婚約破棄された悪役令嬢は百合ルートを開拓するようです

黒うさぎ

第1話 悪役令嬢は愛を取り戻したようです

「アリシア、貴様との婚約を破棄させてもらう!」


 響き渡った突然の宣言を聞き、会場は騒然とした。


 騒ぎの中心へと目をやると、そこには一人の令嬢を庇うように毅然と立つレイネスと、顔を青くしながら、その前に崩れ落ちるアリシアの姿があった。


 今日は、レイネス第一王子の十七歳の誕生日を祝うパーティーが、王城で盛大に催されていた。

 ボルグ王国の次期国王となるであろう、レイネスの誕生日パーティーには、国内の貴族たちも数多く参加していた。

 豪華絢爛なパーティー会場。

 王家お抱えの料理人による、贅を尽くした料理に舌鼓を打ちながら、皆が楽しく歓談をしている中、それは起こった。


 王子の婚約破棄。

 国を揺るがす事態を前に、渦中の人物であるアリシアはというと、そんなこと、気にも留めていなかった。


 ◇


(これってどういうこと……?)


 アリシアは突然の出来事に戸惑っていた。

 レイネスの婚約破棄宣言も衝撃的ではあったが、今はそれどころではない。


 突如として己の中に流れ込んできた記憶の奔流に耐えきれず、思わずその場に膝をつく。

 思わぬ精神負荷によって、血の気が引いていくのがわかる。

 それでもどうにか、膨大な情報を整理していく中で、アリシアは一つの結論に達した。

 それは、この世界が前世でプレイした乙女ゲー、「マジック・ラプソディ」によく似た世界であるということだ。


(……ここって「マジラプ」の世界なの?

 ということはまさか……)


 未だ、血の気の戻らない顔を、ゆっくりと上げる。

 そして、そこに推しキャラを見つけたアリシアは歓喜した。

 それはプラチナブロンドの美丈夫で、ボルグ王国の第一王子であるレイネス……ではなく、その後ろでおろおろしているメリアであった。


(本物のメリア、キターーーッ!!)


「マジック・ラプソディ」、通称「マジラプ」の主人公にして、メインヒロインである少女。

 それがメリアである。


 肩まで伸ばした、艶のある栗色の髪。

 クリッとした大きな瞳。

 小柄な体躯は、控え目なメリアの性格と相まって、可愛らしい小動物を彷彿とさせる。


 アリシアは前世で「マジラプ」をプレイしていた。

 初めはちゃんと乙女ゲーとして遊んでいたのだ。

 しかし、ストーリーを進める内に、次第にメリアの人柄に惹かれ、気がついたときには攻略キャラそっちのけでメリアを追いかけていた。


 可愛いメリアを見るために全ルートを攻略し、全てのイベントスチルを集めた。

 グッズも、メリア単体の物は販売されなかったが、攻略キャラと一緒に写り込んでいるポスターやタペストリーを見つけると、迷わず買い集めた。


 乙女ゲーを買って何をやっているのだと自分でも思うが、そんなことどうでもよくなるくらい、メリアはアリシアの心をつかんで離さなかった。


(この世界なら私がメリアと結ばれることだって……はっ)


 アリシアは自身の体を見下ろす。

 絹のように滑らかな、長いブロンドの髪。

 豊かに盛り上がった胸部。

 そして、公爵家の名に恥じない、意匠を凝らしたワインレッドのドレス。


 前世の記憶に補完される形で、今の自分のことを思い出す。

 それは、自身がローデンブルク公爵家の長女であるということ。

 つまり、女であるということを。


(女同士じゃ結婚できないじゃない……)


 突きつけられた現実に、打ちひしがれた。

 せっかく「マジラプ」の世界に来たというのに、メリアと結婚できないだなんてあんまりである。


(……いや、諦めては駄目よ、私。

 画面越しに恋していた前世に比べれば、性別の壁くらい無いも同然よ!)


 そう思うと、途端に力が湧いてきた。

 メリアと結婚するためなら、なんだってやってみせる。

 どんな困難でも打ち砕いてやる。

 メリア最高!!


「アリシア、聞いているのか!

 何か言ったらどうだ!」


 怒鳴るレイネスの声で、ハッと我に返る。


(そうか、今はパーティーの最中でしたね)


 周囲の様子をうかがうと、皆の視線がこちらを向いているということに、今更気がついた。

 公爵令嬢として注目を浴びることには慣れているが、この視線は少し居心地が悪い。

 ひとまずこの場は退散するとしよう。


 アリシアは何事もなかったかのように、スッと立ち上がる。


「レイネス殿下、申し訳ございません。

 体調が優れないため、ここで失礼させていただきます」


「おい、ちょっと待て!」


 わめくレイネスを無視し、悠然と立ち去るアリシアの姿は、先ほどまで婚約破棄を突きつけられて顔を青くしていた少女とは、まるで別人のようだった。

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