カニエ、ラブ!

 MGC本選まで、残り二週間となった頃。

 宵闇も深まる時間にエミリーが暮らすマンションビルの一室への通路を、背高で金髪碧眼のトニーがキャリーケースの車輪を転がして歩いていた。


「さて、エミリーはどう出迎えてくれるのかな」


 トニーは妹エミリーの部屋の前に来ると、妹の応対を試験する心づもりでドアベルを鳴らす。

 風呂上がりでバスタオル一枚だけを身体に巻いたエミリーが、中からドアを開ける。


「兄さん、早かったノネ」

「そんなはしたない恰好で出てこないで欲しかっタ」


 エミリーの奔放な姿を前にして、絶望的な表情を嘆じた。

 何が悪いの、という顔でエミリーがトニーの顔を凝視する。


「はしたない恰好って、ドコが?」

「タオル一枚で出てくるナンテ、どう考えても常識外れダ」

「裸じゃなければ、どんな格好でも一緒ヨ」


 達観したような口ぶりでエミリーが笑う。

 暗い表情のまま、トニーが力なく語を継いだ。


「一緒なはすがあるカ」

「入るなら早く入って、兄さん。湯冷めしちゃうワ」


 兄の心労をお構いなしに、わざとらしく身体を震わせる。

 湯冷めして懲りろ、とトニーは手厳しい台詞が頭に浮かんだが、稼ぎがいいわけではないし、他に宿賃なしで泊る当てがない自分の身を思って、トニーは渋々と部屋に足を踏み入れた。

湯船の蓋もせずにエミリーは出迎えたらしく、脱衣所から廊下まで湯気が漏れている。

脱衣所に向う妹に訊く。


「荷物はどこに置けばイイ?」

「テキトーに」


 テキトーって一番困るんだけど、と妹の返答にトニーは溜息を吐いた。

 荷物の置き場を定められず廊下で嘆息する兄を見て、脱衣所から下着だけを身に付けて着替えを右手に抱えたエミリーが廊下に出てくる。


「テキトーって言ったら、テキトーなのヨ。もともと兄さんの荷物置きのための場所を用意してないモノ」

「それはそうだろうが、空き部屋くらいあるダロウ?」


 あって当然という物言いで、トニーは尋ねる。

 異常を疑うような目をして、エミリーは兄を見返した。


「何を言ってるノ? 空き部屋なんてないワ」

「しかし。こっちに来る前、君自身が使ってない部屋があると言っていたダロウ?」

「確かに言ったけど、空き部屋とは言ってないワヨ」

「はあ?」


 理解し難い返答に、声を立てて疑問を示す。

 エミリーは両腕で自身の胸を抱いて頬を赤く染めると、身悶えするように上半身をくねらせる。


「ワタシとカニエの愛の巣ヨ」

「カニエに迷惑をかけるなと言ったはずだぞ」

「もうっカニエ、恥ずかしいワ。そんなとこ、触らないで……」


 呆れたようなトニーの忠告に耳を貸さず、恍惚とした様子でエミリーは独りで妄想の世界に耽り始めた。

 世界大会で知り合った蟹江の顔を思い出しながら、気の毒に思うとともにトニーはすまない気持ちになった。

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