第8話 添い寝

 店で食うような派手さはないが、まさに家庭料理といった風情の味を堪能する。旨いと褒めるとティアナは相変わらず耳の付け目まで真っ赤になっていた。いえ、そんな、とか恥ずかしながらも嬉しそうにしている。俺に多く盛り付けようとするので、ティアナもたっぷり食べるように言いつけた。


 遠慮はしていたものの、育ち盛りのせいか最後は大人しく自分の皿にもよそってしっかりと食べている。俺が食後に蒸留酒をすすっている間にティアナは後片付けを済ましてやってきた。

「もうご用はありませんか?」


「ああ。うん。特にないかな。長旅で疲れてるし、あとは寝るだけだ」

「はい。分かりました。それでは私もお休みさせていただきます」

 頭をさげるとティアナは台所に戻っていく。なかなか戻ってこないので様子を見に行くと、台所の隅に藁を敷き詰めた上に横になっていた。


「何してるんだ?」

 ティアナは目をぱちっと開けると飛び起きる。

「申し訳ありません。なにかまだご用がありましたでしょうか?」

「いや。そうじゃなくて。そんなところじゃなくてベッドで寝ればいいだろ」


 昔、ほんの一時期だけ一緒に暮らしていた女が居た時に買ったので、俺のベッドは一人で寝るには不釣り合いな大きさだった。

「いえ。そんな。私は……。それに、ご主人様は、汚れた服でシーツに上がるのはお好きでないのかと……」


 ティアナは自分の服装のあちこちに目を走らせていた。確かに神殿でエイリアに着替えさせて貰ったという服は、旅の汚れが少々目立つ。

「体を拭いて着替えりゃ……。ああ、替えの服が無いんだったな」

 俺はうっかりしていたことに気が付いた。


「気が付かなくて俺が悪かった。さっき、夕食の買い出しの時にもう少し金を持たせて、お前の服を買わせれば良かったな」

「ご主人様。私などにそんな余計なお金を使わなくても」

 ティアナは力いっぱい細い腕を突き出し両手を振っている。


「まあ、その話は明日だな。とりあえず、色々と働いてそのままでは気持ちが悪いだろう。そうだ。今夜は俺の服を着て寝るといい。少々大きいが、そのままの格好で寝るよりは不愉快じゃないはずだ。お前がきれいに洗ってくれたしな」

 なんだかんだ言っていたが、やはり汚れたままの服は嫌だったのだろう。洗濯をして畳んである俺の服から1枚とって行った。


 俺がもう1杯ゆっくりとやって戸締りをしている間に、台所でごそごそやっていたティアナがこざっぱりとした姿で戻ってくる。俺が貸した貫頭衣は大きすぎて浮き出た鎖骨が露わになってしまっていた。突き出た手足の細さも目につく。酒のせいで燃え上がりかけた欲望が冷水を浴びせられたように消えていった。


 俺はティアナを寝室に誘導する。遠慮していたティアナがベッドの端に横になるので、毛布をかけてやってランプを消した。

「夜は結構冷え込むからかけておいた方がいい」

「それではご主人様の分が」


 慌てて自分から毛布をはぎ取ろうとするのを押しとどめる。

「俺は鍛えてるから大丈夫だ。この町の近くのダンジョンは常に冷気が漂っているんだよ。家の中にいて寒がっているようじゃ探索なんてできないのさ。それにはお前は痩せてガリガリだろ」


「でも……それでは申し訳ありません」

「いいから気にするな」

 ティアナは薄闇の中でしばらくじっとしていたが、上半身を起こす。

「それでは一緒に毛布を掛けてください」


「は?」

「不躾なお願いですが、ご主人様に甘えさせてもらえますか。やっぱりちょっと寒いので側に居て欲しいです」

 俺はティアナの表情を確かめようと目を凝らすと遠慮がちに聞いてくる。

「だめですか?」


「……分かった」

 俺は毛布の中に体を滑り込ませる。

「端に居ないでこっちに体を寄せろ」

 もぞもぞと動いてきたティアナが体をくっつけた。想像以上に冷たい体に声が出そうになる。


「お前、なんでお湯で体を拭かなかった?」

「かまどの火を落とした後でしたので」

「いいか。明日からはちゃんとお湯を使え。こんなに冷たくなって病気になったらどうするんだ」

「すいません」


 俺はティアナを抱き寄せる。筋張って、骨と皮だけの体は細かく震えていた。俺の熱を移すようにそっと抱きしめてやる。

「あの、その……」

「なんだ?」


「骨ばっててすいません」

「謝ることはないだろう」

「私の体、ごつごつしていて痛くありませんか?」

「まあな。スケルトンを抱きしめてる気分だ」


 俺の出来の悪い駄口にティアナはくすっと笑う。

「ご主人様はそんなことをしたことがあるのですか?」

「物の例えだ」

「はい。笑ったりしてすいません。でも、やっぱりそうですよね。私は骨と皮ばかりですから……」

「気にしているなら、ちゃんと食事をして肉をつければいい」


 少しずつ、ティアナの体が温まっていき、同時にこわばりがほどけていく。小さくあくびをした気配がした。

「それと良く寝ることだ。しゃべって無いで寝ろ」

「はい」

 しばらく大人しくしていたティアナだったが、そっと俺の手を両手で握る。


「私はご主人様に会えて幸せです。言いつけを守って体を丈夫にしますから」

 だから、なんだというんだ? その続きを待っていると規則正しい寝息が聞こえてきた。俺は失笑を漏らすと目を閉じる。なかなか寝付けないかと思ったがあっさりと眠りに落ちた。

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