第6話 カリーナの家

「じゃーん! ここがアタシの家、『バリスの何でも屋』よ!」


 街外れにある大木のすぐ近くに、その小さめの一軒家がぽつんとあった。屋根は傾斜の強い赤橙あかだいだい色で看板の類いは無い。さっきの道具屋とは違い、外からカウンターも見えない普通の一軒家だ。店にも見えない。


 ま、何でも屋なら、物を売ると言うより、請負人という感じだから、これでいいのだろう。こぢんまりとした、のどかで可愛らしい家だ。


「へえ、良さそうな家だね」


 小さい、という言葉を直前で飲み込み、適当に相づちを打つ僕。なにせ、今日からお世話になる予定なのだ。カリーナの機嫌は損ねたくない。追い出されたら本当に困る。


「なんか反応薄いわねえ。ま、いいわ。とにかく入って」


 鍵はかけていないようで、カリーナがそのままドアを開けて先に中に入った。玄関の内側は、靴を脱ぐ場所などはなく、そのまま板張りの床の部屋に通じている。

 ここは食卓なのか、食べかけのパンを載せた皿が、丸いテーブルの上に放置してあった。カリーナがそのパンを掴んで「食べる?」と差し出してきたが、さっき食べたばかりなので僕は遠慮しておく。そのパンは彼女がかじりつくとたった二口で豪快に飲み込んでしまった。


 ダイニングキッチンとして使われているであろうこの部屋は、奥にかまどと土間が有り、やはり薪を燃料としている時代のようだ。スカイウォーカーのようなハイテク機器が有る一方で、どうにもこれはアンバランスだろう。その点は理解に苦しむ。


「これは竈よ。これで火を付けて煮るんだから」


 僕の視線に気づいたカリーナが説明してくれた。まあ、普通の竈だ。アニメでしか見た事しか無いけど。


「ふーん」


「うわ、反応薄っ。旧世界の人はコレを見てみんな驚くんだけど。まあいいわ。鍋はこれでいいとして……あちゃー、そういえば薬草を切らしてたわ。先に取りに行かないと。付いてきて、マモル」


 瓶の袋だけそこに置き、きびすを返してカリーナが表に出る。


「またスカイウォーカーか……」


「なんなら、私の後を猛スピードで走ってきてくれてもいいのよ?」


「いや、それなら乗せてくれ。アレを走って追いかけるなんて罰ゲームとしか思えん」


「じゃ、今度はマモルが運転してみる? 楽しいわよ?」


 カリーナはそう言ったが、スカイウォーカーをあの悪者三人組のバッカーが乗りこなせず、もんどり打ってひっくり返ったのだ。僕はその様子を脳裏にありありと思い出したので、慌てて素早く手を振る。


「いやあ、無理無理。免許とかは?」


「免許?」


 きょとんとした顔をするカリーナ。


「運転免許証だけど」


「何それ」


 言葉が通じなかった。


「僕の時代だと、普通はこう言う乗り物は免許証という許可がいるんだよ。教習所……訓練をするところがあるんだ」


「へえ。そんなものなくたって、少し慣れれば乗れるわよ」


「やめとく。それより安全運転で頼むよ、カリーナ」


「はいはい」


 僕らはスカイウォーカーで街を出て、田園地帯を少し越えたところで森に入った。

 浅緑と萌黄もえぎ色の草がところ狭しと無秩序に生えまくり、地面を覆い尽くしている。ひねくれた木はブレイクダンスのくるくる回るヤツを決めたように、思いっきり気持ち良く枝を伸ばし、プチ大自然ワールドになっていた。


 スカイウォーカーを降りたカリーナが先を行くが、ボーボーの草をかき分けて進まねばならず、とにかく歩きにくい。侵入する者を明らかに拒否している感があった。

 

「この辺にたくさん生えてるから、摘むわよ」


 カリーナが振り向いて僕に言う。


「その前に、薬草ってどんなの? 僕は見た事ないんだけど」


「ええ? ほら、これよ」


 彼女がその辺の草の葉をちぎって見せてくれた。なるほど、ヨモギだな。手の甲に収まる大きさの葉で、葉の細かい部分の輪郭は、鳥の翼に形が似ている。カナダの国旗はあれはヨモギだったかヒイラギだったか、それともカエデだったか……よく覚えてないな。周りに同じ葉がたくさんある。


「分かった。この袋に入れればいいんだね。根っこも必要かな?」


 僕はカリーナに聞いた。


「いいえ、葉っぱだけで良いわ。その方が煮込むのに早いし、土が入っちゃうと苦くてまずいから」


 カリーナの話だと、煎じた薬草はどうやら飲むらしい。それで傷が回復するというのはちょっとうさんくさいが、民間療法かもしれないし、これもここでの生活に必要なお仕事だと思って割り切ることにする。


「ああー! アタシ、こういう単純作業、マジ卍無理!」


 ヨモギの葉っぱをちぎって袋に入れていたカリーナがすぐに音を上げた。早いな。まだ摘み始めて五分と経っていない。


「僕は割と得意かな。じゃあ、カリーナは休んでても良いよ」


「そうも行かないわよ。マモルだけにやらせるなんて」


「別に良いと思うけどなあ。……えっと、ご飯、食べさせてくれるよね?」


「当たり前でしょ? 食べなきゃ死んじゃうじゃない」


 カリーナが何言ってるのコイツというふうに顔をしかめた。


「そうだよね。あっ、それと、今日でなくてもいいんだけど、一週間以内に牛乳を飲まないと、僕は病気だからまずいことになっちゃうんだ」


「牛の乳ね? それなら、ジルさんの牧場で乳牛を何頭か飼ってるから、この後で寄ってもらっておきましょ。他に必要な物はある?」


「いいや、牛乳だけでいいよ」


「そう。ちなみに、マモルってそれを飲まないと死んじゃったりするの?」


「いや……すぐには死なないんじゃないかな。そういうまずさじゃなくて、その……」


 僕は口ごもってしまう。

 カリーナに僕が人を襲ってしまうかもしれない病気だと説明したら、追い出されるかもしれない。普通、そんな危険な奴を自分の家に入れたいなんて思わないし。

 泊めてもらうのだから、そこは知っておいてもらわないといけないだろう。

 だが、僕が何か言う前にカリーナがさっと手をかざして制止してきた。


「いい。マモルが言いたくないなら、別に無理に聞かないわよ。変な事聞いてごめんね。ちょっと無神経だったわ、アタシ」


「いや、そんなことはないよ。実を言うと、牛乳が切れると、吸血鬼病患者は人を襲い始めるんだ」


「ええ? ぷふっ、マモルぅ、アタシをからかってない?」


「本当の話なんだ。僕はレバーとかが苦手だから、すぐに襲ったりはしないはずだけど、吸血衝動で苦しんだり、理性が飛ぶこともある。それで相手を噛んで感染させてしまうと、その人も吸血鬼病になっちゃうんだ」


「それって、病気が広がったらちょっと面倒ね。治す方法は……無いんだよね?」


「うん」


「そうかあ……」


「ごめん」


「なんで謝るのよ。マモルだってそんな病気になりたくてなったわけじゃないでしょ?」


 カリーナの質問に僕は深くうなずいた。


「もちろん。道に倒れている人がいたから、助けようと思って近づいただけだ。その時は気付かなかったけど、ちょうどその人が吸血鬼病でね。噛まれちゃったんだ」


「じゃあ、どうしようもないわね」


「うん……」


 僕がもっと運動神経が良ければ、かわせたかもしれないし、もっと注意深く観察していれば、その人が吸血衝動に駆られていることが分かったのかもしれない。だが今更だ。後は、他の誰かを感染させないようにするだけ。


「ふう、だいぶ溜まったわね。これくらいでいいわ」


 薬草集めが終わった。一杯になった袋二つを担ぎ、今度は牧場へ向かう。

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