急展開、前哨戦です


 事の発端はセラフィーナをユングライナーの船主に指名したときに遡る。

 当然のことながらウイリアムからセラフィーナに所有者の名義書き替えが必要となり、審査のための必要書類を法務局に提出しなければならない。

 ところが、そこで問題が勃発した。


「相続申請をした後に、ちょっと横槍が入ってね」


 聞いた途端「ちょっと待ってください」と、冷静さを取り戻したはずのアメリアの顔色がまた赤くなる。


「セラの相続は、法に照らして正式ではなかったのですか?」


「もちろん、その通りだ」


 セラフィーナのトリートーン相続申請は、法務局に於いてきちんと受理されている。あとは法定の日数を船長として全うすれば、要件達成ということで正式に相続されるという。


「お聞きした通りなら、何も後ろ指をさされることもないでしょうに」


 腑に落ちぬとばかりに憤慨するアメリアに「まあ、そうなんだが」と問題が建前ではないことを匂わせる。


「セラが男だったらね」


「と、申しますと……」


 察しがつくのか困った顔をする。


「何せ女の子が船を継ぐのだからね。無論、法には反してはいないが、いかんせん前例がない。なので良くも悪くも目立ってしまう」


 言ってる自分も納得できないのか、何度も膝を叩きながら理不尽な世論に不満を吐き捨てる。

 だが、アメリアが腑に落ちないのは別なところのようで。


「それは理解できますが、前後の脈略がないうえに話が飛躍しすぎです。海軍の勝負とセラの相続との間には、いささかの接点もございませんでしょうに」


 セラフィーナの相続が原因ならば何故海軍の話が出てくるのか? と、まるでかみ合わない矛盾点を指摘するが、エドワードは「ふつうの船なら確かにそうだが」とこれはトリートーン固有の問題だと答える。


「前にも言っただろう? トリートーンはボールドウィン商会の船であると同時に、書類上王国海軍所属の軍艦でもあり、軍から貸与された形になっていると」


「それは存じております。けれど」


 それが何か? とアメリアが問うよりも早く「ウォルフォード軍務卿からの横槍が入った」と、ため息交じりに事の真相をさらけ出す。


「軍隊というのは中々困った組織でな。一般兵は別として准尉や少尉といった中間士官職に、貴族の次男坊やら三男坊といった輩がやたら多いのだ」


「それも止む得ませんでしょうに」


 苦虫を潰すようなエドワードに、周知の事実でしょうとアメリアが諫める。


 軍隊という組織は本来の目的とは別に、貧困層ともうひとつの層への雇用確保という側面がある。


 貧困層への雇用確保はそのまんまで、衣食住を保障してやるから一般兵の下っ端でガンバレという、正真正銘の戦力確保と雇用促進を兼ねた国の政策である。

 これは良い、問題ない。

 節度さえ保てれば国の政策ととして利害が一致する。


「だがな……」


 問題なのは、もう一つの層の雇用。エドワードが口にした貴族の次男坊やら三男坊といった連中のことである。


「家格と金はあるから、訓練を経て士官として任命される。そのこと自体に含むものはないのだが、穀潰しのクセに己の実力以上にプライドが高いバカたれが混じっている」


 まるで腐ったリンゴのごとくこき下ろすがさもありなん。何せ、本当に困った連中なのだから。


 次男以下とはいえ、それなりに地位と権力のある貴族の子弟たち。

 遊ばせると風評が悪いし、さりとて爵位は継げない故の登用である。出自が出自だけに一般兵に処す訳にもいかずの士官待遇なのだが、時おり何かカン違いをした正真正銘のおバカさんが入隊してくる。


「やれ俺の家柄が何だの、身分がカンだの。軍隊は基本実力が全てで、家柄だのなんだのは関係ないというのに。何、ふざけたことを考えているんだ!」


 怒りに任せてテーブルを力いっぱいドンと叩くが、いささか興奮が過ぎたのだろう、痛みで半分涙目になっていた。呆れたアメリアが「少しは落ち着いて」と窘めるあたりは似たもの夫婦なのであろうか。


「貴族出自の子弟は家柄上大半が入隊時から士官待遇だが、軍隊も組織である以上、無能者を昇進などさせないし役職ポストの数だって限りがある」


「それは当然でしょうね」


 家柄で昇進ならそれこそ腐ったリンゴだ。だがエドワードは「困ったことに」と話を止めようとしない。


「その中にウォルフォード軍務卿のご子息がいるんだよ」


「それでまさか……」


 アメリアの懸念に「いやいや」と手を横に振る。


「いくら息子可愛さでもトリートーンの接収などは口走らないさ。ヘンなことをすれば国王への背信行為になるからね」


「では、何をお困りになっているのです?」


「そういうバカの口を閉ざすために、トリートーンの優秀なところを見せて欲しいと仰るのだ」


 勝負は言葉の綾だと付け加えることも忘れない。


「もう。聞けば聞くほど、嘆かわしい話ですね」


 事の真相を聞いて、情けないとばかりにアメリアが首を左右に振る。


「ああ、全くだ」 


 同意とばかりにエドワードも頷く。


「軍務卿もご自身で海軍の暴走を押さえればいいのに、我々をダシに使うなどと」

 

「嘆かわしいのは、あなたです」


 と、アメリアが憤慨する相手は、あろうことかエドワードであった。


「え?」


 青天の霹靂。


「私がか?」


 信じられないとばかりに、思わず自分自身を指差すと、アメリアは「そうです」とキッパリ肯定する。

 その上で「そもそも」と、一時控えていた夫への糾弾を再び始める。


「ウォルフォード軍務卿が勝負を提案する時点でおかしいとは思いませんか? ええ、確かに負けたから即接収とかはないでしょう。でも後々の口実にはなりますわよ」


 冷静に分析する妻の意見に「私が嵌められた。と?」と問うてみる。


「そうは申しません。お義父様が逝去して、あなたではなくセラがトリートーンを相続したので、付入りやすい考えたのでは?」


 なるほど、それなら合点が行く。

 無能なアンポンタンでなくとも、むしろ有能で燻っているものほど、艦長のポストが増えることは歓迎するだろう。だが、海賊気質を色濃く持っていたウイリアム相手では接収など夢のまた夢、一笑に付されて末代までの恥にされるのが関の山。ふつうなら机上の空論として、そんなくだらない考えはゴミ箱に捨ててしまうだろう。

 しかし目の上のたんこぶが消えて、社交界にデビューしたばかりの女の子が船長ならどうだ? 容易にねじ伏せれると誰もが考えるであろう。


「つまり、私は連中に付入る口実を作ってしまったということか?」


 ほかに方策がなかったのも事実だが、エドワードは「困ったことになった」とばかりに頭を掻きむしる。


「このことをセラに?」


「言わないといけないだろうな」


「ですわね」


 夕食が不味くなるな。



 その日の夕食時間。


「セラ。大事な話があるんだ」


 メインディッシュを食べ終えて、食後のお茶の時間になったのを見計らうと、エドワードはセラフィーナに海軍との勝負の件を口にした。


「ちょっと言いにくいのだが、実はだな」


 軍の思惑を包み隠さず告白し、不本意ながら彼らの思惑通りに状況が進み、勝負の提案を受けざる得なくなった経緯までもすべて説明する。


「こういう事態におちいって、我ながら不甲斐ない家長だと思うよ」


 社交界にデビューしたばかりの、つまり成人になって間もない娘に、ボールドウィン家の象徴ともいえるトリートーンの命運を委ねるのだ、一家の長として忸怩たる思いがある。


 ところが重い命運を課せられた当のセラフィーナは、運命を感じるどころかむしろ嬉々としていた。


「ありがとう、お父様!」 


「は?」


 聞き違い。では、なかろうか?

 食事中でなければ小躍りしてガッツポーズでもしそうな勢い。

 傍で侍るマージェリーが小声で窘めるほどの、予想の斜め上を行くはしゃぎっぷりに、無理難題を持ち掛けたエドワードが逆に驚く。


「ありがとうって、セラ。自分で言うのもアレだけど、私は海軍の兵士と勝負しろなんて無理難題を命じているんだよ?」


 困惑するか、勝手に決めたことに憤るか、達観して運命を受け入れるのが普通どと思うのだが。


「うん。わたしの一存で勝手にできなかったから、お父様が許可してくれてとても嬉しいわ」


 セラフィーナの反応は真逆、勝手に決めて怒るどころか嬉しいとまで言い切った。


「どういうことだ?」

 返答のあまりの異様さに改めて尋ねてみると「わたしのほうでも色々あって」と、セラフィーナもトリートーンでの一件を口にする。


「……という訳なのよ。これであの、嫌味な連中と正面切って勝負ができるわ」


 説得する手間が省けて喜ぶべきか、勝手に軍と勝負を挑む無鉄砲さを咎めるべきか。


「ホントに、似た者同士の親子よね」


 呆れかえって紅茶を口にするアメリアが全てを物語っていた。

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