第2話 頼りになる何でも屋さん

 病院から一歩外に出ると、そこは緑の国だった――。


 余すところなく緑を敷き詰めた田園地帯が広がっている。

 

「ええ?」


 僕がコールドスリープに入った時にはこの辺りは都会の高層ビル群だったのだが、まあ、どこからか眠っている間に運ばれてしまったのだろう。文無しになった時点で電源だけ落とされたりしなくて助かった。


 しかしこれからどうしろと。


 自分の姿を見るが、持っているのは薄青色の手術服一着のみ。服はともかく裸足なのがきつい。

 途方に暮れながら後ろを見ると、ジョージが無言でこちらをにらんでいる。

 分かってるさ。この病院にはもう来ないよ。


 どこにも行く当てはないけれど、建物から離れようと砂利道を歩く。足の裏が痛い。

 どこに向かおうかと見回していると、見覚えのある山が遠くに見えた。その景色に思わず僕は立ち止まる。

 いただきを白く美しく雪化粧し、空にうっすらと溶け込む淡藤色の山。その雄大な姿は見間違えようもない。


 富士山だ――。


 なんだ、ここは前と同じ静岡だったのか。


「おかしいな、それなら、ビルが見えても良さそうだけど」


 僕は周りを確認するが、見えるのはやはり田園だけだ。高い建物は無いし、それどころか電柱や電線すらも無い事に気づいてしまった。

 

「これはアレだな、電線地中化を100パーセント達成したというよりは、電気そのものが無くなっちゃったという感じか、ハハ……ハハハ……」


 乾いた笑いが口から漏れ出る。

 いや、でもでも、電気が無いととても困るでしょう? あの医者が飛行機がこの世界にはもう無いと言っていたが、改めてこの時代のヤバさが分かってきた。病院の建物の横にうずたかく積まれていたまき、あれがこの世界の主要なエネルギー源に違いない。


 新世界にようこそ?


 僕はどうやらとんでもない時代に目覚めさせられたようだ――



「ねえ、そこの君!」


 横から溌剌はつらつとした声に呼びかけられてそちらを見ると、赤毛のポニーテールの女の子が空中を飛んでいた・・・・・

 彼女は地上五十センチくらいの高さに浮遊した白い円盤の上に立ち、その円盤から上に伸びたバイクのようなハンドルを握っていて、どうやらこの乗り物が噂のスカイウォーカーらしい。何だよ、ヒヤリとさせくれちゃった割にちゃんとSF世界じゃんよ、ヤダナニコレカッコイイ!

  

 僕がそのスカイウォーカーに気を取られていると、彼女は軽快に乗りこなしてキーッと空中ドリフトを決めると、僕のすぐ近くで停止させた。 


「君って、コールドスリープ患者でしょう? 違う?」


 昔の飛行機乗りのようなゴーグルを上げ、その赤毛の女の子が聞いてくる。こちらを真っ直ぐに見据えた大きな瞳が印象的な顔立ちで、勝ち気に笑った唇には自信が満ちあふれている。普通に美人だ。僕よりは一つ二つ年上かな。悪い人には見えないが、僕はこの世界が過去と大きく異なっていることで、少し警戒しつつうなずいた。


「ええ、そうですけど……」


「やった! 良かったじゃん、死なずに済んで」


「え?」


 あのジョージに殴られずにってことかな?


「コールドスリープ患者って、助かる確率は半々で、上手くいかない事も多いのよ」


 彼女が肩をすくめて怖い事情を教えてくれた。


「ええ? そうなんですか……」


 そんな一か八かの賭けなら、そっとしておいて欲しかったと思ってしまうが、電池切れが迫っていたならどのみち仕方ないのか。


「で、お腹も空いてるでしょ? どーせ、あのケチな先生は食べ物なんて出さないだろうし」


「そうですね」


 ちょうど僕のお腹もグウとタイミング良く肯定の返事をする。


「あはは、決まり! 乗りなよ、アタシが靴と飯を奢ってあげるからさ、未来へようこそ!」


 明るく笑ってウインクしてくる彼女に手を引かれ、僕はスカイウォーカーに足をかけた。

 未知の時代で女の子の腰に手を回したせいか、ちょっとした高揚感。


「じゃあ、おっこちないように、アタシにしっかり捕まっててよ!」


 スカイウォーカーは地面の砂を派手に吹き飛ばすと、あっという間に加速し、僕は振り落とされないようにするのがやっとだった。ああこれは重力制御とかそんな洗練されたモノじゃない。乱暴に吹き出す空気圧で強引に飛んでいるという代物だ。しかも、安全ベルトも何も無しときた。


「うわっ、ちょっと待って、怖っ! 落ちる落ちる落ちる!」


「アハハ、そんな怖がらなくたって大丈――ちょ、ちょっと、どこ触ってるのよ、変なところ触るなっ! 放して! このっ!」


「やめっ! 死ぬ、マジ止めて! ひー!」


 振り落とされないように必死に彼女にしがみついた僕は、正直なところ、彼女の体のどこを握っていたのか全然覚えていない。




 当然、彼女を怒らせてしまった。


「もう、最悪。絶っ対に!わざと触ったわよね?」


「いやいや、本当に、落とされないようにってこっちも必死で……」


 木造の建物が居並ぶ街の往来のド真ん中で、僕は彼女に痴漢疑惑を釈明する。道行く通行人がチラチラとこちらを見て通り過ぎていくが、なんだか中世のヨーロッパみたいな格好の人が多い。ともかく、せっかく食事を奢ってくれそうな人まで機嫌を損ねてしまって、居たたまれない。


「次、変なところを触ったら、本気で崖から蹴落とすから、覚えておいて」


「いえ、もー歩きで良いです」


 二度と乗りたくない。二本足サイコー。


「カリーナ、何か揉め事かい?」


 白いエプロン姿のふくよかな中年女性が話しかけてきた。ふむ、この赤毛の女の子の名前は知らなかったが、カリーナと言うのか。

 名を呼ばれたカリーナのほうはすぐに笑ってみせた。


「ああ、別に何でも無いわ。コイツがスカイウォーカーの乗り方も知らないようなド素人だったってだけ」


 鼻で笑われつつ親指を向けられた。


「ハッ、そりゃその子も気の毒にねぇ。アンタの危なっかしい運転なんてアタシだって乗りたかないよ」


「ええ? 女将さん、アタシ、事故ったことなんて一度も無いんだけど?」


「そういう問題じゃないよ。それより昼飯はうちで食べていくかい?」


「うん! そのつもり。彼も……ええと、君、名前は?」


「八島です。八島マモル」


「マモルも食べるから、定食二人分、大盛りでね! 女将さん」


「あいよ。今日はドルドル鳥の肉が安く手に入ったから、照り焼きチキンだよ」


「わあ、やった! ドルドル鳥だって!」


 カリーナが興奮したように僕に言うが、その鳥がどういうものか僕は全く知らないので反応しようがない。


「じゃ、テーブルに座って待ってな。すぐ作るよ」


「はーい」


 その店は軒先でハーブでも育てているのか、いくつか並べた植木鉢に支柱を差して蔓を巻かせていた。

 出てきたドルドル料理は湯気が立ち、香ばしい焼き鳥の匂いが鼻腔をくすぐってくる。肉にたっぷりとかけられた透き通ったカラメル色のソースも実に美味しそうだった。山盛りの焼きめしもセットのようで、確かにこれは正真正銘の大盛りだ。


「じゃ、食べましょ。頂きます!」


「頂きます!」


 両手を合わせる風習が変わっていないのは少しほっとさせられる。


「ハフハフ、んー、美味しい~! さっすが女将さん」


「うん、思ったよりイケる!」


 僕と彼女は夢中になってドルドルセットを貪った。

 綺麗に皿を空にして、膨らんだお腹をさするこの満足感。ああ、生きてるって素晴らしい!


「マモルはこれからどうするか、当てはある?」


 カリーナが聞いてきたが、僕に当てなどあろうはずもない。


「いや、それがまったく」


「じゃあ、アタシの仕事、手伝わない? バリスの街のカリーナと言えば、ちょっとは名の通った『何でも屋』よ?」


「『何でも屋』……具体的には何をやってるんですか?」


「別にタメ口で良いわよ。アタシ、貴族様にでも見える?」


「いや……」


 それは見えないけども。


「具体的にはね、配達を頼まれたり、薬草や香草を仕入れてきたり、使えそうなモノを遺跡から集めてきたり、色々ね。ああでも、殺しとかは請け負わないよ?」


 善良な雑貨屋と配達係を兼ねたような仕事か。それをやって彼女は生計を立てているようだ。割とヒマそうに見えるが、それで稼げるならきっと良い仕事ぶりで評判も良いのだろう。

 そんな仕事もいいかなと思いつつ話していると、野太い声が僕らの後ろから投げかけられた。


「おう、カリーナじゃねえか」

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