第6話 湯あみ

 俺は1体目が大きく剣を振りかぶったところにショートソードをさっと引きぬく。同時に踏み込んで肘から先を切り飛ばした。見た目はぼろいがかなりの強化済み、しかも俊敏の加護つきだ。2体目が1体目の体が邪魔でまごついているところに、半身で突きを繰り出して、喉を貫く。


 熱い血潮をぶちまけながら絶命するそいつは無視して、1体目の肩から切り下げてとどめを刺した。3体目は俺の腕に恐れをなしたのか腰が引けていた。すっかりしぼんでいる。構えた剣を弾き、返す動きで首をはねとばす。まだ、ぴくぴくしている死体から金目のものを漁った。


 ダンジョン第1層に生息するモンスターなので期待はしてなかったが、小ぶりのサファイアをつけた金のイヤリングが出てくる。買えば銀貨5枚はかかりそうだ。数枚の銅貨と小銅貨とは別に懐にしまう。腰が抜けて座り込んでいるティアナを助け起こしてやった。


 翌日の早朝、高くそびえるドーラス山に抱かれるように佇むノルンの町に着く。川から水を引き入れた堀が巡らせてあり、石積みの壁が町を囲んでいた。門を抜け、斜面に沿った通りを上っていく。長い間留守にしていた家は埃っぽい。換気のために窓や裏の戸をあけ放つと俺はティアナに家で大人しくしているよう言いつけギルドに出かけて行った。


 マルク商会発行の証明書を見せて、迷宮の第5層レベルの品を持ち来んだことを記録してもらう。俺にとってみれば、第5層レベルの宝箱の開錠はそれほど難しいことではない。それでも実績は実績。腕が錆び付きやすいと見られている技術が直近まで使い物になったという証明は大切だ。


 ついでに昨日切り取ったオークの耳もカウンターに出す。カウンターの兄ちゃんは驚いていた。町の周辺の掃除はごくわずかな報償金が出るだけなので、基本的に戦闘職ではないということもあり、俺は今までそういうあまり金にならないことはやってこなかった。


 ボック親父の店に寄って、昨日のイヤリングを見せる。留め金の修理代が銅貨3枚と言われた。ほぼ俺の見立て通り、銀貨6枚の価値があるというので直すように頼むと、他の仕事があるので引き渡しは明日以降になるという。それから、行きつけの飲み屋のツケを払って家に戻った。


 たいして時間がかかったわけじゃないはずだが、家はすっかり様変わりをしていた。テーブルにはクロスがかけられて、どこから引っ張り出したのか分からない花瓶には花が活けてある。埃だらけだった戸棚もピカピカになっていた。台所からはいい匂いが漂ってきている。


 裏手に回ると井戸のところでたらいに水を張ってティアナがじゃぶじゃぶと洗い物をしていた。着たあとに部屋の隅に放り投げてあったチュニックやズボンが物干しで風にそよいでいる。俺の姿に気が付くとティアナが勢いよく立ち上がった。

「お帰りなさいませ。ご主人様」


 俺の様子を不安そうに見ていたがおずおずと切り出す。

「何か、ご不満なことでもありますか?」

「いや。びっくりしただけだ」

「良かった」


 安心して胸をなでおろしていたティアナははっと言う顔をした。

「そうだ。すいません。お腹すいてますよね。お帰りまでに食事の支度をしておこうと思ったのに」

 ぱたぱたと裏口から台所に入って行く。


「ご主人様。ありあわせの物ですが、食事の支度が出来ましたのでお席にどうぞ」

 ティアナはまめまめしく俺の世話を焼く。椅子を引いて俺を座らせると木のボウルに何かをよそって持ってきた。匙を添えて俺の前に置くと手を胸の前で組み合わせて俺の方を観察している。期待の視線に押されるように匙でボウルの中身を口に運んだ。


「うまい。どこからこんな食材を?」

「ここまでの旅で残った乾燥肉を庭の香草と、やっぱり庭に植えてあった根菜と一緒に煮たのですが、使ったらいけなかったでしょうか?」

 自分の家の庭には雑草しか生えていないと思っていた。

「いや。感心していただけだ」


 あの塩辛いだけでクソ固い乾燥肉がこんなに柔らかくなるとは思いもよらない。

「ティアナは料理が上手なんだな」

 真っ赤になったティアナはエプロンを持ち上げて顔を隠してしまう。あのエプロンはどこから引っ張り出したんだろう?


「そんなところに立ってないで、お前も席について食べないのか?」

 エプロンをちょっとだけ下げたティアナが目を丸くしていた。

「お前も腹が減っているだろう?」

「私がご主人さまと一緒の席につくなど、そんなことできません」

「俺がいいと言ってるんだ。ああ、ついでにお替りを頼む」


 楽しく食事を終えると、ティアナは謎のスースーする香りのする飲み物を入れて運んでくる。

「お肉料理の後に飲むと口の中がさっぱりします。どうぞ」

 確かに口に含むとちょっと臭みのあった肉の臭いを消して爽やかな気分にさせてくれた。


 旅の疲れが出てソファで俺がウトウトしている間にもティアナはこまこまと立ち働いている気配がする。遠慮がちな声で目を覚ました。

「ご主人様。ベッドの支度が出来ました。そちらでお休みになられては?」

 寝室に行ってみると洗いたてのシーツがセットされている。いつもなら気にしないが旅塵にまみれた体を横たえるにはもったいなかった。


「ああ。体をまだきれいにしていないからいいよ」

「では、湯あみなさいますか。すぐに支度をしますね」

 すぐに中庭に衝立で四方を囲った中に湯気をあげるたらいを準備して俺を呼ぶ。海綿で石鹸を泡立てたものも用意してあった。


 俺は衝立のなかに入ると鎧と衣服を脱ぎ捨てて体を洗った。ティアナを呼びつけて背中を流すように言いつけるか逡巡する。すると小さな声が聞こえた。

「失礼します。お背中お流ししますね」

 海綿が背中に優しく触れる。ティアナは背骨に沿った線を中心に熱心にこすり始めた。

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