第2話 メイドと入学式。

 まだ慣れない通学路を歩く。電車に乗って二駅、さらに歩いて十分ほどのところに僕の進学した高校はある。

 僕の歩いていく半歩後ろを、セーラー服に身を包んだ陽菜は、何も言わずについてくる。


「陽菜」

「はい、日暮君」

「そっちの方が違和感無いな」

「そうですか」


 結局、苗字呼びで落ち着いた。まあ、同い年の高校生同士なら、違和感は無いだろう。

 しかしまぁ、会話が続かない。

 今日までに分かったことの一つは、陽菜との会話は基本続かないということだ。

 何か話題を振れば答えるが、陽菜から話題を振ることはほとんどない。

 そのためにこちらが常に話題を供給しなければ話は続かない。

 気配も無いから、いつの間にか後ろに立っていて、何度驚かされただろうか。

 まだお互い慣れていないだけ、という可能性もあるから、一概には言い切れない。

 そんなことを考えている間に高校につく。


「私と日暮君は同じクラスのようです。二組ですね」

「早いな、見つけるの」

「ありがとうございます」


 教室に移動し、指定された席に座る。するとすぐに隣の席の子に話しかけられた。


「ねぇねぇあの子君の彼女? かわいいね」

「いえ、違いますよ」

「そうなの? 仲良さそうに見えたけど。あっ、ごめんね、いきなりこんな事聞いて。私は布良夏樹。よろしくね」

「日暮相馬です。よろしく」


 隣の席の女の子にいきなり話しかけられるとは、高校生活、良いスタートを切れた気がする。

 その時、スマホが震える。


『ご主人様にひとつ言い忘れました。私たちは幼馴染という設定でお願いします』


 陽菜からの指示に了解とだけ返しておく。


「それで、あの女の子何て言うの? どういう関係?」

「ただの幼馴染ですよ。名前は朝野陽菜」

「朝野陽菜さんね、覚えました」


 初対面に随分ぐいぐい来るなとは思うけど、それに対して不愉快な感情を抱けない雰囲気を醸し出している。見た目も可愛い方だと思う。

 美人と言うより可愛い。ふわふわした雰囲気だ。花の咲いたような笑顔というものを初めて見た気がする。

 話題が尽きたのか、聞きたいことだけ聞いて、布良さんは他の女子のところに行く。

 一見和やかに見えて、どこか緊張感の漂う教室。ここである程度話せる人を見付けないと、高校生活、初動から躓くことになるから、それも仕方ないのかもしれない。


『幼馴染設定なら苗字呼びは不自然だと思うぞ。せめて名前に君を付けるものだと思うぞ』


 陽菜に気になった所をチャットで送る。


『それもそうですね、相馬君と呼ばせてもらいます』


 ちらりと窓際を見ると案の定、一人でぽつりと陽菜は座っていた。

 小説を開いて座る姿はそこだけ切り取ればとても絵になる。桜を背景に、儚い美少女という感じで。


「陽菜」

「はい、相馬君。何か御用でしょうか?」


 小説を閉じ、顔を上げる。


「もう少しフランクな口調になれないのか?」

「善処します」

「女子高生らしい話し方というのもあると思うし、幼馴染に敬語というのもおかしいと思うのだが」

「すいません、幼馴染というものに関する知識は、創作物の中でしか学んではいないもので」


 そう言って目を伏せる。その視線を追い、陽菜が手に持っている物を見ると、それは意外なことにライトノベルだった。


「今までこういったものに対して偏見を持っていましたが、意外と面白いものですね」

「新たな趣味を開拓するのも良いけど、友達とか作らないのか?」

「必要ないですね」


 そうきっぱりと言い切られるとこちらとしてもこれ以上の話の発展は難しかった。


「相馬君は是非とも学校生活を楽しんでください。私はそれをサポートするためにこうして入学をしたのですから」


 その言葉に何を言ったものかと考えていると教室の扉が開き先生が入ってくる。


「席に着けー、出席取るぞー」


 担任のその言葉とともにこの会話は打ち切りとなった。

 入学式が終わり教室に戻ると、既にある程度グループができていることに驚いた。布良さんの周りには複数の女子がいて、近づきがたい空間になっている。

 新入生代表挨拶をしたから名前を覚えてもらえる良い機会を得たともいえる。しかしもうグループが形成されてしまっているのか、困ったな。

 手持ち無沙汰になって、陽菜の近くでぼんやりと時間を過ごす。


「相馬君、他の男子生徒とコンタクトを取りに行くことをお勧めします」


 陽菜が珍しく自分から話しかけてはくれるが、それは無茶の要求で。


「無理」

「同じ学校から来た方はいらっしゃらないのですか?」

「どうだったかな……」


 あれ……思い出せない。


「ちなみに、既にグループができているのは合格が決まった時点で、SNSを利用してグループを作り交流を深めていたそうです」

「そうだったのか。よく知っているな」

「入学する前に、ある程度下調べはしていたので」

「陽菜は交流しなかったのか?」

「私がこの高校に入学した理由については、先ほどお話しした通りです」


 もう一度教室を見回す。グループができてはいるがまだ孤立している人はいる。

合格決まった時点で、SNS等で友達募集か。すごい時代だなぁ。

僕はあの頃は何していたかな。……何していたっけ。




 その後のクラス会も、宿題終わっていない人はやってこいとか、なるべく休むなとか。わかりきった説明ばかりで終わった。

 そして下校。保護者達と共に帰って行く生徒の横を通り過ぎ、駅まで歩いて行く。

 そっか、みんな親来ているんだ。別に気にすることでも無いけど。

 一歩後ろに、朝のように何を話すわけでもなく、陽菜はついてくる。

布良さんはこの光景を仲の良い二人の登校風景とどうして思ったのだろうか。


「何かございましたか?」


 じっと見つめてくる視線が気になったのか、陽菜が話しかけてくる。


「いや、顔整っているなぁと」

「派出所の登録試験には見た目も審査内容に入っているので。見た目に関してはそれなりに良いと自負しております」


 少しだけ誇らしげになるその声に、初めて彼女から人間味を感じたような気がした。

 表情こそ変わらないがちゃんと感情が備わっているようだ。

 寄り道をすることなく、さっさと家に帰る。家に着くと陽菜はすぐにメイド服に着替え簡単な掃除に取り掛かる。


「ご主人様、夕飯に関して何かご要望はありますか?」


 ご主人様という呼び方に、どこか寂しさを感じながら考える。


「要望というか、お願いなんだけど」

「はい、何か?」

「買い出しに行くなら、普段着に着替えた方が良いかなと」

「仕事着が普段着ですが」

「休日用の服とかないの?」

「住み込みのメイドに、休日は無いと考えております」

「……どうなんだ、それ?」

「一応寝巻用のジャージがあるので、それでよろしいでしょうか?」

「まぁ、とりあえずは。どこで高校のクラスメイトが見ているかわからないだろ」

「確かにそうですね、失念していました」


 そして、黒いジャージに着替えた陽菜が現れる。

 その格好はあまりにも色々と捨てているように思えた。まぁ、コスプレ趣味の痛い子と思われるよりは良いのか?


「今度の土曜日、陽菜の服買いに行きたいと思うのだけど」

「私が着飾った所で、特に利益は無いかと」

「俺の趣味ということで良いかな?」

「わかりました。そういうことでしたら」


 そう言って一礼、そのまま買い出しに向かう。

 言葉は交わしていても距離を感じるのは気のせいでは無いと思う。

 彼女はあくまで仕事でここに住んでいるのだ。

 しかしながら同じ歳で、同じ学校で、同じクラスにいる女の子。しかも幼馴染という設定まである。

 どういう距離感でどういう言葉をかければ良いのだろうか。

 僕は彼女とどう関われば良いのか、少し悩んだ。

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