流れになってるんだね。指定された指示に従って勝手に解凍されるのかと思ってたよ」

 例えば、○○年後に解凍してくださいとか、この病気が治せるようになったら解凍してくださいとか。


「昔はそうだったのですが、世の中が変化して価値観のギャップが広がるにつれて、解凍された人たちがいろいろとトラブルを起こすようになったのです! なので、だいぶ昔にルールが変わったのです!」

「価値観のギャップ?」

「はい。どうやら、昔の価値観のまま行動してトラブルを起こす人が少なからずいたようなのです! たとえば、自動生産されている食べ物や日用品を独占しようとする人とか」

「え、なんで!?」

 なんで昔の価値観のまま行動したらそうなるの?


「それを売って儲けようとしたらしいのです! 儲けるといっても、貨幣経済が消滅した今の時代にはそもそもお金がないのですけどね。でも、昔から来た人たちにはいまいちその感覚が理解できなかったみたいなのです!」

「ああ……なんとなく分かったかも」


 要は、転売しようとしちゃったわけね。何でもタダで無制限に手に入るとなると、昔の感覚のまま短絡的にそういう思考に走っちゃう人が出てくるのもまあ、しょうがないのかな。


 あたしはミラが分かりやすく教えてくれたから理解できたけど、「あらゆる資源が共有物」なんていきなり言われてもなかなか理解しがたいもんね。ミラは「自給自足の最終形態」って言ってたっけ。


 たとえば、人口百人ぐらいの村があったとしよう。その村は外部との交流が全くなく、全員分の衣食住が自給自足だけで十分に賄えるとする。その場合、その村ではお金は必要ないし、貧富の差も発生しない。自分が必要な分はいつでもそこにあるし、自分が必要な分より多くを持つ意味はないからだ。


 そして、この時代はつまるところ、テクノロジーの力によって地球全体が一個の「完全自給自足が可能な村」になった状態ということらしい。異星人と遭遇して他の星との貿易でも始まらない限りはこのままだろうとミラは言っていた。


「あとは、AIやエリートに取って代わって世界を支配しようとする人や、AIやエリートによる独裁社会じゃないかって食ってかかる人もいたらしいのです!」

「ああ……それもなんとなく分かるかも」

 なんか、民主主義が絶対的に正しいみたいな風潮があったもんね。片や、権力に異常に執着する人も一定数いたし……。


「AIもエリートも、別に昔の王様みたいに支配しているわけじゃないのですよね。世の中が変な方向に進まないように軌道を微修正しているだけなのです!」

「うん、だよね」


 この時代では、富も権力も何の意味もないもんね。どっちも、自分より相対的に貧しい者がいるから意味があるのであって、必要な資源が全人類に自動で行き渡るこの時代では無意味というわけだ。って、これもミラの受け売りなんだけどね。


「そんなわけで、安易にコールドスリープを解凍するといろいろ面倒なので、誰かがその人の解凍を望まない限り解凍しない方針になったのです!」

「なるほどねぇ」


 ってことは、「解凍予定日」を過ぎたまま放置されているコールドスリープがたくさんありそうだね。あたしも危うくそうなってたのかな……。いや、解凍されて刑務所に入るのとどっちがましかって言われると微妙なところだけどさ。


「そもそもの話、身寄りのない赤の他人をわざわざ起こしてあげる義理はないのです!」

「まあ、確かにそうかもね」

 身も蓋もないけど、言われてみればそりゃそうだ。


「でもさー、どこの誰があたしの解凍を依頼したんだろうね?」

「それなのですけど——」

 スモモちゃんはそう前置きすると、意外な人物の名前を口にした。


「私の予想では、ミラさんなのです!」

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