第8話 悪役令嬢は魔道具開発に乗り出すようです

 何かを作るにあたって、奇をてらう必要はない。

 アリシアとして生活する中で、前世と比較し不便だと感じることを挙げていけばいい。


「そういえば、メリアにパイを作ったときに、電子レンジやオーブントースターがあればいいのに、って思ったのよね」


 この世界に電化製品はなく、それに類する魔道具も少ない。

 アリシアがパイを焼いた際も、公爵家にある窯を使用した。


 この世界の住人にとってはそれが当たり前であり、不便とも感じないのであろうが、アリシアにとってそれは不便以外の何ものでもない。

 勿論、窯で焼いた方が美味しいという意見もあるだろうが、料理一つ作るのにかかる時間が、窯とオーブンレンジなどでは段違いだ。


 こういった身近な家電製品を、魔石で再現したら、売れるのではないだろうか。


「電子レンジは難しそうですし、まずはオーブントースターから作ってみようかしら」


 早速、ローデンブルク家にある訓練場へと向かうと、貯蓄してある魔石をいくつか用意する。

 ローデンブルク家には、学生であるアリシアの刻印の練習用にと、魔石が保管されているのである。


 砕いた魔石を溶かし込んだ、特殊なインクをつけたペンで、魔石に刻印を施していく。

 施すのは、火の刻印である。

 一口に火の刻印といっても、ほのかに温かくなる程度のものから、炎を噴き出すものまで様々だ。

 当然ながら、炎を噴き出すような刻印は複雑であり、使用する魔石も、魔力を多く含んだ高級なものが必要となる。


 今回はオーブントースターの熱源として使用したいので、火が出るほど強力にする必要はない。

 かといって温くしても仕方がないので、火が出ないギリギリの強度になるよう刻印を調節する。


 ペンを通して一定の魔力をインクに流しながら、少しずつ刻印を施していく。

 作業自体は単純だが、正確に刻印を施すことは勿論、繊細な魔力操作が必要になってくる。


 集中するアリシアの額に、じんわりと汗がにじむ。


 そうして十五分ほどの時間をかけ、ようやく火の刻印を施した、火の魔石が一つ完成した。


「ふぅ……。

 刻印を施すのは好きですけど、やっぱり疲れますね」


 ハンカチを取り出すと、そっと額の汗を拭う。


 魔法技能に優れたアリシアだからこそ、これだけの短時間で作業が終了したが、並みの魔術師ではそうはいくまい。


 刻印を施すには、一流の魔術師が必要である。

 その魔術師をもってしても、それなりの時間と労力を要するため、量産には向いていない。

 そうなると、数に限りのある刻印を施した魔石は、必然的に軍事優先となるのである。

 このあたりが、魔道具の一般への普及率の低さに繋がっているのだろう。


 アリシアは厚手の皮手袋をはめると、手に持った火の魔石に、起動力となる魔力を少し流す。

 すると、瞬く間に火の魔石が赤く発色した。

 手袋越しにじんわりと熱が伝わってくる。


「刻印に問題はなさそうですね。

 それでは次に……」


 火の魔石にもう一度魔力をこめると、すっと赤い色が引いていき、元の黒色に戻る。

 一旦、作業台に魔石や手袋を置くと、訓練場の地面に土魔法で側面のうちの一面が開いた、30センチメートル四方の箱を作る。

 簡単ではあるが、オーブントースターの外装の代わりだ。


 魔法で作った物なので、込めた魔力が切れれば風化してしまうが、今実験に使うくらいならば、十分その役目を果たしてくれるだろう。


 箱の天井部に火の魔石を吊るし、その下に薄く切ったパンを置く。

 蓋を閉じ、起動力となる魔力を込める。


 全面土で覆われていて、中の様子が確認できないので、時折蓋を開けて焦げていないかチェックする。


 数分もすると、訓練場に芳ばしい匂いが漂い始めた。

 きつね色に焼き色がついたところでパンを取り出し、一口食べる。


「……うん、これは紛れもなくトーストね。

 バターやジャムが欲しくなるわ」


 何はともあれ、オーブントースターの試作品は成功した。

 アリシアにしっかりとした外装を作る技術はないので、売るとしたらオーブントースターの概念と火の魔石になるだろう。


「さて、問題はこれをどうやって売るかよね。

 ローデンブルク家御用達の商人を通して売ったら、お父様にすぐばれてしまうでしょうし」


 バイスにばれてしまえば、まず間違いなく止められるだろう。

 公爵令嬢がこそこそ金稼ぎなど、この世界ではあまり外聞のいい振る舞いではない。


「まだ面識はないけれど、彼に頼ってみようかしら。

 リスクはありますが、他に当てもないですし」


 アリシアは、「マジラプ」の攻略キャラである、一人の男のことを頭に思い浮かべた。

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