第13話 卯の花腐し⑥

「おっす。鳴神、森、吉良、おはよう」

「うぃ。もう体調良くなったのか?」


 教室窓際後方に集まり、鳴神が自分のスマホの画面を他の二人に見せながら談笑していたところに混ざる。

 愛野さんの、あんた自身が思ってるほど鳴神たちに嫌われてないわよ、の言葉のおかげで、愛野さんと雨の中出会ったあの日に聞いた鳴神たちの陰口がリフレインしなくなり、以前のように話しかけられるようになった。


「もうすっかり元気だよ」

「嘘つけ。いつもよりテンション低めじゃねぇか」

「それな! まだ治ってないんじゃね? 風邪移すなよぉ」


 鳴神には疑われ、森には煙たがられる。初手からミスった。鳴神たちが言ってた、鳴神たちといるときと一人でいるときのテンションの差がすごいってのが頭にあってやや抑えめにしてしまった。


「確かにいつもの浅野らしくないね」


 吉良が本を開きながら冷静に指摘してくる。不評のようなのでアゲていくか。


「ふっ、俺らしくなかったか。全力の俺がお望みのようだな! 浅野、風邪から完全復活しました! 元気一杯の俺をまたよろしくぅ!」

「うっさ。声量考えろ」

「ずっと風邪引いててくれ」

「騒音で近隣住民から訴えられそう」


 総スカンだった。どっちにしろこうなる運命だったのか。以前はこういうの気にならなくて、イジられてるだけだと思ってたけど本物の不満も混じっていることが今なら分かる。三人の俺への、何を言ってもいい下っ端って印象の根深さが垣間見えた。印象を少しずつ変えていくことの難しさを実感する。

 俺でさえこんななんだから愛野さんはもっと。

 鳴神たちの近くに椅子を移動させる途中で愛野さんを盗み見る。


「今日、ボランティアで弓道部の手伝いするからよろしく。顧問の先生にも許可とってあるから。まず道場のモップ掃きさせてもらうね」

「は? 何急に?」


 藤堂さんは不快感より驚きの方が勝っているような表情。


「変なことたくらんでんじゃね? つかうちらに関わってくんなし」


 間さんは苛烈に拒絶。無視よりはマシ、とは言えない。


「ごめん。でもやる。あんたたちの部活動を応援したい。謝罪の意も込めて。月曜日は弓道部、火曜日は美術部、水~金曜日は陸上部の手伝いに行くから」


 めげずに力強くそう宣言。藤堂さんと間さんは絶句。深海さんは一人もくもくとスケッチブックに何か描いていた。

 頑張れ愛野さん。俺も自分の戦場で戦い抜く。



 一日目、終了。

 夕ご飯の後、ベッドに寝転がり、スマホをいじる。

 部活が終わった鳴神たちがlineの雑談をはじめる時間帯だ。

 先週の成果をここで発揮する。送信ボタンを押そうとする指が小刻みに震えた。

 送信した後の鳴神たちの反応を想像する。面白そうだ。ワクワクする。


『そういや昨日、ダーツの大会行ってきた』


 メッセージとともに写真や動画も送る。

 なんと愛野さんがダーツ大会のときの俺の写真や動画をとっていてくれたのだ。当日は全然気づかなかった。今日の朝唐突に送られてきた。『へったくそなプレイングを自分で見返して上達の糧にしなさい』というありがたいお言葉付き。

 まだ既読はつかない。普段lineが盛り上がる時間帯より少し早めだから。会話の腰を折るくらいなら一番最初に持ってくる方が安全だという考えのもとそうした。反応が見られるのは数十分後と予想。


『電話しない?』


 プッシュ通知のメッセージ。自分の目を疑う。今までline電話なんて待ち合わせのときしか使ったことが無い。

 HIME。愛野さんからだ。

 意図を察する。週末のカフェでやってる会議、というか進捗報告会? を電話でやるつもりなんだ。

 実際に会って話すのと通話は感覚が違う。表情が見えない相手と声だけのやりとりをするのは苦手で、これまでは電話を避けてきた。

 成長するためにも応じよう。それに愛野さんがある意味一番電話しやすい相手だし。声のトーンとか口調から表情を想像するのが容易だから。


『今から電話できるよ』


 送ってすぐに電話がかかってくる。どれだけスマホ見てるんだよ早すぎだろ。


『早く出なさいよなんで一〇秒くらい無視したのよ』


 開口一番責められる。仕方ないだろ、電話出るの若干怖いんだよ。慣れてないから、なんて言い訳するのはカッコ悪いので素直に謝っておく。


『ごめん』

『分かればいいのよ分かれば。くあぁ、ご飯食べ終わって眠いったら』

『ふぅん。んで要件は?』

『会話下手か。そこで相槌打つか話広げるかしなさいよ』

『会話下手なのは最近自覚したって。愛野さん相手だと気遣わなくていいかなって』

『親しき仲にも礼儀ありってあんた言ってなかったっけ? あ、親しくないからいいのか』

『自己完結か。愛野さんが俺に気を遣ってくれるなら俺も遣うけど』

『あんたはどうしたい? どうしてほしい?』

『ぶっちゃけ面倒』

『よね。お互い言いたいこと言っていけばいいのよ。はいこの話終わり』

『んで要件は?』

『うわ。要件人間だ。人間らしいやりとり挟んでからでしょそこは。仕事じゃないんだから』

『俺たちのやりとりってほとんど仕事みたいなものだろ。関係もビジネスライクって呼びかたが一番しっくりくる気がする』

『確かに』

『んで要件は?』

『三度目の正直ってやつね。流石にそろそろ話していきましょうか。……まあ散々だったわね。お互い。相変わらず』

『だな。ぜんっぜん上手くいかなかった。話し方とかテンション変えたら気味悪がられて元に戻したらそれはそれでウザがられたよ』

『いきなりガラッと変えるからそうなるのよ。一つ一つゆっくり変えていけば違和感抱かせずに、お前なんか変わったよな、って何気なく気づいてもらえるのに』

『そんな器用なことができたらこんなに悩んでない』

『でしょうね。だからこれからも色々試して最適解を探すの。あんたはまずあのウザったらしいハイテンションを徐々に落としていくことからね』

『一気に色々やろうとしておかしくなったんだな。明日からそうしてみる』

『ダーツの方はどう?』

『今さっきlineのグループの方に投下してみた』

『あーね。lineでざっくり話して教室で詳細を語るって戦法か。いいかも』

『だろ? 明日学校行くのが楽しみだ』

『進展あっていいわね……』


 愛野さんの声のトーンが一気に下がる。


『愛野さんの場合、これからだろ。俺と一緒だ。最初から成果が目に見えるわけじゃない。辛抱強く続ければきっと結果が出るって』

『全く知らないコミュニティの中に飛びこんで、慣れない雑用こなすの、すんごく疲れるのよ』


 長々と、心の底からのため息がスマホ越しに聞こえる。

 心中、察するに余りある。全く知らない環境、人間関係の中で今まで一度もやったことがない作業をこなす。とてつもなく疲れるはずだ。


『お疲れ。藤堂さんの反応はどうだった?』

『何も言ってこなかったわよ。ちらっとだけあたしを見て後は無視』

『追い返されなかっただけいい、のかも』

『そうね。無視もキツいけど同じかそれ以上に、強く拒絶されると堪えるわね。藤堂以外の部員は困惑してるだけで敵意はないからいくらかマシだけど』

『部活手伝おう作戦には藤堂さんグループの人間以外から好印象を持たれることで外堀を埋めていくっていう要素もあるから、部員の人に好かれるのも大事だね。地道に行こう』

『明日はふかみんとこ、美術部行ってくる』

『愛野さんと美術ってイメージ結びつかないよね』

『何それどういう意味? 絵心無さそうとか知的そうじゃないとかそういうこと言いたいわけ?』


 図星だった。怒られたくないから適当にはぐらかしておこう。


『違うよ。愛野さんは体育会系のイメージ強いからさ』

『それは否定しないわ。でも、細かい作業も案外得意なのよこう見えて』


 こう見えて、って、愛野さん自身に自分のイメージについて自覚あるじゃないか。


『美術に使う道具って細かいし種類多いしすぐ汚れるしで結構大変だから、雑用係は重宝されると思う』

『だといいんだけど』

『あと、ちゃんと深海さん自身や深海さんの描く絵も見てきなよ。他人に興味を持つ。絵とか褒めてあげれば喜ぶんじゃないかな。くれぐれもその絵が気に入らなかったことをストレートに言っちゃダメだよ。この部分はいいね、とか濁して言うように』

『い、いやに具体的なアドバイスね。ためになるわ。分かった。そこ意識してみる』

『うん』

『あんたもダーツの話上手く利用して頑張んなさいよ。ダーツの話を面白おかしく話そうと力んで同じ話ばっかりループさせたりウザ高テンションになったりしないように』

『そっちも具体的なアドバイスありがとう』

『ん。結構長く話したわね。宿題やるからそろそろ切るわ』

『おっけ。じゃあまた学校で』

『ん~』


 バツボタンを押して通話を切る。

 思わず大きな溜息が漏れた。

 最初は緊張したけど話し始めてみれば案外平気だったな。予想通り愛野さんは声のトーンや語気で感情が分かりやすかったため、怒り顔やしかめっ面がすぐに頭に浮かんで、まるで目の前で話してるかのような安心感があった。人柄が分かっている人との通話なら今後必要以上に緊張する必要はないかもしれない。

 しばらくベッドの上で仰向けになてボーっとし、呼吸を整えてからスマホを持ち上げる。


『なんだこれ笑った』

『全然当たってないじゃん』

『これどこ? 大会はどのくらいの規模?』


 等々、鳴神たちからの通知がわんさか届いている。

 明日実際に会って話すときのために情報を小出しにしよう。

 鳴神達との関りを、あの雨に打たれ日以来はじめて楽しみに思えた。


 ◇◇◇◇◇◇

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