第25話 今度はマージェリーの特訓です 1


「問題って、何?」

 まさかの問題発言にセラフィーナが訊き返すと、真面目腐った顔で「率直に申しまして」と自説を披露する。


「お嬢様がこの船に乗るにあたって、知恵と意欲は十二分にあるかと存じますが、残念ながら体力が追い付いていません。あのような合理性に欠ける訓練の趣旨や内容はともかく、途中で力尽きてしまったのがその証左です」


「あれは、ロープを掴み損なって滑っただけよ」


 声を大にして言い訳をするセラフィーナに、マージェリーは「左様ですか」と小さく呟くと、冷たい一瞥。


「滑った、ですか? 落ちたではなく?」

 念を押すように尋ねる。


「そうよ!」


「滑るというのは、手なり足なりが踏ん張りつつも、姿勢を保つことができない現象のことですよね? ですがお嬢様の場合は、ロープを掴み損なった際に足で踏ん張るどころか、指一本もマストに触れていなかったと見受けましたが?」


「それは、そうだけど」


「それを世間では〝落ちる〟と申します」


 セラフィーナの言い訳をあっさりと論破し、返す刀で「そもそも」と追い打ちをかける。


「体力があれば仮にロープを掴み損なったとしても、マストにしがみつく等の対処ができたと思いますが、如何ですか?」

「ぐっ……」

 こんこんと理詰めで諭されて、セラフィーナは二の句が継げない。


「なるほど。道理だな」


 しかも、天敵であるはずのランドールまでもが、さもありなんと頷き、マージェリーの意見を支持をした。


「訓練にケチを付けられるのは心外だが、お嬢の体力を見るにつけ、いきなりマスト登りをやらせたのは性急だった」

 落ちたことを気にしているのだろう。少し神妙な顔つきで「予想外とはいえ、俺のミスだった」と唸る始末。

「元々が野郎相手の訓練だ。お嬢のような女の子を相手にするなら、相応の方法を考えるべきだったかもな」

 と、反省の弁を述べ、益々マージェリーの意見に傾倒していく。


 マズい。この兆候は非常にマズい。

 意見が揃っていがみ合いがなくなったのは良いが、マージェリーのマイナス査定に同調するのは宜しくないだろう。


「ちょっと。2人ともわたしの成果にケチをつけるつもり?」


 妙な雲行きで前言撤回などないようにと釘を刺す。

 だが2人とも結果については変える気はないようで、声を揃えて「いいえ」と首を横に振る。


 ただし、首を振る理由は違っていたようで、

「二言はないと言っただろう」

「問題点が見つかった以外に意味のない訓練。蒸し返すなど愚行です」

 続く言葉には大きな隔たりがあった。


 当然の如く訓練内容をこき下ろされたランドールが、マージェリーに「おいおい、ちょっと待て」と食ってかかる。


「時期尚早だったとは思ったが、オマエさんは俺たちの訓練を愚行とまで言い切るか?」

 が、ディペートではマージェリーのほうが一枚も二枚も上手。


「事実ですから」

 半ば恫喝とも思える物言いに、臆する素振りを微塵も見せずしれっと答える。


「なら、ほかに方法があるとでも?」


「ええ」


 キッパリと宣言すると「1日待ってください。ちょうど良い方法がありますので」邪悪な笑い(セラフィーナ目線)を浮かべる。


「ま、マージェ。そんなに張り切らなくても大丈夫だから」

 慄いたセラフィーナがけん制をするが、己が職務に命をかけるメイド頭はそんな願いも空しく「いいえ!」と一蹴。


「問題点が見つかった以上、欠点克服の特訓は必要です」

 拳に力を込めて、キッパリと断言する。


「もう合格を貰ったんだから、次の訓練に移ったほうが良くない?」


 セラフィーナも反論しようとするが、やっぱりディペートではマージェリーのほうが一枚も二枚も上手。

「わたくしは問題があると申しましたよね?」

 違いますか? と訊く姿勢をとりながらも「ですから」と特訓の必要性をこんこんと説く。

 所詮セラフィーナが適うはずもなく、反論を許す暇もなく格の違いを見せつけられ、外堀内濠と次々に埋められていく。


「よろしいですね?」

 あっと言う間に完全に丸め込まれ、問われたら「はい」と答えるしかない状態になっていた。


「よろしゅうございます。では、今日は帰りましょうか」


 形の上では尋ねているが、実際には完全なる強制。もちろんセラフィーナに拒否権などなく、これまた「はい」と頷くしかない。



「おいおい、もう帰るのか?」

 陽も高いうちに帰らせようとするマージェリーにランドールは抗議するが、暖簾に腕押し。欠片も突き刺さってはいない。


「あれだけのショックがあったのです。今日はもう、訓練にはなりません」

「そりゃ、そうかも知れないが」


「明日の準備もありますので、今日はこの辺で失礼いたします」

 秩序を説こうとしたランドールを強引に黙らせると「ささ。戻りますよ」と、セラフィーナを帰りの馬車に押し込んだ。


 御者に屋敷に向かうように告げると、マージェリーも馬車に乗り込み、去り際に思い出したかのように「あ、そうそう」と一言付け加えた。


「きっと皆さまにも、満足して戴けますわ」


 優雅に一礼するが、目は笑っていない。


「怖っ」


 横で見ていたセラフィーナが思わず口走る。


「何かおっしゃいましたか?」


 マージェリーの問い(というか脅迫)に首をぶんぶん振って「いいえ」と答えたが、後で聞いた話だと勇猛を自負するランドールもマージェリーの邪悪な笑みに慄いたという。

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