第3章 虚構

第22話 鴨葱弁護士

 あたしがムーン・ヘルに来て一カ月と少しが経過した。ここでの日常生活にはだいぶ慣れて、ジムでの運動にもだいぶ慣れて、地獄のような退屈さには全然慣れてないから、まあトータルではそこそこ慣れてきたって感じかな。


 今日はいよいよ、スモモちゃんの弁護士との面談だ。あー、緊張するー! いや、まあ、面談の主役はあくまでもスモモちゃんで、あたしはちょっとお邪魔してお願いするだけなんだけどね。


 とは言っても、これがきっかけであたしの過去の謎が明らかになるかもしれないし、場合によっては冤罪が認められて釈放されるかもしれないから、あたしにとっても超が三つ付くぐらい重要だ。


 弁護士さん、話しやすい人だといいなぁー。どんな人なのかスモモちゃんに聞いてみたけど、出所のサポートだけのために自動的に割り当てられる弁護士だからスモモちゃんも会ったことがないらしい。


 そんなわけで、今回の面談はバーチャル面談室を使った本格的なものではなく、自室でPD越しにちょっと顔を合わせるだけとのこと。まあ、その方があたしもお邪魔しやすいし、むしろラッキーかな、と思ってたんだけど——


鴨葱かもねぎ亜飛流あひるだ」

「うにゅ?」

「ふぇ?」

「んあ?」


 ——スモモちゃんのPDに映ったのは、どう見ても弁護士には見えないド派手な美青年だった。


 短く刈り込んで逆立てた真っ赤な髪。

 髪に負けず劣らず真っ赤な服。

 ゴールドの大きなピアス。

 真っ黒なサングラス。


 一瞬、この時代の弁護士はこんなロックンロールな風貌が普通なのかと思ったけど、スモモちゃんの反応を見る限りそういうわけでもないらしい。


「え、えっと……弁護士さん、なのですよね? はじめましてなのです……」

「はじめまして……」

「んあ? 今日会うのは一人のはずなんだがな。どっちが春咲はるさき素最萌すももだ?」

 鴨葱と名乗ったパンクな男は、元々逆立っていた髪を一層逆立ててぶっきらぼうにそう聞いてきた。うわぁ、なんか話しにくそう……。


「春咲は私なのです。こちらは、丸峰まるみねさくさんといって——」

「丸峰咲だとぉ!?」

 あたしの名前を聞いた瞬間、鴨葱は目を剥いてそう叫んだ。いや、目はグラサンで隠れてるからあたしの脳内補完だけどさ。それより、なんでこの人、こんなにびっくりしてるんだろ? もしかして……


「えっと、あたしのこと、ご存知だったりします?」

「知らんわ! それより何なんだ、そのふざけた名前は! 時代劇か!」

「ちょっ……」

 えぇー、そっちー? ふざけた名前って、いくらなんでもひどくない!? さすがのあたしも、ちょっとカチンときちゃったよ。でも、できればこの人とは喧嘩したくないんだよね……いろんな意味で。


 あたしが反応に困っていると、横からハスキーボイスが割り込んできた。


「人の名前をそんな風にけなすのは良くないんじゃないかい? 鴨葱さんよ?」

「んあ? 誰かと思ったら、ミラ・ジョボビッチかよ!」

「ふーん? オレのこと知ってんのかい?」

「当たり前だろうが! 舐めてんのか!? ムーン・ヘル史上唯一の終身刑囚の顔と名前なんて、法曹界の人間なら誰だって知ってるに決まってんだろ!」

「そっか、そりゃ光栄だ。オレもいつの間にか有名になってたんだな」

「最初から有名だろうが! で、何なんだ、こいつの名前は。本名か?」

「ああ、そうだぞ」

「ふーん……てめぇ、何か仕組んだか?」

「何もしてねぇよ。オレはとっくの昔からただの傍観者だ」

「じゃ、そのまま一生、傍観してるんだな!」

 鴨葱は吐き捨てるようにそう言うと、あたしの方に向き直った。


「何だか知らんが、聞くだけ聞いてやるか。何の用だ?」

「あ、えっとですね。あたし、千年前の殺人罪でここに入れられてるみたいなんですけど——」

「千年前だとぉ!?」

 いや、いちいち叫ばなくていいよ、うるさいなぁ。


「はい、先月までコールドスリープに入ってたみたいなんです。でも、記憶が飛んでるようで、自分が何をしたのか全然覚えてなくて——」

「覚えてないだとぉ!?」

 だから、うるさいって! 言葉のキャッチボールをバットで打ち返してくるなよ! 人の話は最後まで聞けー!


 よーし、こうなったら……


「あたしが具体的に何をしてここに入れられたのか調べてほしいんですその理由が納得できるものだった場合はここでおとなしく刑を受けますし納得できないものだった場合はまたそのときに考えます」

 あたしは息を目一杯吸い込んでから、途中で口を挟まれないように残りを一息で言い切った。ふぅ、噛まずに言えてよかった! あとは、この不良弁護士が引き受けてくれるかどうかだけど……


「なるほどな。ま、調べるだけ調べてやるか」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 おお、やったー! 顔は露骨にめんどくさそうだけど、なんか思いの外すんなり引き受けてくれたよ!


「ったく、めんどくせーな! で、他に用事はないのか? ないなら切るぞ!」

 うわ、声に出して言っちゃったよ……って、え?


「あれ? あのっ、私との顔合わせは?」

 いきなり面談を切り上げようとする鴨葱にスモモちゃんが慌ててそう尋ねるも、彼は「んあ? もう合わせただろうが!」と言い残して本当に通信を切ってしまった。


 えぇー、なにそれ? あの不良弁護士、真面目に仕事する気ないでしょ……。ちゃんと調べてくれるのか不安なんだけど……。いや、それよりも……


「ごめんね、スモモちゃん。なんか、あたしの用件だけで終わっちゃったね」

「大丈夫なのです! 正直、あの人とはあんまり話したいと思えなかったのです!」

 うん、だよねー。ガラ悪すぎでしょー。あんな犯罪者チックな人と話すの、あたしも人生で初めてだよ。……あれ、おかしいな。あたし刑務所にいるんだけど。


「それにしても、なかなか強烈な人だったねー。顔は割と美青年って感じだったけど」

「うにゅ? 鴨葱さんは女性なのです!」

「えぇ!? あれが!?」

 マジで!? あれ女の人なの!? 確かに、意外と声高いなーとは思ったけどさ。ああ、そうだ! 性別が分かんなかったのは絶対、グラサンのせいでしょ! 何なの、あれ? 人と話すのに、失礼じゃない?


「っていうかスモモちゃん、あれが女の人だってよく分かったね」

「当たり前なのです! 亜飛流あひるって、どう考えても女性の名前なのです!」

「分かんないよー、そんなの! 千年前にはそんな名前なかったし!」

「でもでも、男の子に『アヒルちゃん』ってあんまり似合わなくないですか?」

「えー、でもオスのアヒルだっているでしょー」

「理由になっていないのです!」

「むー!」




 とまあそんな感じで、弁護士へのお願いは無事(?)に終了した。面談は月に一回あるから、あの不良弁護士がちゃんと調べてくれたとしたら、早ければ来月には調査結果が聞けることになる。


 とは言っても、結果を手放しで楽しみにはできないんだけどね。もし自分が本当に人を殺してたらって考えると怖いし、自分が自殺しようとした理由が分かってしまうのも怖い。自分が知らない自分の過去ほど怖いものはないもんね。


 でも、だからと言ってこのまま理由も知らずに刑務所にいるのは納得できないし、仮に精神的苦痛が伴ったとしても自分の過去はちゃんと知っておくべきだと思うんだ。もし過去に何かあったのなら、どうせいつかは向き合わなきゃいけないんだろうし。もちろん、冤罪だと分かって釈放されるのが一番だけどね。


 それが、あたしがこの一カ月間考えて出した結論だ。


 ああ、それはそうと! 面談に体力を費やしたせいですっかり忘れてたけどさ、さっきの鴨葱とミラの会話、あれ何? ミラって一体何者なの?

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