第7話 二人目のルームメイト

 なんで男の人がいるわけ!? ここ、女子刑務所じゃなかったの!?


 あたし、トイレに座ったままなんですけど? 超恥ずかしいんですけど? しかも、このまま立っていいのか聞きそびれたせいで、迂闊に立ち上がることもできない。下半身が露出したままだったら、それこそ大惨事じゃん!


 そんなあたしの動揺なんてお構いなしに、男が抑揚のないバリトンボイスで話しかけてきた。


「丸峰さん、起きたのですね。はじめまして。私はこの区画の担当看守です」

「ふぇ? 看守? ってことは、アンドロイド?」

「はい、アンドロイドです。名前はありませんので、何かあった場合は適当に大声で呼んでください」

「適当に大声でって……」

 なんでそこだけアナログなんだよ。


 とりあえず、男の”人”じゃなかったことには安心したけど、女子刑務所の看守なのにわざわざ男の外見にしなくてもよくない? しかも、褐色の肌にスキンヘッドで無駄にかっこいいし。なんか、サッカー選手だと言われたら信じてしまいそうな風貌だ。


「で? その子もこの部屋かい?」

「はい。部屋替えで移動してきた、クレア・バートレットさんです」


 ん? あ、もう一人いたんだ! 看守ばっかり見てたから気づかなかったけど、サラサラロングの金髪に碧眼の小柄な女の子が立っていた。わ、かわいい! なんか、ゲームに出てきそう! っていうか、猫みたい!


「そっか、よろしくな」

「よろしくー!」

「……よろしく」

「ちなみに、明日もう一人、別の部屋から来る予定です」

「四人かー、久しぶりだな。ずーっと婆さんと二人っきりだったからなー」

「そういえばそうでしたね。いきなり雰囲気が変わって大変かもしれませんが、仲良くしてくださいね」

 では私はこれで、とまっすぐな棒読みで言い残して、看守は去っていった。




「ねえねえ、クレアちゃんっていくつ?」

「……三十七」

 えー、マジで!? 絶対、同い年ぐらいだと思ったのに! 外国人の年齢って、よく分かんないや。


「そんなことより、二人とも、はじめましてだよね?」

「ああ」

「うん」

「だよね、よかった」


 何がよかったんだろ? あ、それより、いい加減トイレから離れたい。

「そうそう、ミラ。これって、このまま立って——ひっ!」


 そうだった。ビッチさんが意外といい人だったから、すっかり忘れてた。ここは刑務所。犯罪者が収容される場所。当然、危険な人間もいる。むしろ、危険な人間しかいないと考えるべきだった。


 そんな当たり前のことを、目の前の光景を見るまですっかり忘れてた。人間の首って、あんな簡単に素手でちぎれるもんなんだね。知らなかったよ。いや、そんなことより——


 やばい、殺される。


 ——血しぶきを浴びて顔が真っ赤になったクレアちゃんがこっちを向く。

 あ、これ無理。助からない。絶対に勝てない相手ってことが、本能的に分かってしまった。なんていうか、サバンナでライオンに遭遇したような感覚だ。


 っていうか、もはやライオンそのものだ。


 死を覚悟した瞬間、時間の流れがスローモーションになった。ああ、これって事故の体験談とかでよく聞くやつだね。どうせなら、走馬灯で楽しい思い出を見たかったな……いや、やっぱどっちも嫌かも。


 ——軽く後ろにジャンプしたクレアちゃんが、後ろの壁を蹴ってこっちに飛んでくる。

 まるでワイヤーで吊られてるかのような、不自然な滞空時間。地球の重力では絶対にできない芸当だ。

 

 逃げようにも、あまりに予想外のことに足がすくんでしまって動けない。でも、下手に逃げてお尻丸出しのまま死ぬのもやだな。女子としては死活問題だ。あ、この場合、どっちにしろ死ぬから死死問題になるのかな。


 ——クレアちゃんが目の前に迫ってくる。

 どうやらあたしは、訳も分からず千年後の刑務所に飛ばされて、そして初日にトイレに座ったまま殺されるらしい。あー、もう! ごく普通の生活を送ってたはずなのに、なんでこんなことになったわけ!?


 そこで、唐突に思い出した。あたしはこの感覚——スローモーション——を前にも経験したことがある。え? でも、そんなのいつ経験したっけ?


 ちょうど記憶が喉まで出かかったところで、その喉がグシャッと音を立てて意識がシャットダウンした。




《第1章 了》

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