植物使いの四天王、魔王軍を抜けてママになる

名無しの夜

第1話 さよなら魔王軍

「軍を抜けると言うのですか?」


 波一つない湖面のような蒼い瞳に走る感情の細波を見て、フラウダはやはり黙って行くべきだったかと後悔した。


「落ち着くんだスイナハ。四天王の中でも特に親しい君には別れを告げるべきだと思ったからわざわざ来たんだよ? ここは笑顔で僕を送りだしてくれないかな、ねっ?」


 ニコリ、と男とも女とも付かない中性的な顔に花のような笑みが浮かぶ。普段であれば見る者の心を和ませる笑顔それはしかし、死罪に値する軍規違反を口にした後では何の効果もなかった。


「自分が何を言っているのか分かっているのですか? 人間との戦争が激化する今の情勢下で四天王ともあろう者が軍を辞められるわけがないでしょう」

「だから辞めるんじゃなくて抜けるじゃないか」

「それは罪です。それも極刑に値する。それを私の前で宣言する意味、分かっていますよね?」

「いや僕は単に友達に別れを告げに来ただけだから。だからそんな怖い顔しないでくれると嬉しいな」


 悪びれる様子のない友人を前に、スイナハの腰にまで伸びた青い髪が視覚化される程の強い魔力を帯びてふわりと浮いた。


『大海の支配者』


 それが皇帝軍と並んで中央大陸を二分する魔王軍が誇る最高戦力してんのうが一人、スイナハの異名。


「友達として……ですか。なら私も友人として忠告しましょう。馬鹿な事は止めて、今まで通り私と、……私達と一緒に戦いましょう。魔王軍には貴方の力が必要なのです」

「そうは言うけどさぁ、いつまで戦えばいいんだい? 戦って戦って戦って、いい加減うんざりしてこない? 僕はしたよ。確かに魔族と人間の中は最悪だけど、でもだからって大陸にいる人間全部を殺そうなんて非現実的すぎるよ。この戦争はね、スイナハ。狂っているんだ」

「魔王様が西の村の人間を皆殺しにされたことを怒っているのですか?」


 その言葉に四天王の殺気を前にしてもずっと笑みを浮かべていたフラウダの顔に初めて鋭い感情ものが走った。


「違う、とは言えないかな。あそこの村の人間達は僕の友人だって魔王にはちゃんと伝えておいたからね」


 フラウダの血のように赤い瞳がうっすらと輝き、生命の瑞々しさに満たされた緑の髪がざわつく。


 自分と同格の存在が放つ怒りを前に、大海を支配する女が身構える。


「あれは魔王様にとっても苦渋の選択だったのです。貴方だって現在の魔王国の状況はわかっているでしょう。四天王が人間を友達と言う事は許されないのです」

「わかってるよ。だから魔王をぶっ飛ばさずに軍を抜けるんじゃないか」

「ですからそれは罪だと言っているんです」

「それでも僕は行くよ」

「軍を抜けて何をしようというのですか」

「それは……まだ考えてないけど、とりあえず適当にブラブラしようかな。あっ、そうだ。良かったらスイナハも来ない?」

「ふざけてるんですか?」


 スイナハの周りに幾つもの水の球が浮かび、やがてそれは宙を泳ぐ牙持つ魚の姿へと変わった。


「最後の警告です。そして心からのお願いです。先程の話はいつものつまらない冗談だと言ってください」

「ごめんよ、スイナハ。僕はもう、殺し合いにはうんざりなんだよ」

「…………残念です。本当に」


 蒼髪蒼眼の美しきびぼうに一筋の涙が伝う。それを合図に宙を泳いでいた魚達が血の匂いをかぎ取った捕食者の如く、その獰猛なる牙でーー


「いや、話聞いてた? 殺し合いはもううんざりだって言ったでしょう」


 大地から槍のように突き出した植物が、その鋭い切っ先をもって宙を泳ぐ魚達を串刺しにした。そしてそれと同時に無数の蔓がスイナハの真水のように透き通った肢体はだを縛り上げる。


「きゃああ!? ちょっ? な、なにするんですか!? こんな、あっ!? ふ、ふざけないでください! 怒りますよ」

「いやいや。殺気混じりの技を放とうとした魔族の台詞じゃないからね、それ」

「だったら貴方も殺す気で戦えばいいでしょう。こんな、ひゃっ!? は、辱めを受ける謂れはありません」


 蔓はスカートの中に入り込んで白い腿へと巻きつく。太くて長いそれは女の脚だけではなくスイナハの至る所に絡み付ついては穢れを知らぬ乙女の柔肌からだを締め付けた。


「くっ、あっ!? そ、そんな……とこ、ろ……ハァハァ……や、やめて」


 凛とした美貌から熱い吐息が溢れるのを見て、フラウダの眉が不満そうに寄った。


「ちょっと、スイナハこそ人が真面目にやってる時に変なリアクションするのは止めてよね」

「あ、貴方は……くっ!? ひ、人じゃないでしょ」

「いや、揚げ足取らなくていいからね。僕が言いたいのは僕が嫌らしいことしてるみたいなリアクションは止めてってこと」

「わ、私の姿を、きゃっ!? ハァハァ……よ、よく見てください。十分、んっ!? い、嫌らしいでしょ」

「え? う~ん……」


 戦いに発展しないよう捕縛に全神経を集中していたフラウダはそこで改めて友人の姿を観察してみた。


 スイナハが愛用している蒼を基調に作られたドレスに絡みつく無数の蔓。多くの魔族を虜にしながらも高嶺の花として君臨する美貌を蹂躙するそれは、女の四肢を卑猥に開かせ、上下から挟むことでただでさえ豊かな胸の膨らみを一層強調させていた。


「……なるほど、エッチだね」

「わ、わかったなら早く解きな……きゃ!? ダ、ダメ! そ、それ以上入ってこないで! フラウダ!? フラウダ!!」

「そんな声を出さなくても……忘れたの? 僕は両性花。男でも女でもなく、またどちらでもあるんだよ」


 中性的だったフラウダの身体が僅かに丸みを帯び、白いブラウスの胸元が心なし大きくなる。そして黒いパンツのお尻まわりが僅かに強調された。


「女同士なら恥ずかしくないでしょ?」

「そういう問題じゃ、くっ!? あ、ありません。もう、な、なんですかこの蔓? 何でさっきから変な所ばかり入ろうとするんですか!?」


 四肢に絡みつく蔓の拘束に抗ってヒシリと股を閉じるスイナハ。触手つるは乙女のスカートの中で蠢きつつも、艶のあるぷっくらとした唇に割って入ろうと何度も強引なキスをした。


「ん、く、んんっ!?」


 唇を引き締めて蔓の侵入を拒む友人を前に、フラウダは花のような笑みを浮かべた。


「ああ、安心して。何故か穴があると入り込むんだけど、入っても奥に行くことはなくて直ぐに出てくるから安全だよ」

「それの何処に安心できる要素がありますか!? もう、いい加減に……」


 再びスイナハの周りに水が集う。


「しなさい!」


 そうして高速で放たれる水の弾丸。鋼ですら貫通するそれはしかし、宙に根を張った植物によって簡単に止められた。


「幻想植物『クウカングイ』。……無駄だよスイナハ。君の操る水は植物ぼくにとって命そのもの。糧にこそなっても脅威にはならない」

「流石です。でも、むぐっ!?」


 一瞬の隙をついてスイナハの口に侵入することに成功した蔓は、女の口内なかで尖端の一部を無数の紐状へと変化して、唾液に塗れたベロへと絡みついた。


「んぐっ!? う、うぐっ!? う、んっ、ぐ、ぐぐっ!?」


 大きく見開かれた蒼い瞳から大粒の涙が溢れる。


「うわっ、なんか更にエッチな感じに」

「んぐぐっ!! ん、ん、んんっ!!」

「あまり暴れない方がいいよ。じゃないと……」


 スイナハが暴れれば暴れる程に蔓は拘束をキツくしていく。同時にスカートに潜り込んでいた蔓がーー


「んぐっ!? ん、んんっ~~……って、許すわけないでしょ!!」


 宙に現れた幾つもの水球が鎌のような鋭さでスイナハの全身に巻き付いていた蔓を切断した。


 ヌルリ、と唾液に塗れた蔓が女の口内から出て来て地面に落ちる。


「ハァハァ……ケホ、ケホ。よ、よくもこの私にこんな」

「えーと、その……な、なんかもう今更落ち着いて話できる雰囲気でもないし、僕は行くことにするね」

「行かせると思っているんですか?」


 ドレスのスカートがフワリと浮いたかと思えば、スイナハの周囲に浮かんでいた水が一匹の巨大なサメとなった。


「いや、そこはほら、僕と君の仲じゃないか」

「なら私がどういう魔族なのか分かりますね」

「はぁ、やっぱり来たのは失敗だったかな」


 フラウダの周りで植物が大気、大地問わずに根を張り小さな森を形成する。


「残念です。心から」

「僕もだよ」


 そうしてぶつかり合う一魔で万の軍勢に匹敵すると言わしめる魔王軍の最高戦力。歴史に残ることのないこの戦いを境に『大地の支配者』と謳われた四天王は歴史の表舞台から姿を消した。

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