第一章その4

「その秘密結社の名は?」

 大地が訊くと、美紀は人差し指を柔らそうな頬を当てて考える。

「う〜ん女子サッカー部の先輩の友達がメンバーで、確か……エー……エーなんとかワイス?」

「エーデルワイス! 花言葉は勇気、忍耐、大切な思い出!」

 葵はずばり言って花言葉まで答えると、美紀は飛び上がらんばかりに何度も頷く。

「そうよそれそれ! 放課後の秘密結社エーデルワイス団よ! そうか、そんな花言葉だったんだ」

 放課後の秘密結社エーデルワイス団なんて中二病臭い名前だなと涼は視線を大地にやると、スマートフォンを弄ってた。

「あったぞ……エーデルワイス海賊団。戦前戦中のナチス政権下のドイツで、俺たちくらいの奴らはヒトラーユーゲントの加入が義務付けられ、軍隊的な厳しい統制生活を強いられた。それに嫌気が刺して自由を求めた奴らの集まりだ。他にもモイテンやスウィング・ボーイとか似たような組織があったらしい」

 どうやらググッたらしい。なるほど大人たちをナチスに、真面目な生徒たちをヒトラーユーゲントに見立てれば当てはまる。

 葵は両手をテーブルに置いて瞳を輝かせながら勢いよく向かいの美紀に顔を近づける。

「いいねそれ! 面白そうじゃない! ねぇ木崎さん、それの記録とか残されてないの?」

「う~んその記録が入った箱なんだけど、卒業した人たちが隠して先輩たちが探してるけどまだ見つかってないって、だけど玲子先生は初代メンバーと同じクラスだったみたいよ。レコーダーで音声記録を残しておいて、その中に玲子先生が出てきたって」

「それじゃあ今度その先生に訊いてみようよ! 睦美も誘ってさ!」

 迷わず葵は言い放つが大地が待ったをかける。

「待て、綾瀬先生に訊くのはよした方がいい。美紀の話しからして生徒たちの間だけで受け継がれてきたものだ。俺たちが綾瀬先生にエーデルワイス団の記録を探してると知られれば、止めようとする可能性がある。活動を妨害され、最悪の場合受け継がれた記録が焼き捨てられ、受け継がれてきたものが断ち切られる可能性だってある」

 大地の言う通りだ。メンバーと同じクラスだからと言って仲が良かったとは限らないし、もしかしてたら敵対してた可能性だってある。大地は更に続けた。

「綾瀬先生が同級生だったとしても、今は大人だ。エーデルワイス団とは敵対する立場にある。それに花崎は真面目な奴だ、エーデルワイス団のことを先生たちに言う可能性も決してゼロではない」

「でも睦美が敵になるのは嫌だよ! 昔みたいにいっぱい遊びたい!」

 葵は縋るように美紀を見つめながら言うと、涼は思わず口にしてしまった。

「花崎さん頭いいからね。人が多ければ大変だけど、その分楽しくて知恵も多い」

 あっ、しまった。大地と美紀がいるからとつい本音を言ってしまった。だが美紀は笑うことなく、頷いた。

「いいこと言うじゃん、涼!」

「ああ、さっきの台詞もそうだが……昔を思い出したのか?」

 大地の期待が篭った言葉に涼は「ないない」と首を横に振る。

「それはない。昔のことなんて、思い出してもしょうがないよ」

「じゃあなんだ? 可愛い転校生の女の子が隣にいるから、いいとこ見せようとでも思ったのか?」

 大地は抑えているがハッキリと聞こえるくらいの声で言うと、涼は思わず沈黙する。

 葵はニカッと目が眩みそうな笑顔で言う。

「沈黙は肯定、っと受け取ったわよ」

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃ――な、なんとなく……大地や木崎さんだと安心して言えるから……」

「そうか、いいなぁ……気兼ねせず本音を言い合える友達って」

 葵は大地と美紀を羨望の眼差しで見る。もしかするとこの子は僕と同じなのかもしれない、本音を言い合える友達は? と考えるとせいぜい大地と美紀しかいない。

「僕はせいぜい二人しかいないから」

「ううん、二人もよ。本音を言い合える友達なんて……なかなかいないよ」

 この時の涼にはその意味がわからず、話しの続きが気になって美紀に訊く。

「それで、その後どうなったの?」

「うん、それでね。エーデルワイス団の存在は当時の先生たちにも知られていて、理事長先生の主導で徹底的な調査が行われるはずだったの」

「はずだった? まさか、そのタイミングで?」

 大地は何となく察した表情になると、美紀は頷いて言った。

「そうよ、前の理事長先生が脳卒中で亡くなって有耶無耶になり、あまりにものタイミングだったから……ある噂が流れたわ」

 美紀は滅多に見せない張り詰めた表情と眼差しになると部屋の空気が張り詰める。流石の大地も息を飲むような表情を見せ、葵も恐る恐る訊いた。

「ある……噂って?」


「当時のエーデルワイス団と卒業生のメンバーによる、暗殺よ」


 それで空気が一気に白けるが涼でもわかった、大地は呆れた表情になって言う。

「まさか、いくら秘密結社とはいえ暗殺はしないだろ」

「そうだよ、映画じゃないんだから」

 苦笑する葵の言う通りだ。美紀は無邪気に笑いながら首を横に振った。

「あはははははっ……まっ、噂は所詮噂だからね」

「それで? 今度は僕たちがエーデルワイス団の記録……お宝を見つけようとか?」

 涼は思ったことをそのまま遠慮なく口にすると、葵は涼の瞳の奥を見つめて飛び跳ねるような勢いで言った。

「それいいね! やろうよ、きっと楽しいよ! そのエーデルワイス団が残したお宝、まだどこかにあるならさ、見つけようよ!」

「あたしも賛成! せっかくだから花崎さんも仲間に入れよう!」

 美紀も話しに乗るが、果たして花崎睦美は乗ってくれるのだろうか?


 翌日の木曜日、休み時間は飽きもせず一軍は葵をそれぞれのグループに引き入れようと、囲んで話す。昼休みになり、睦美が迎えに来ると美紀がそれについて行って涼はその背中を心配そうに見送る。

「大丈夫かな? 木崎さん」

「信じてやれ、あいつは誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなるのが得意……それより、俺たちにはやることがあるだろ?」

「うん、そうだね」

 涼は頷いて弁当箱の中身を一〇分で食べ終わると、すぐに立ち上がってある場所へと向かう。玲子先生のいる野良喫煙所だ、そこは校舎裏でかつては不良たちが使ってらしい。

 花の絵画が飾られてる美術室の廊下を通り、階段を降りると運がいいことにキツイ臭いの煙草を吸ってる玲子先生一人だけだった。

「あら土谷君に米島君、こんな所まで来てどうしたの? あなたたちも吸うの?」

「綾瀬先生こそ、昔からここで吸ってたんですか?」

「やだねぇ土谷君、さすがにあなたぐらいの頃は吸わなかったわ」

 玲子先生は気さくに微笑みながら右手でイギリスのヴィクトリー・シガレットという銘柄の紙巻き煙草シガレットを挟んで否定すると涼は少し遠慮しがちに言った。

「あの、玲子先生って……前の理事長先生がいた頃の細高に通ってたんですよね?」

「ええ、もしかしてその話しが聞きたいの?」

「はい……校則がかなり厳しくてみんな反発してたとか」

「そうよ。あの頃は大変だったけど楽しかったわ……特に現代国語の高森先生、三年間私の担任だったからそりゃあもう……昔はアグレッシブで荒っぽかったわ」

 玲子先生は苦笑しながら言う。現国の高森たかもり先生といえば授業も指導も厳しいが、わかりやすく丁寧で根は母親のように優しく、表向きでは煙たがってるが内心では信頼してる生徒も多い。

「玲子先生も当時の先生や大人たちの目を掻い潜ってた?」

「少なくとも否定しないわ。でもね、学んだことはあったわ……青春は自分の手で掴み取るものだって……それに気付いたのは卒業間近だったけど」

 玲子が先生が過ぎ去った日々を懐かしむ目になると大地は訊いた。

「綾瀬先生は……エーデルワイス団のこと知ってました?」

「えっ? どうして?」

 玲子先生の目の色が変わる。明らかに驚愕してる表情になり、大地は続ける。

「実は美紀――木崎さんが、女子サッカー部の先輩から聞いたそうです」

「まさか、卒業と同時に解散したはずよ……どういうことかしら?」

 玲子先生は動揺する。大地、玲子先生に訊くのはよした方がいいって言ったのは誰だ? 涼はやっぱり訊かない方がよかったんじゃないか? 平静を装いながら大地を見つめると、大地は付け加えた。

「まぁ……これはあくまで噂だということです」

「そうよ。きっと噂よ……まさか後輩たちに受け継がれてたなんて、人のこと言えないけど、真面目に校則守ってる子たちの裏でコソコソ自分達だけ楽しい思いしてたなら」

 玲子先生は短くなったシガレットを吸い、紫煙を吹かして言った。

「とっくに潰されてたわ」

 そう言いながら吸い終わったシガレットを携帯灰皿に押し付けた。

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