第10話 若者エキス
近所のコインランドリーに洗濯物を放り込んで、ホームセンターで材料を購入し、ホームセンターの近くにあったファミレスで食事をとることになった。
全国チェーンのお店で、私はよく利用しているけれど、はじめくんは「小さいころに来た以来です」と無邪気に喜んでいる。
私が高校生のときはよく友人と来ていたけど、今どきの子どもは違うのだろうか。
親友の麻里と2人で、ポテトとドリンクバーだけで何時間も居座っていたものだ。
「いっぱいメニューがありますね!」
「エスカルゴのアヒージョがおススメよ。パンをつけて食べると絶品ね」
「そんなおしゃれなものがあるんですか!?」
メニューをめくって、感心している。
なんだか和む。
安くて美味しいから、昔からずっと好きなファミレスではあるけれど、定番のお店として好きなのであって、そこに新鮮味はない。
でもはじめくんの反応を見ていると、新鮮な気持ちになれる。
まるで私の心が若返ったかのようだ。
若者のエキスを吸うおばさんとは、こういうことなのだろうか。
◆
メインの食事を食べ終わり、はじめくんがデザートメニューを吟味していた。
期間限定のりんごをワインでコンポートしたものと、定番のイタリア風のプリンで迷っているようだ。
両方頼んでいいと言ったけれど、遠慮して1つを選ぼうとしている。しばらく悩んでいたけれど、結局プリンにしたようだ。
すぐにデザートが届いた。
私は甘いものは嫌いではないけど、凄く好きという訳でもない。自分の分として頼んだ、りんごのデザートを一口だけ食べて、後ははじめくんにあげた。
「桜子さんってとっても優しくて素敵な人ですね」
うーん。
はじめくんってちょろすぎてお姉さんは心配だ。
悪い女に騙されたりしないだろうか。
世話焼きなところを利用されて、小間使い扱いされたりしそうだ。
ん? それって私のことでは……?
◆
デザートも食べ終わり、コーヒーを飲みながら私は切り出した。
「ねぇ、少しお話をしない?」
「分かりました」
真面目な話になることが分かったのだろう。
はじめくんもいつになく真剣な顔をしている。
「答えにくいことかもしれないけど、聞かせてほしいの」
「大丈夫ですよ」
「ありがとう。はじめくんはどうして一人暮らしなの? ご両親は?」
「何年も前に事故で2人とも死にました」
「そう……辛いことを聞いてごめんね」
はじめくんは特に気にした様子もなく、コーヒーを飲んで答えた。
「祖母が僕を引き取ってくれたので辛くなかったですよ。この前、病気で亡くなってしまいましたけど。それ以来、一人で生活してます」
明るく笑顔で話しているけれど、きっと大変な思いをしてきたのだろう。
「その……お金は大丈夫なの? 私、それなりに稼ぎがあるから、ママの報酬払うよ?」
「家賃収入があるので」
「へ?」
「祖母から譲り受けました。あのマンションも僕がオーナーですよ」
「私が住んでるマンションのこと?」
「そうです」
きっと私よりお金を持っているだろう。
羨ましい……と言ったら罰が当たってしまう。
でも、これで報酬を一切受け取ろうとしないのも合点がいった。
「弁護士さんと管理会社に任せっきりなんですけどね。桜子さんこそ、一緒に暮らしてくれる恋人とかいないんですか?」
「いや、あはは。あんな部屋に住んでる女が、恋人なんてできると思う?」
「思いますよ。だって桜子さん、とっても綺麗でカッコいいです。でも意外とギャップもあって可愛くて、素敵な女性ですから」
なにこの子。恐ろしいわね。
顔が赤くなっているのが自分でもわかって、両手で顔を扇いだ。
◆
2人で外食をして、少し距離が縮まった気がする。
有意義な時間を過ごして、私たちは家に戻り、再び掃除が始まった。
マンションの大家に、借主の私が掃除をさせるってどうなんだろうかと思わなくもないけれど、私ははじめくんにすべて任せるのであった。
というのも、私がこりもせず掃除を手伝おうとしたときにはじめくんに言われたのだ。
「勉強していてください」
「でも……」
「桜子さんが勉強している姿、カッコよくて好きです。仕事のために一生懸命になってる桜子さんを見ていると、僕も頑張ろうって思えるんです」
そんなこと言われたら、勉強しないという選択肢は存在しない。
しばらく勉強していると、はじめくんが私に手伝ってほしいと言ってきた。
いるものといらないものを判断する段階になったとのこと。
「それはまだ使うやつだから置いといて」
「いつ使いますか?」
「えっ……分かんないけど、まだ使うかもしれないし。いらなくなったら後で捨てればいいし」
「後で後でって言ってたら、汚い部屋のままですよ!」
はじめくんがプンプンと怒っている。
全然怖く見えないけど、本人はいたって真剣だ。
彼の言っている内容は私にも理解できる。
職場では、後輩に優先順位をつけるように指導している身だ。
先送りにしても何も解決していない。それだけに、彼の言葉は耳が痛い。
「捨てますね」
「えぇ……でも、勿体ないよ?」
「捨てますね!」
はじめくんは普段は穏やかで可愛らしいけれど、意外と強引な一面も持っている。
強引モードのはじめくんに押し切られるまま、ほとんどの荷物を処分することになった。
「お昼の反省は繰り返す訳にはいきません。そろそろ晩ごはんの準備をしますね。桜子さんは休憩しててください」
「うん」
私も料理を手伝いたい気持ちがあったけれど、また断られることが目に見えているのでおとなしく従う。
家事に関しては、はじめくんに逆らっても無駄だと分かってきた。
「リクエストがあったハンバーグですよ」
「ハンバーグ!」
ハンバーグは私の大好物だ。
よく店で食べたり、冷凍食品や惣菜で食べたりしているけど、まさか手作りハンバーグを家で食べられるなんて。
なんて贅沢なのだろうか。
はじめくんが台所で料理をしている。
野菜を切っているのか、とんとんという音が聞こえてくる。
その音を聞いているとなんだか不思議な気分になった。
「はじめくん」
「なんですか?」
「私は今、一人じゃないんだね」
「そうですね。僕も今、一人じゃないです」
ふふ。
つい顔がにやけてしまう。
はじめくんは背中を向けているから、ゆるんだ顔を隠す必要もなく、彼が料理している間、その姿を眺めながらずっとニヤニヤしていた。
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