ソラは目の前の現実を直視できなかった。

 血だらけになったエイネが、地面に横たわっている。


「あ……あ……」


 ゆっくりと近づく。


「エイネ? エイネ?」


 しゃがみ込み、エイネの体を揺さぶった。


「エイネ? ねえ、エイネってば」


 名前を何度も呼ぶ。信じたくないと、ひたすらに何度も名前を呼ぶ。

 ヌメッとした何かに触れて、ソラは自分の手を見た。

 血だ。赤い血がべっとりと手に付いている。紛れもない、エイネの血だ。


「ねえ、やだ。やだよ」


 体を揺さぶり、エイネを起こそうとする。毎朝寝坊する彼女を起こすように、何度も名前を呼んで。

 ソラの気は動転していた。どうすればいいのかわからない。

 このままでは、エイネが死んでしまう。そんな思いが、不安と恐怖を――絶望と孤独を与えた。


「誰かあ……誰かエイネを助けてよ……」


 助けを呼ぶ。しかし誰一人として、その場に近づく者はいなかった。


「おかあさん……おかあさん、エイネを助けてよ……!」


 母親にもすがる。だが、その母親も来る気配はなかった。

 絶望するソラに、魔が忍び寄る。魔物の持つ触手が、ゆっくりと。

 そしてソラの体を優しく包むようにして、巻き付いた。

 体が宙に浮く。エイネから徐々に離れていく。

 ソラは手を伸ばした。横たわるエイネに、手を大きく伸ばした。


「誰か、誰かエイネを助けて」


 自分のことなどどうでも良かった。大好きなエイネの命が助かればそれでいい。だから小さくとも声を発した。助けを求めた。

 だがソラの声は誰にも届くことはない。聞いているのは、彼を食わんとする魔物だけだ。

 魔物はソラを腹の中に入れようと、ゆっくり大きな口を開けた。


――何かが、ソラの中で鼓動する。


「エイネ……やだよ。だって約束したじゃんか……」


――何かが、ソラの中で震える。


「ボクを一人にしないって、約束したじゃんか」


――何かが、ソラの中からこみ上げてくる。まるで、鎖を引き千切るように。


「どうして……こんなことに……?」


――何かが。


「お前が……エイネを傷つけたのか」


――ソラの中で爆発した。


 直後、魔物の触手が何かに切り刻まれた。

 突然のことに、魔物も驚きを隠せない様子だ。悲鳴を上げることさえ忘れている。

 魔物は見下ろす。

 ソラはいつの間にかエイネを抱えて移動していた。

 魔物は二人共々捕食せんと、口を大きく開けて躍りかかった。

 二人共食らうことが出来た。魔物はそう思ったはずだ。

 しかし口を閉じた瞬間、魔物の頭が謎の爆発ともに吹き飛んだ。

 頭を吹き飛ばされた魔物は、ぐったりと地面に倒れる。

 ソラは気にすることなく、エイネを抱えて歩いた。

 エイネを離れた家屋の壁にもたれさせると、ソラは魔物を見据える。

 頭を吹き飛ばされたはずの魔物は、再生していた。


「グギャアアアアアアア!!」


 魔物は叫び声を上げた。

 魔物の傍らに、エイネが使っていたナイフが落ちていた。

 ソラはそれを拾うと、魔物を睨み付けた。


「うるさい……」


 たった一振りで、無数の斬撃が飛んだ。それらは魔物の体を引き裂き、いとも容易くすべての触手と腕を切り落とした。


「ギャアアアアアアア!!?」


 魔物が悲鳴を上げる。切られたところが、再生しようとしていた。


「うるさいって、言ってるだろ」


 再び斬撃が放たれる。今度は魔物の頭を切り落とす。頭が無くては、叫び声も上げることも出来ない。

 再生した触手たちが、ソラに襲いかかるが、触れる手前で突然発火し爆散する。


 魔物を待ち受けていたのは、一人の使い魔にしたのと同様、圧倒的な力でねじ伏せられることだった。

 再生しては切り落とされ、また再生をしては爆散し、また再生をしては――を繰り返す。

 頭の方も再生する暇を与えず、爆発と切断が繰り返された。

 一方的だった。もしその場に居合わせた者がいれば誰もが口にするであろう。一体なにが起きているのかわからない、と。

 ソラはもう無意識に動いていた。目の前の化け物に、ひたすら魔法を放つ。その爆風が建物を破壊しようと、お構い無し。敵を排除することだけを考える人形のように。


「いい加減、しつこいよ……お前」


 ソラの背後に巨人を象った炎が現れる。

 巨人は魔物を取り込むと、燻すように燃やす。

 燃やす間も熱量はあがり、次第に赤から青に変わる。そして巨人は雄叫びに似た音を上げた直後破裂した。

 魔物の一部がそこら中に飛び散る。血も、腕も、触手も、頭も、体の肉片も、何もかもがガラクタのように町中を飛び回り落下する。

 魔物の体は小さくなっていた。保有する魔力以上の再生を繰り返したためだ。今はもう、ねずみ程の大きさまで縮んでしまっている。もはや人と認識することさえ出来なくなっていた。


「ギィ……ッ! ギィ……ッ!」


 なんの鳴き声か、もう魔物は空気を震わせるほどの声をあげることが出来ない。

 ソラは小さくなった魔物に近づく。

 見下していた。普段の優しい表情からはとても想像のつかないほどに、憎悪と怒りで満ちた表情をしている。

 そして告げる。


「……さようなら」


 ソラは小さくなった魔物を踏み潰し、何度も念入りに地面にこすりつける。

 魔物はもう再生する力を失い、灰となっていた。


 斯くして、巨大な魔物は一人の子供の手により容易く葬られた。

 事が終わり、ソラはエイネのいるところに歩み寄る。ゆっくりと、しかし覚束ない足取りで。

 意識が混濁していた。度を超えた魔力の消費故か、それとも得体の知れない謎の力に蝕まれた故か、ソラは虚ろとした目で前を見つめている。


「エイネ……待ってて、今助ける……から」


 そしてそのまま、ソラは意識を失い倒れた。






 風が頬を撫で、冷たい何かが顔に落ちたのを感じ、エイネは目を開けた。


「ぐぁ……痛っ……!」


 全身に痛みが走る。

 エイネは生きていた。魔力もまだかろうじて残っている。奇跡的にと言っていいだろう。普通ならば、彼女の体はもう消えていてもおかしくはなかった。

 首から下げた魔力結晶に目をやる。魔力を完全に失い色が消えて白くなっている。生命線は経たれ、告げられた余命を生きることさえ、もう不可能だろう。


「そうだ、ソラは……?」


 だが今は自分の身を案じている場合ではない。エイネは体を引きずって移動する。

 ぼやけた視界に、蒼穹の髪の毛が微かに映った。


「ソラ……! ソラ……!」


 上手く声を出せない。酷く掠れた声だ。叫びたくとも、エイネにはそうするだけの力が入らない。

 彼女は這いつくばり、必死に近づいた。


「良かった……息はしてる」


 体に触れ、息をしていると分かるとエイネは安堵の息を吐く。


「そうだ、魔物は? 魔物はどこに?」


 ここでようやく、エイネの視界が回復した。


「なに、これ……?」


 眼前に広がった光景にエイネは唖然とする。

 多くの建物が倒壊していた。中には火が燃え広がっている物もある。

 その中に魔物のものと思われる部位が幾つもあった。光の粒子を出しながら、体の一部が消えていく。地面に付着した紫色の血が煙を上げているが、どこにも魔物の姿がない。

 一体この場所で何が起きたのか、エイネは想像することが出来なかった。

 唯一、思い当たることがあった。


「まさか、ソラが……?」


 そう、ソラだ。ソラがこの惨状を、魔物と戦うことで巻き起こした。そうとしか考えられなかった。ソラが今眠っているのも、そのためだと。

 エイネは動揺する。一体彼のどこにこんな力があったのかと。

 しかし恐怖はない。むしろ誇らしかった。自分が愛する者に秘められた何かがあるのだと思うと、エイネは少し嬉しかった。


「ほんと、あの人の息子よね」


 くすりとエイネは笑う。

 成長すれば、母親と同じくらいの力を振るうようになるのかもしれない。あるいはそれ以上の力を秘めているのかもしれない。

 ならば自分はどうするべきか、考える。自分の命は残り少ない。この少ない命で何を成すのか。

 今のエイネにはもう、答えは出ていた。


「ごめんねソラ。約束は……守れないや」


 この言葉が、すべてを物語っている。

 エイネはもうこれ以上生きることを考えていなかった。ソラと契約するという選択肢は、もう消えている。それがソラを旅立ちへと導く手段であると。


「なにが約束だ」


 声に、エイネはハッとする。

 聞こえた方向を見ると、あの男が立っていた。地下室に拘束したまま、放置されていたあの男が。


「このくそ女……てめえのせいで俺の研究が全部無駄になっちまった。どう落とし前つけてくれるわけだ、ああ?」


 エイネは立とうと力を振り絞る。が、敵わずに膝を立てることさえできない。

 男は笑うと、エイネの髪を引っ掴んで無理矢理立たせた。


「うああっ!」


 痛みにエイネが悲鳴をあげる。

 もう限界に近い彼女に、痛みを耐えるだけの余力は残されていなかった。

 そのまま男は暴行を加えた。


「やめっ……!」

「ああ? あの威勢はどうしたよ。おら、どうしたよ!」


 男は腹を蹴り、顔面を何度も殴り、よろけた背中に両腕を思い切り叩きつける。

 エイネは地面に突っ伏した。苦悶の表情を浮かべて、咳混じりの呼吸をする。


「お前のせいで、俺の努力が全部水の泡だ!」

「ぐぁっ……!」


 男は伏したエイネを、蹴りを入れることで仰向けにした。

 続けて胸と首の付け根あたりを踏み、ねじるように動かす。

 器官を圧迫され呼吸を阻害されたエイネは、手でなんとかその足を退けようと藻掻く。が、退けるだけの力がないのは明白。ただ男の足に弱々しく触れてもがくだけだ。

 それを面白がった男は、今度は何度も踏みつけた。そのたびにエイネの口から、短い悲鳴が漏れる。

 一方、眠っていたソラはエイネの悲鳴を聞き目を覚ましていた。


「エイネを、助けなきゃ」


 身を起こし、ソラは辺りを見回す。ソラの視界にナイフがあった。

 ソラはすぐにそれを拾うと、男を睨みつけた。これで男を刺せば、エイネを救えるはずだと。


(ダメ! お願いソラ、やめて!)


 エイネも気がついていた。ソラがナイフを取り、今にも男に飛び掛からんとしていることを。しかし声を出すことができない。叫ぶだけの力が出せない。


「エイネを、離せえぇーッ!!」


 ソラは叫んだ。震える手でナイフを握りしめて。


「あ? なんだガキ、起きてたのか。お前にも後で――てなんのつもりだ?」


 男は、ソラがナイフを構えて突進していることに気がついた。その速さにはおよそ子供が出すとは思えない力が加えられている。


「うわあァーっ!!」


 人を刺したことがないソラは、目を瞑り、刺さる瞬間を見まいとして顔を地面に向けた。これが悲劇を生むとは知らずに、男目掛けてナイフを突き出した。


「くそ……! 間に合わ――」


 次の瞬間、男は息を呑んだ。

 エイネが最後の力を振り絞って男を突き飛ばし、ソラに覆い被さるようにして身を乗り出したのだ。

 ずぶりと、ナイフはエイネの胸を貫いていた。


「ぐっ……がはっ……!」


 血を吐く音を聞き、ソラは顔をあげる。


「え……? なんで?」


 守ろうとしていた人の顔が、そこにはあった。


「なんで、どうして?」


 ソラの顔が青ざめる。膝から崩れ、目の前の現実を拒んだ。


「だって、あなたに誰かを傷つけるなんてこと……してほしくないから」


 エイネは微笑む。人にナイフを突き立てるなどさせないために思いついた行動が、これだった。

 ソラの手がナイフから離れた。手は流された血によって赤く染まっている。


「なんで、だってボクは――」


 ソラは首を横に振り、現実を否定する。これは夢だと。幻だと。

 しかし非情なことに、紛れもなく現実だ。ソラはよりにもよって、最愛の人を刺してしまったのだ。


「わかってる。あなたが私を守ろうとしてくれたのは十分わかってる。だけど私は、あなたのそんな姿を……見たくないの……」


 掠れた声で、エイネは言う。


「だってあなたは……とっても優しい子だから……」


 ソラの体を抱きしめる。弱々しくも、しっかりと。


「ふはっ! ふははははは! 事もあろうか俺を庇いやがったこの女!」


 男は笑った。滑稽だと。茶番だと。どれだけの思いで取った行動かも考えずに、ひたすらバカにする。この男はもう、救いようのないところまで来ていた。

 だからエイネはソラを止めた。ソラの手を、こんな男の血で汚すわけにはいかない。この男は、この男だけは絶対に自分の手で仕留めなければならない。


「誰が……あんたを庇った……ですって?」

「だってそうだろう? わざわざガキのナイフに当たりに行ってよぉ? さてはお前俺に惚れたか? ふははははは!」


 エイネは笑みを浮かべる。


「そんなわけ……ないでしょう? 誰が……お前みたいな奴に――」


 そう。そんなわけがないのだ。自分にはもうすでに心に決めた者がいる。だからこその行動だ。エイネは男を嘲笑う。


「私が愛する男は……ただ一人だけ――ソラっていうんだから」


 エイネがそう言ったのと同時に、背中から光の斬撃が伸びる。

 エイネの体を貫いた斬撃は、血しぶきを上げながら男の左目に直撃。目を抉った。


「ぎやああああああ!!」


 目を潰された男は、悲鳴を上げて地面を転げ回る。抑えた手が赤く染まってもなお、血が流れ続けている。


「あんたのその腐った目を潰すのは……私で十分よ」


 エイネは吐き捨てるように言うと、地面に横たわる。もうこれ以上の力は出せない。出し切ったと。


「くそ! くそっ! くそおおおっ!!」


 男は叫び、懐から何かを取り出した。それは朱色に光る魔力結晶だ。

 男がそれを地面に叩きつけると、突然足下に魔方陣が描かれる。そして光に包まれ、男の姿は消えた。

 一連の流れを見ていたエイネは思わず嘆息する。


「転移結晶……そんなものまで持ってたなんて」


 ひゅうひゅうと呼吸が音を立てる。

 エイネは限界を悟った。今の攻撃で、魔力が完全に無くなったのを感じたのだ。あとはもう、維持できなくなった体が崩壊していくだけだ。


「ごめんね、ソラ。約束守れなくて」


 エイネの言葉に、放心していたソラは我に返って彼女を見た。

 体が、消え始めていた。


「エイネ? どうして? 体が……」


 何も知らないソラは、必死にエイネの体を元に戻そうと触れた。

 手のひらからありったけの魔力を流し、回復魔法を使う。しかし消えていく体を元に戻すことはできない。


「酷い女だよね、私。ソラに怖い思いさせてさ。ほんと、酷い女だ」

「違う、違うよ。エイネは酷くないよ。ボクが、ボクのせいで」


 ソラは魔法を使いながら泣きじゃくる。エイネをなんとしてでも救おうとしている。

 その姿はエイネにとって、健気で誇らしいものに見えた。


「バカね。誰もあなたのせいだなんて、思ってないわよ」

「でも、でも! ボクが、ボクが……っ!」


 エイネはまだ消えていない手で、ソラの涙を拭う。


〝――ああ、上手くいかないなぁほんと〟


 エイネは笑う。精一杯笑う。

 本当は上手く躱すつもりだったのに、と。小さく呟く。


「ソラ、笑って? 泣いた姿を見たまま、私逝きたくないな……」

「笑えるわけない、笑えるわけないじゃんか!」


 ソラは必死に魔力を注ぐ。無駄だとは思えない、きっと助けられると信じて、魔力を注ぐ。


「待ってて! 絶対、絶対に助けるから……っ!」


 この時もしソラが使い魔に関する知識を持っていたならば、あるいはエイネを救うことができただろうか。

 だがソラにはその知識がない。彼が読んだ本の中に、使い魔に関する記述は一切なかったのだ。

 いや、そもそも知識があったとしてもエイネを救うことは出来なかっただろう。残酷にもソラのひと突きは、エイネの核を完全に破壊してしまっていたのだから。


「大丈夫、ボクが絶対に。絶対に助けるから!」

「ふふふ、ありがと。嬉しいなあ、愛する人にこんなに思ってもらえるなんて」

「何言ってるの、何を言ってるのさ!」


 ソラはエイネの言葉の意味が理解できなかった。

 対して、エイネは終始笑っていた。死の間際だというのに、幸福感で満たされていた。


「ソラ……私、あなたといられてすごく幸せだったわ。ありがとう」

「嫌だ! ボクを置いてかないで! 一人にしないでよ!」

「大丈夫。あなたは一人にはならない。これからもっと沢山の人に出会うから」

「エイネがいないんじゃ、そんなの意味ないよ!」


 ソラの叫びが、エイネの心を抉る。こんなにも彼は自分に依存していたのかと。

 しかし掛ける言葉を考えるだけの余裕はなかった。今言えるのは、自分が伝えたいことだけ。


「私ね、ソラの綺麗な髪が好き。優しい声が好き。ソラの全部好き」


 限られた時間の中、エイネは思いを繋ぐために言葉を紡ぐ。


「なにより私はソラの笑顔が大好き。だからその笑顔を、もっと沢山の人に見せてあげて? そしてもっと沢山の人を笑顔にしてあげて? 今日あなたがしたことを、これからもっと沢山の人にしてあげるの」

「いやだあ、エイネとずっと一緒にいるの。エイネがいなきゃやだよぉ!」

「もう甘えん坊さん。そんなに甘えてると、いつまでもかっこいい男になれないぞ」

「ならなくていいよぉ……っ! そんなのに、ならなくていいからぁ……っ!」

「もう……なってよ……お願い……」


 消滅は胸から上が完全に消えるほどに進行していた。

 エイネの目は、もう何も映さなくなっている。


「ああ、楽しかったなぁ……」


 エイネは天を見上げて、思い出す。ソラとの数々の思い出を。楽しいこともあれば、時には不安になることもあった。だがそのどれも、エイネにとってはかけがえのない思い出だった。

 そして側には必ず、ソラの笑顔があった。

 エイネは思う。

 もっとその笑顔を見ていたかった。もっと、側にいたかった。どうして自分は人間ではないのだろうか。人間であったのなら、もっと一緒にいられた。人間であったのなら――。

 エイネの頰に涙が伝う。止めどなくボロボロと零れ落ちる。


「いやだ……いやだよぉ……っ! もっと、もっと一緒にいたいよぉ……っ!」


 自分の思い、そしてソラとの日々を思い出したことで、保っていた笑顔が崩れる。諦めていた生への欲求が、今になってこみ上げてくる。


「だって私は――」


 言葉が途切れた。


「エイネ?」


 少女の最後の告白は、言い終わることなく消えた。

 残されたのは、彼女が着ていた衣類と首から下げていた青く光る魔力結晶だけ。


「どこ? エイネ? どこにいったの?」


 少女の体は、もうどこにも残されていなかった。


――ぽつり。


 地面に滴が落ちる。


――ぽつり。


 またひとつ、滴が落ちた。

 次第にその量は増え、遂には土砂降りの雨に変わった。

 強い雨に打ちつけられながら、ソラは天に向かって泣き叫ぶ。少女が着ていた衣服を強く握りしめ、声にならない悲鳴とともに。

 その声は、降り注ぐ強い雨の音によってかき消されていた。


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