第六章その1
第六章、ここから始まることが世界を変える
翌日、米島涼は憔悴して瞳から光が消えそうな顔で登校、その足で睦美を訪ねると彼女も重く深刻な表情を見せていた。
「葵……昨日今まで見たことないほど怯えてたわ。スマホを見ると悪意に満ちた通知で溢れて触るのも怖くて電源切って過ごしてるって」
「だからLINE送っても返事どころか既読がつかないわけか」
涼は思わず納得して溜息を吐く。
小学生の頃、修学旅行で長崎原爆資料館に行った時、ガイドの人が「身近にある便利な物も使い方を間違えれば恐ろしい凶器になってしまう」と言っていたのを思い出した。
どうすればいいんだ? 兄さん。涼はポケットからロケットペンダントを取り出して開け、兄の写真を見つめながら一日が過ぎていく。
放課後になるとエーデルワイス団の活動拠点である図書準備室には行かず、下通を魂の抜けた亡者のように葵とデートした場所を周り、帰る時は葵の自宅マンションで少しの間見上げてそして自転車通り過ぎる。
そんな状態が何日か経って正式発表前日の木曜日、大地が心配した様子で声をかける。
「涼、署名も集まったから今日、森下先輩が生徒会長を通じて校長先生に提出する」
「そう、上手く行くといいね。ごめん、今日も先に帰るよ」
「……わかった、帰り気をつけろよ」
大地の言葉に涼は頷いて立つと鞄を取り、教室を出ようとすると菊本が気に食わない表情で心ない言葉を投げかける。
「米島は今日も草原の家でイチャイチャする気かい? いいご身分だね!」
涼は無視して教室を出ると、代わりに大地が睨み飛ばして不良の口調になる。
「お前……俺の友達をこれ以上傷付けたら報いを受けるぞ!」
「おお怖い怖い、このこと学校の外に暴露しようかな? そうすれば署名運動もパーだ!」
「お前……覚悟しておけよ!」
菊本は素直に引き下がると、大地は捨て台詞を吐いて図書準備室の方に向かう。
こいつらの相手をしても無駄だ。涼は今こうしてる間もSNSで晒され、毎日行動を監視されてる、
いつものように自分がSNSで監視されてるのを認識しつつ、SNSのことは知らないまま寒くなった放課後の街を自転車を押して歩くと、葵に告白したサクラマチクマモトの駐輪場に自転車を置いた。
涼はあの日のデートをトレースするかのように地下街で温かいタピオカドリンクを買い、エスカレーターで屋上庭園に上がって葵と座ったベンチに座る。ついこの前、彼女が隣で笑って座って無邪気に写真を撮ってたのがあまりにも遠い。
無人探査機のボイジャーが太陽系を離れて行くように、あの日はもう戻って来ないまま果てしなく遠くなって行く、葵の家に行けば危険に晒される可能性も高いし自分の行動はSNSで監視されてる。
今こうしてる間にも誰かが悪意を持って涼を見つめ、晒してる。
涼はスマホのアルバムを開いて、葵の写真を何枚かスライドさせてみると少ないことに気付いて後悔する。
「もっと沢山、撮っておけばよかったな」
涼はスマホをズボンのポケットに仕舞うと上着のポケットからロケットペンダントを取り出して開け、もういない兄に助けを求める。
「兄さん……力を貸してくれ、葵を助けてくれ、僕はどうすればいいんだ?」
買ったタピオカドリンクも殆ど口に付けないまま時間と共に冷めていく。
更にどれくらい経ったかわからないほど時間が経過すると、隣に誰かがゆっくりくつろぐように座る、大地だった。
「お前、思い悩む時になるといつもそれを見つめるな……兄貴の写真か?」
「うん、兄さんはいつも僕を導いてくれた。勇気を持って踏み出せば何だってできるってね」
「そういう意味ではある意味俺も涼の兄貴に救われたな。覚えてるか? 俺とお前、初めて出会った時のこと」
「うん覚えてるよ、学校終わってすぐ修也の家に遊びに行こうとしたら公園で君が一人寂しく座ってるのを見かけてね……一目で助けなきゃって思ったの」
涼は今では遠い小学生の頃を思い出す。
一人誰もいない公園で啜り泣いてた大地に救いの手を伸べ、近所のコンビニで少ないお小遣を全部使い果たし、ジュースと菓子パンを買ってお腹いっぱい食べさせたことを。
「ありがとな、あの時俺に声をかけてくれて……美味しかった。俺を救ったのは紛れもなくお前だ……そして今度も、お前は草原を救えると信じてる」
大地は毅然とした眼差しで涼を見つめてる、涼を心の底から信頼してる証だ。目を逸らしてはいけない気がして声が震える。
「できるかな? 僕に……」
「一人ではどんなに頑張っても無理な時や不安な時もある。だからこそ『俺達』を頼っていい」
大地はベンチから立ち上がって、屋上庭園全体に強く声を響かせる。
「そうですよね? 森下先輩!」
「その通り、私たちはエーデルワイス団――」
いつからいたのか奥のベンチに座ってた森下先輩が凛とした声を響かせながら、タピオカドリンクを置いて立ち上がる。
「――一人が無理なら二人で、二人が無理なら……みんなでよ!」
森下先輩は両手をかざして手を叩くと、ベンチやテーブルに座っていた人々が一斉に立ち上がり、屋上庭園の奥や出入口からも一斉に姿を表す。四〇人くらいはいて制服姿の細高生や、私服姿の細高生もいてみんな無言で激励の眼差しを涼に注ぐ。
その中には美紀や睦美もいて、涼は見渡して呟く。
「みんな……エーデルワイス団なの?」
「エーデルワイス団は俺達だけじゃない! 署名活動にもみんなが協力してくれた!」
大地は頼もしげにエーデルワイス団のみんなを見渡す、ふと兄の言葉が心の中で響く。
――涼、俺達は一人では生きてはいけない、お互い助け合える仲間を見つけるんだ!
ああ、いるよ兄さん! 僕はもうとっくの昔に見つけたさ! 涼は瞳に輝きが戻って力強く立ち上がると冷めたタピオカドリンクを一気に飲み、睦美と目を合わせた。
「花崎さん、明日一緒に葵を迎えに行こう!」
「勿論朝七時に! 絶対に遅れないで!」
「花崎さんこそ、起きたらベッドメイクも忘れないで!」
涼は真っ直ぐな眼差しで見つめて言うと睦美はキョトンとした表情を見せたが、次の瞬間には精悍な笑みを見せて頷く。
「わかったわ!」
何となく涼は睦美がようやく自分を信用してくれたような気がした。
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