聞き込み調査

 ――岸園先輩への恋を叶えてくれませんか?


 つい数分前にそんなことを綾藤という男子から依頼され、盛り上がった冬葵と姫川に流されるような形で、俺も一緒に行動することになってしまった。


 俺たちはいま、岸園奈津乃の情報収集のために、二年生の教室へと足を運んでいた。


 足取りが、重い。

 どうもこの依頼に気が向かないせいだろう。

 冬葵と姫川は盛り上がっているけど……俺は乗り気じゃない。


 俺は他人の恋路なんて、どうでもいい。

 ラノベでも、主人公とヒロインがくっつくところ以外はあまり興味が持てないのだ。サブキャラ同士がどうなろうと知ったことではない。


 それに綾藤の想い人はあの鬼の風紀委員長。

 気弱な綾藤と、気の強い岸園先輩。

 磁石のS極とN極のように……見事なまでに正反対だ。

 この時点で、とても上手くいく気がしない。



 ◆



 一応、綾藤と別れる前にいくつか質問をしてみたのだが――


「岸園先輩と会話したことはあるのか?」

「ない、ですね」


 なんとなく予想出来ていたことだが……前途多難だ。

 綾藤は、岸園から顔や名前を憶えられていなければ。

 そもそも存在を認識されてない。


「成る程。で、具体的にどうするんだ?」

「直接告白……とかですかね。もう当たって砕けようと思います!」


 ずっこけそうになった。


「んー……いきなり知らない相手から告られても困るだろうし。いまは少しでも仲を深めておいた方が成功率は高まるんじゃないか?」


 思い切りが良いのは悪いことじゃないけれど。

 告白は最後の手段なんだし、それまでに打てる手を打った方がいい気がする。

 じゃないと冬葵を――俺たちを頼った意味ないし。

 そう伝えると、綾藤も頷いた。


「それは……そうですね」

「じゃあさ、何か接点はあるのか? 同じ委員会とかさ」

「あっ、その手がありましたか!」

「もう委員決め、終わってるけどな」

「そうでしたか……」


 綾藤はがっくりと肩を落とした。

 人を見た目で決めつけるのは悪いと思うが……綾藤はいかにも真面目そうな見た目なので、風紀委員にいるものだと勝手に思っていた。

 新しく係決めや委員決めが始まるのは、二学期まで待たなければならない。


「かくなる上は、この思いを直接伝えるしか……!」

「だから落ち着けっての。それは最後の手段だって」

「ですよね。とりあえずラブレターの文面でも書いて気持ちを落ち着けながら……次の策を考えようと思います」


 ああでも、と綾藤は頭を抱えた。


「僕に文才は無くて。だからラブレターもどう書けばいいのか分かりません」


 こいつは……自分の好きな相手に、自分のありのままの想いを書き綴ることも出来ないのか。

 そこを他人任せにするとは。

 呆れる俺をよそに、冬葵が優しくうなずいた。


「それなら心配ありません。わたし、文章には多少の心得があります。是非ともあなたのラブレターを書かせてください」

「わあ、本当ですか。春咲さんがラブレターを書いてくれるなら安心だなぁ」


 喜ぶ綾藤を見て、不安が募ったのは言うまでもないだろう。

 まったく……とんでもない依頼を引き受けてしまったものだ。


 そうして綾藤と別れてから、今に至るというわけだ。


 自分の彼女すらまともに作れていないのに、他人の彼女づくりを手伝わなきゃいけないとか本当どうかしている。


 はあ、と重いため息をつくと。

 姫川が声をかけてきた。


「あきら君、気が進まないって顔してるね」

「そりゃそうだ。普通の女子ならまだしも、相手はあの鬼の風紀委員長だぞ」


 周りに厳しいだけでもなく、自分にも厳しい。

 それゆえにあんな美人でも浮いた話ひとつ聞かない。

 攻略の糸口すら見つからない、困難極まる話だ。


「そうだね。ウチも思わず舞い上がった勢いで安請け合いしちゃったけど……綾藤君はおとなしいし、委員長はあんなんだし、難しいなってウチも思うよ」


 でも、と姫川は不敵な笑みを浮かべた。


「もしこれが出来たら、冬葵ちゃんは面白い恋愛小説書けると思うんだ」

「たしかに一理あるな」


 色恋沙汰をはねのける女騎士と、気弱な綾藤。

 互いに接点もないあのふたりをくっつける話をネタに、一本書いてみたら面白くなりそうな気がする。


「つまり、ウチらの一挙一動に、物語のクオリティがかかってるってわけです」

「そう考えると、責任重大だな」

「でしょー。なんか楽しくなってきたでしょ?」


 それにね、と姫川は言う。


「ウチ、委員長に化粧セット取り上げられててさ。色恋沙汰にうつつを抜かすやつがあるかー! って怒られたわけよ」

「そういえば、そんなこともあったな」

「で、その委員長をだよ。色恋沙汰で夢中にさせるの、最高に楽しいと思わない? これ、最高の復讐じゃない?」

「根に持っていたんだな」


 しかしいま思い返すと、岸園の持ち物検査は少しおかしなところがあった。

 なぜか冬葵は顔パスでスルーされたし……俺にいたっては臭いを指摘されたし、いまいちよく分からない人だ。


 とにかく、よく分からない謎だらけの相手だからこそ、まずは俺と姫川のふたりで情報収集をしようという話になった。


 ちなみに冬葵はひとまず先に家へと帰ってもらった。

 彼女には綾藤のラブレターの代筆という仕事がある。

 それに夕飯の支度もあるし、俺と同居してることは伏せてあるため、帰り道が被るとまずいからだ。


 そんなわけで。

 俺と姫川は、二年生の教室へと足を運んだ。

 どうやら岸園のクラスには姫川の友人がいるらしく、その人たちに岸園のことを尋ねて情報を集めようという魂胆らしい。

 特に部活に入っているわけでもないのに、上級生の友人がいるとはさすがだ。


「たしか……2年3組だったかなー」


 姫川は躊躇いもなく、上級生の教室の中へと入っていく。

 放課後で人気がすくないとはいえ、上級生の教室に物おじせず足を踏み入れるだなんて。

 俺は自分と違う教室に入るだけでも少し抵抗があるのに。


 姫川を先に行かせて俺だけ入らないというのも格好がつかないので、遠慮がちに後に続く。

 大半の上級生は帰宅したか部活に出ているらしく、教室には5、6人ほどの生徒がまばらに残って雑談に興じていた。


 幸か不幸か、岸園の姿は見えない。


「すいませーん。彩月さつきちゃんや華丸はなまるちゃんってまだ学校にいますかー?」


 姫川が声を張り上げると、雑談していた女子の先輩たちが振り返る。


「彩月と華丸なら学校休みだよ」

「あれ? そうなんですか?」

「うん。二週間くらい来てないけど」

「そんなに!?」


 姫川は衝撃のあまり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「え、秋葉。お前、友達なのに知らなかったのか?」

「うん。だって一回しか話したことないもん」

「一回って……」


 たった一度顔を合わせただけ相手を友人認定していたのか。

 友人の基準が緩いというか、はたまたフットワークの軽さが異常なのか。


「なに、彩月と華丸の知り合い?」

「あ、いえ。たしかに知り合いなんですけど、用事があるのはそっちじゃなくて。委員長のことを聞きたいかなって」

「え? 女騎士のことを?」


 軽く驚かれた。


「何であの子のことを知りたいの?」

「いつもお世話になってるから好きなものをプレゼントしてあげたいなって。あ、これサプライズしたいから委員長には内緒でお願いしますねー、先輩」

「そういうことだったのね」


 姫川の手際の良さに、先輩も納得したように頷いている。

 それをプレゼントするのは俺たちではなく、綾藤の役目だけど。


「私もあの子と仲良くないけど……知ってる範囲でなら答えてあげる」

「普段、委員長は何して遊んでますか?」

「うーん……ほら、あの子ってなんか真面目でお堅いし、放課後カラオケ誘っても一緒に来ないのよね」


 悪い子じゃないんだけど付き合いが悪くてね、と上級生は続ける。


「風紀の仕事がなければ寄り道もせずさっさと帰ってるっぽいよ」

「そうですか」


 まあ良くも悪くも予想通りだ。

 あの風紀委員長が友達と遊び歩きながら洋服を買ったり、スイーツを食べている姿はとても想像がつかない。


「じゃあ委員長が得意なものってわかります?」

「あ、それなら分かるよ。親が警察官のお偉いさんだから護身術を教え込まれているとかで、剣道とか柔道とかめっちゃ強いんだよねー!」

「ふむふむ」


 岸園の、自分にも他人にも厳しいあの在り方は、幼少から厳しい指導を叩きこまれたことで身に着いたものかもしれない。

 綾藤とは正反対だが……スポーツ用品をプレゼントとして手渡すのはアリだろう。


「他には何かあります?」

「あとはそうだなぁ……なんか物語・・を見るのが好きとか言ってたかな」

「物語?」

「うん。よくわかんないけど、映画とか小説が好きってことなんじゃないかな」


 漠然としているが……もし言葉通りの意味ならば、俺や冬葵とは話が合いそうだ。

 綾藤にこれを伝えれば、岸園とうまく近づける口実になるかもしれない。


「私が知ってるのはこのくらいかな。ごめんね、たいしたこと言えなくて」

「いやいや、とても助かっちゃいました。ありがとうございました!」


 俺たちは上級生にお礼を言ってから、二年生の教室を後にする


「結構、有益な話を聞けたな」


 会話を姫川に任せっきりにしてしまったが、おかげで助かった。

 俺一人ではろくに会話も難しかっただろうし。


「ねー。これなら綾藤君も喜ぶだろうね。……しかし、彩月ちゃんと華丸ちゃんが休みとはなぁー」


 しかし姫川の心は、友達だか知り合いだか分からない先輩にあるらしい。

 俺はその人たちのことを知らないが、たぶん仲が良かったのだろう。


「ウチは他の教室でもっと聞き込むけど、あきら君はどうする?」

「俺はさっきの話を綾藤に教えてくる」


 綾藤とは別れ際に、連絡先を交換していた。

 これでいちいち学校で顔を突き合わせずとも、情報を伝えられる。


「ん、わかった。じゃあまた明日ねー、あきら君」

「じゃあな」


 姫川と別れる。あいつならば持ち前の愛想の良さを生かして、ひとりでも情報を集められるだろう。


 やることがないし、このまま帰宅しようと思ったけれど。

 その前に図書室へと向かった。


 さっきの上級生の話が確かならば、岸園は物語が好きらしい。

 ならば岸園の図書室の利用記録を調べれば、どういう系統の本を好むか分かるかもしれない。

 これはなかなかの妙案のように思えた。


 さっそく居合わせた図書委員に訪ねてみたけれど、


「うちに女騎士は来たことないよ」


 と言われ、空振りに終わってしまった。


 ふむ、そうなると本ではないのか?

 それとも学校の図書室を利用しないだけで、本屋や地元の図書館を利用しているのだろうか。


 ちょっと意外だったけど、とりあえず帰ろう。

 綾藤への報告は帰りの電車の中でまとめればいいし。


 昇降口へと降りて、下駄箱へと手を伸ばし、革靴を取り出したときだった。

 一枚の封筒がひらひらと落ちてきた。

 何気なく、拾い上げる。


 下駄箱への置き手紙といえば、恋文だと相場は決まっている。

 冬葵の下駄箱や机の中が、そうであるように。


 けれど俺に……今までそんなものは来たことがない。

 誰かの忘れ物が、間違って俺のところに混入したのだろう。


 そう思って中身を広げると――


『彼女に近づくな。後悔したくなければな』


 そう書かれていた。

 血を連想させるような、赤いインクで。


 彼女とは誰の事だろう。

 冬葵か? 姫川か? それともいま調べまわってる岸園先輩のことか?

 生憎なことに、最近は美少女と接する機会が増えて、誰か絞れない。


 じゃあこの脅迫状を送ったのは誰だろう。


 これも心当たりがない。


「いや、ありまくりだわ……」


 まさにさっき姫川が教室で派手にやらかしてくれたっけ。

 恋人みたいに身体を密着させたり、胸を押し当ててきたり。

 あれのせいで俺はクラスメイトたちから嫉妬やら羨望やらを買ったのは間違いない。

 

 もしかしてドッキリだったり?


 うろたえる俺を見て、笑ってるのか?

 そう思って周りを見回すけれど、それらしき人影は見えない。


「馬鹿馬鹿しい……」


 紙をくしゃくしゃに丸めて、ポケットに放り込んだ。

 後でゴミ箱を見かけたら捨てておこう。


 今度こそ革靴に足を入れたとき、ポケットに入れていたスマホが震えた。

 見ると、冬葵からラインが来ていた。


 そこにはただ一言――



『助けて』



 脳裏に、数日前の出来事がフラッシュバックする。


 屋上。

 光。

 視線。

 粘りつくような目。

 目。

 目。

 目。


 ……それは、冬葵と屋上で別れた後、謎の視線に追い回された出来事。

 そして、脅迫状。


 悪寒に取りつかれ、俺は駆けだした。

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