第五章その2

 翔は予定より早く見舞いを切り上げて病院を出ると、携帯電話の時計を見る。まだ太一は情報収集、いやもう早めに帰ってるのかもしれないと思いながら電話をかけた。

『もしもし?』

「太一、僕だけど暗号の――あの数列の意味が分かった 八×二と一×二はそれぞれ六〇四に八と一を二つずつ加えろという意味だったんだ。そうすると数字は七桁になる!」

『七桁の数字……そうか! 郵便番号か!』

「ああ、僕も今から家に帰って該当する郵便番号を探してみるよ!」

『わかった、実はこっちも謎が解けたよ。ゴールドスタインとビッグ・ブラザー……あれはアルファベットを数字に置き換えて数字を取り除く奴だった』

「わかった! こっちでも解読してみる!」

 電話を切ると翔はすぐに帰り、暗号表を解読すると該当する郵便番号は思った通り洋彦兄さんの家の住所だった。そして次の暗号を解読する、太一が言うにはアルファベット順の数字に置き換えて取り除くとこういうことだ。


 BIGBROTHER(2,9,7,2,18,15,20,8,5,18)-0,1,2,8=9755


 GOLDSTEIN(7,11,9,4,19,20,5,8,14)-0,1,4,9=7258


 ということになった。


 翌日、すぐに翔は昼休みにこのことをみんなに話すと、彩は素朴な疑問を口にする。

「住所はわかったけど……この四桁の数字は何かしら?」

「きっとその場所に行けばわかると思うわ、それでそのお兄さんの家ってどこ?」

「熊本市の外れの方にある。既に連絡したんだけど日曜日は二人とも用事で、土曜日なら大丈夫だって」

 舞が訊くと翔は簡単に答える、太一は舞と一瞬だけ目を合わせて言った。

「それじゃあ今度の土曜、その洋彦お兄さんの家に行ってみよう! ――と言いたいところだが……土曜日法事に行かないといけない」

「私も今度の土曜日……ベルンハルトを動物病院に連れて行かないといけないの……あの子、私がそばにいてあげないと注射を嫌がって暴れるから」

 舞も腕を組んで残念そうに言うと、翔は呟く。

「ということは土曜日は僕と神代さんしか行けないわけか」

 そこで翔は気付いて戦慄した。ちょっと待て神代さん、これって……二人っきりってことじゃないか!? 全身から冷や汗が滲み出るが彩はすんなり受け入れた。

「じゃあ今度の土曜日は真島君とあたしで、その洋彦さんのおうちに行ってくるわね」

 彩はデートだと気付いてるのか気付いてないのかわからない、舞はジロりと翔を見つめて「何かしたら許さないわよ」と眼差しで言っていた。


 六月一四日土曜日午後二時、交通センター地下街通称:センタープラザ


 その日は生憎の雨だが時期が時期だから仕方ない。昼食後、待ち合わせ場所は交通センター地下街にある観音の泉だ。センタープラザの歌が流れる中、翔は予定時刻の一〇分前に到着すると彩の私服姿に、思わず頬を赤らめながら歩み寄る。

「ごめん……待たせてしまった?」

「ううん、今来たところよ」

 彩はカンカン帽を被り、白い半袖フリルのブラウスに青のロングスカート、薄緑のミュールで、カンカン帽を除けば服装の組み合わせがなんとなく「ローマの休日」に出てくるオードリー・ヘップバーンみたいだった。

「そ、それじゃあ、行こうか一四番乗り場のバスだ」

「うん、先生たちに見つからないといいわね」

「ああ、バスの中で見つかったらその時点でゲームオーバーだ」

「なんだかドキドキするね」

 彩はそう言うが翔は違う意味でドキドキしてる。参ったなこれじゃまるでデートだと思いながら地上に通じる階段を上る、バス乗り場は雨が降っており濡れた床は不安定なミュールでは滑りそうだ。

「神代さん、床が滑るから気をつけ――」

「ふぅあっ!」

「ちょっ――危なっ!」

 言ってるそばから転ぶ奴があるか! 翔はすぐに彩の両脇に手を入れて支えると彩の体重が翔にかかって後ろに倒れそうになるが、右足を後ろに引いて踏みとどまる。

 いい匂いがする、それに柔らかくて仄かに温かい。

「……大丈夫か?」

「うん……ごめんね」

 彩もさすがに頬を赤らめて恥ずかしそうに体勢を立て直すと、彩は訂正してニッコリ笑顔で言う。

「じゃなかったわ――ありがとう、真島君」

「ど、どういたしまして」

 時間差攻撃かよ! こいつ天然を装った魔性の女か! 翔はドキマギしながら肯くと、もうすぐバスが来る時間だった。

 一四番乗り場の戸島行きのバスに乗る、もし先生や子飼いの大人たちが来てもすぐに察知でき、尚且つ外から乗ってるのに気づかれないようにするため進行方向から見て右側の席後方に座る。

 幸い、今日は強い雨だったため道路越しに見つかることはないだろう。終点まで乗るから凡そ一時間だ、翔はバス酔いする方だから外の景色を眺めようと思った時、彩は愛用のショルダーバッグから文庫本を取り出した。

 見慣れない本でイラストレーターが描いた美少女キャラクターの表紙で試しに訊いてみた。

「それ……なんだい?」

「あっこれ? 萌葱ちゃんが教えてくれたのライトノベルっていう……小説と漫画の間に位置する小説なの……それでこの『涼宮ハルヒの憂鬱』っていう、この前発売されたばかりの破天荒な女の子のお話しなんだけど、凄く面白いの」

「へぇ……破天荒な女の子ねぇ」

 きっと彩とは正反対な性格なんだろうなと思ってると、彩は饒舌に話す。

「その涼宮ハルヒって子はね、入学初日に突拍子もないことを言ってSOS団っていう部活というか、秘密結社みたいなのを立ち上げるの、でもその涼宮ハルヒには気まぐれ一つで世界を変えてしまう秘密の持ち主で、SOS団も主人公の男の子を除いて宇宙人、未来人や超能力者が集まってくるの――(中略)――萌葱ちゃんから借りたけどもう三回くらい読んじゃった」

 話し終えると翔は戦慄した、彩はネタバレを避けつつ面白さをふんだんに伝えてる。

「わかった……今度買って読んでみるよ」

「感想楽しみにしてるわ!」

 彩は嬉しそうに肯く、翔は彩を天然を装った魔性の女か? あるいは魔性の女に見える天然か? いや待て天然腹黒の可能性もある。果たしてどうだろうか? そうこうしてるうちにバスは洋彦兄さんの家の近くにある停留所に到着し、そこで降りた。


 少し歩いて洋彦兄さんの家に到着してインターホンを押すと、佐竹のおばさんがドアを開けて出迎えてくれた。

「いらっしゃい翔君、あらまあお友達?」

「こんにちわ初めまして、クラスメイトの神代彩です」

 彩は礼儀正しくどこかのお嬢さんかと思う程上品に一礼すると、おばさんはニヤけながら翔を見つめる。

「あらあら可愛いお友達ね、どうぞ上がって」

 おばさんに招かれて家に上がると和室に招かれ、お茶とお菓子を出される。すると佐竹のおじさんが和室に入ってきた。

「やぁよく来たね、お嬢さん初めまして」

「神代彩です。今日はよろしくお願いします」

 彩は一礼して挨拶すると、おじさんも座って翔を見る。

「さて翔君、洋彦の残した暗号が解けたんだって?」

 翔は肯いて鞄から洋彦兄さんの残した暗号を見せる。

「はい、この最初の六〇四の数字と八×二、一×二はそれぞれ六〇四に八と一を二つずつ加えるという意味で。数字は七桁、つまりここの郵便番号になります!」

「なるほど、それじゃあこのビッグ・ブラザーとゴールドスタインというのは?」

「ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する人物でこれはアルファベット順の数字に変えて決まった数字を取り除くと、それぞれ四桁の数字になります……意味はまだわかりませんがこの数字になります」

 翔は暗号の答えを書いたメモを見せる。


 BIGBROTHER(2,9,7,2,18,15,20,8,5,18)-0,1,2,8=9755


 GOLDSTEIN(7,11,9,4,19,20,5,8,14)-0,1,4,9=7258


 おじさんは難しい顔で腕を組んで頭を悩ませているようだ。

「うーんこれだけじゃわからないな」

「あの、洋彦さんのお部屋、探してみてもいいですか?」

 彩は物怖じする様子もなく身を乗り出して言うと、おじさんは少し仰け反りながらも肯いてくれた。

「ああ、いいよ」

 それなら話しが早いと翔はお茶を一気飲みして彩とアイコンタクトすると、彩も精悍な眼差しで微笑んでくれた。

 洋彦兄さんの部屋は二階にある部屋でおじさんたちが片づけたのか整理されていて、机にはパソコンとベッド、本棚には初代|プレイステーション(PS)や後継機のPS2、NGCのソフトや漫画、小説でいっぱいだった。

 机の引き出しとベッドの下、クローゼットを開ける等をして調べたがそれらしい物は見つからなかった、予想はしていたがどこに隠したんだろう? 翔は衣服が吊り下げられてるクローゼットの中を見ながら呟く。

「簡単に見つかるわけがないか」

「ねぇ真島君……これ……どうしよう?」

「えっ?」

 困惑したような口調の彩、翔は振り向いて見ると思わずギョッとして頬を赤らめた。彩は恥ずかしそうに両手でエッチな本を三冊持ってそれで顔を隠していた。

「……元の場所に戻して見なかったことにしてやれ、洋彦兄さんも男だったんだ」

「うん」

 彩はそっと元の場所に戻す、それが翔にできることだった。

 気を取り直して翔はクローゼットの中にある衣類を全部取り出し、カラーボックスを引きずり出すとそれらしい物が見つかった! アルミ製のアタッシュケースだった。

「もしかしてこれかな? ほら、四桁の数字を回して開けるみたい」

 彩の言う通り鍵は数字を回して開けるタイプで、まるでバイオハザードのアイテムだと思いながらアタッシュケースをベッドに置くと、翔は出したカラーボックスや衣類をクローゼットの中に戻しながら彩に頼む。

「神代さん、おじさんとおばさんを呼んできてくれる?」

「うん、わかったわ」

 彩がすぐに部屋を出て一階にいるおじさんとおばさんを呼びに行く間、翔はダイヤルを回した。試しに「7258」と回しても反応せず「9755」と回し、鍵が開くと彩が戻ってきた。

「呼んできたわ!」

「ありがとう。おじさん! おばさん! ありましたよ!」

 翔は礼を言うと間を置かずにおじさんとおばさんが入ってきた。

「見つかったのかい翔君?」

「はいおじさん、まだ中身は開けてません」

 翔は肯くとおばさんもケースを複雑な表情で見つめる。

「あの子……何を残したのかしら?」

 おばさんの言う通りだ、二年前バンコクでタイ・ミャンマー国境のモエイ川に行くと連絡したのを最後に消息を絶った。そして暗号と残して隠してる物を見つけたら譲るというメッセージを残した、それが今明らかになる。

「開けます」

 翔はゆっくりケースを開けると、中にはかなり大きな封筒とどこかの鍵がが入っていて、お宝というのは何か重要な書類なのかもしれないと確信しながら取り出した。

「これは……登記済証か」

 おじさんが目を凝らしながら言うと、どうやらこれは所謂権利証という奴らしい。翔はそれを渡して見せるとおばさんも横から覗き込んでおじさんは言う。

「母さん、すぐに出かけよう。心当たりがある」

「ええ、でもどこかしら?」

「熊本市内、呉服町にあるマンションだ。洋彦に海外出張する時に頼まれてたんだ!」

「あそこね! すぐに用意するわ」

 おばさんもすぐに支度すると、すぐにおじさんの運転する車に乗って呉服町のマンションへと向かった。

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