第12話 悪役令嬢は主人公と新たな関係を築くようです


 サロンを出ると、そこには不安そうにたたずむメリアの姿があった。


「メリアさん?」


「アリシア様、その、私またアリシア様にご迷惑を……」


 ああ、やはりそうか。

 メリアは、ここ数日のアリシアを避けていたという彼女の振る舞いが、レイネスにどう映っていたのかわかっているのだろう。

 そして、レイネスがその事に対して、どのような行動を起こすのかということも。


 わかっていて、それでもどうすることもできなかった。


 これに関しては、メリアが薄情だとかそういうことではなく、アリシアに責任がある。

 親しくなり始めた同性から、突然告白されたのだ。

 その相手にどう接していいのか、メリアでなくても戸惑うだろう。


「メリアさん、とりあえず場所を変えましょうか」


 ここでは、サロンから出てきたレイネスと鉢合わせてしまう。

 別のサロンの使用を申請するにしても、サロンが並ぶこの区画でうろうろしていたら、鉢合わせのリスクはそう変わらない。


「そうですね、今からうちの屋敷へいらっしゃいませんか?」


「ア、アリシア様のお家ですか!?」


「ええ。

 両親は留守にしているはずですので、緊張される必要はありませんよ。

 それとも、私と二人きりになると何をされるかわからないから戸惑っているのですか?」


 アリシアはいたずらっぽく微笑んだ。


「そ、そんなことはありません!」


「でしたら問題ありませんね。

 どうぞこちらへ。

 迎えの馬車を待たせておりますので」


 半ば強引にメリアを連れたって、ローデンブルク家の屋敷まで帰ってきた。

 公爵家という、大貴族の屋敷を前にして萎縮してしまっているメリアの手を引いて、私室へと案内する。

 勿論、人払いも忘れない。


 部屋に備え付けられている応接用のソファーへとメリアを導くと、アリシアも向かいの席へ腰を下ろす。


 張り詰めた空気が二人の間に流れる。

 メリアはなにかをいおうと、口を開きかけては下を向いてしまうという動作を繰り返していた。

 そして、アリシアはというと。


(キャーーッ!

 メリアの手、握っちゃったわ!

 小さくて、温かくて、柔らかーい!)


 メリアと手を繋いだことに歓喜していた。


 初めての物理的接触。

 その感動は筆舌に尽くしがたい。


 先ほどレイネスに啖呵を切ったことなど、すっかり頭の中から抜け落ちていた。


 そんなアリシアだが、その顔には慈愛の微笑みを浮かべている。

 メリアには、アリシアの頭の中でパレードが繰り広げられていることなど知る由もない。


 しばしの間、沈黙を貫いていた二人だが、その空気を先に破ったのはメリアだった。


「……アリシア様、申し訳ございませんでした」


 そういってメリアは深く頭を下げた。


 不意の謝罪に、一瞬キョトンとしたアリシアだったが、一連の出来事を思い出し慌てて意識を現実へと引き戻す。


「顔を上げてください。

 メリアさんに謝罪していただくことなど、なにもありませんよ」


「ですが、レイネス殿下にサロンで……」


「あれは、メリアさんに近付かないよう、忠告をいただいただけです」


「やはり、私の……」


「ですが、お断りいたしました」


「えっ……」


 メリアの瞳に困惑の色がにじむ。

 その瞳を真っ直ぐ見据えながら、アリシアはゆっくりと言葉を紡いだ。


「メリアさん。

 あの時の私の言葉に、嘘はありません。

 紛れもない、私の本心です」


 メリアの中に困惑が広がるのがわかる。

 だが、それでも言葉を続ける。


「ですが、その事でメリアさんに心労を与えてしまうのは、私としても本意ではありません。

 あの日のことは忘れてほしい……、とはいいたくありませんが、あまり気になさらないでください。

 返事を迫ったりすることはありません。

 これまで通り、お話しをしてくださると嬉しいです」


 アリシアを見つめていた瞳が一瞬下に逸れるが、再び顔を上げたとき、メリアの目には、なにかを決意したような力強さが宿っていた。


「……あの日から私は、アリシア様のお言葉についてずっと考えていました。

 いったいどのようなおつもりであの言葉を口にしたのだろう。

 もしかして、からかわれただけなのでは、とも思いました。

 ですが、あの時のアリシア様は真剣で……。

 とても嘘だとは思えませんでした。

 あの日もお話ししましたが、アリシア様と過ごす時間はとても楽しいです。

 ですが、だからこそ、どう接したらいいのかわからなくなってしまって……。

 アリシア様がお声をかけてくださっているのに、逃げるような振る舞いをしてしまいました……」


 言葉に詰まってしまったメリアだが、アリシアは静かに続きを促した。


「……正直、私にはまだ、誰かを愛するという感情がよくわかりません。

 アリシア様のことは貴族としても、女性としても尊敬しています。

 ですが、それが愛情かというと、そうだとは思えません。

 ……私はアリシア様のお気持ちにお応えすることはできません」


 緊張からか、やや上ずってしまっていたが、それでもはっきりとメリアは告げた。


「……そうですか。

 真剣に考えてくださり、ありがとうございます。

 それが、今のメリアさんのお気持ちなのですね」


「……はい」


 絞り出すようにメリアは答えた。

 告白を断るということは、とても勇気のいる行動だと思う。

 メリアのように、相手のことをおもんぱかってしまう人ならなおさらだ。

 だが、それでもこうして正面から向かい合い、答えを出してくれたことを、アリシアは嬉しく思う。


「ということはつまり、未来のメリアさんのお気持ちがどうなっているかは、まだわからないということですよね」


「……はい?」


 アリシアのいっている意味が分からないのだろう。

 メリアは小首をコトンとかしげた。

 可愛い。


「あら?

 もしかして、メリアさんは私が一度振られたくらいで諦めるような女だと思っていたのかしら」


 次元という、人の手では越えられない壁を隔てた恋をしていた。

 実らぬ恋だと思っていた。

 だが、そうだとわかっていても愛し続けていたのだ。


 それが実際に会話をし、手を握ることができる距離まで近付くことができた。


 たかが一度振られたくらいで諦めるなど、アリシアにはありえない。


「私はたとえメリアさんに振られようと、嫌われようと、愛することをやめるつもりはありません。

 逃げられても話しかけ続けますし、あなたの愛をいただけるよう、努力を惜しむつもりもありません」


「どうして、私なんかにそこまで……」


「なんかじゃありません、メリアさんだからです。

 私はメリアさんだから、ここまでするのです。

 拒絶するのなら、していただいても構いません。

 この事で、家の力を借りてメリアさんの行動を強制するつもりはありませんので、ご安心ください。

 まあ、拒絶されたところでこの気持ちを捨てる気は更々ありませんが」


 真っ直ぐメリアを見つめる。


 その表情には、困惑の色がありありとにじみ出ていた。

 余計な悩みを抱かせてしまったことについては、申し訳なく思う。


 ただ、メリア相手でも、これだけは譲るわけにはいかない。

 この気持ちだけは。


「まあ、私が意思表示をしたかっただけですので、メリアさんは気にせず、いつも通り過ごしてください。

 それはそうと、恋人への第一歩は友人からというのも一つの形だと、私は思うのです。

 こういうことを口に出していうのは、少しおかしな気もしますが、それも一興というものでしょう」


 呼吸を整えたアリシアは、改めてメリアを見つめる。


「メリアさん、私と友人になっていただけないかしら?

 ああ、今更身分がどうのというのは、なしですよ」


 目を丸くしていたメリアだが、すぐにクスッと笑みをこぼした。


「……アリシア様はお強いですね。

 友人でしたら、喜んで」


 こうしてアリシアは、メリアと友人になった。


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