第6話 狐の嫁入り⑤

「う~んおいひい~。パフェさいこ~」

「口にもの入れながらしゃべるな」

「うっはいわねぇ」


 クリームやらなんやらを口一杯に頬張り、満面の笑みを浮かべて悶えている。何度も言うがこんなふにゃふにゃした愛野さんは教室では絶対見られない。普段とのギャップでついまじまじ見てしまう。


「くうぅ! この辛さ、舌にクるわぁたまらん」


 あんまり見るのも失礼なので俺も食べることに集中しよう。

 それぞれ美味い美味いと言いながらペロリと平らげ、紅茶、コーヒーをおかわり。


「あ、明日の放課後行くお店の場所lineで送るから確認しておくように」


 早速通知が来る。見てみるとこの近くの洋服店のようだ。


「そういやなんで明日なんだ? 来週末じゃダメだったのか? 放課後だとそんな時間とれないぞ?」

「あんただって知ってるでしょ。金曜日、レクリエーションだかで日帰り旅行的なのクラスで行くじゃない。そのとき私服でしょ? そこで着ていくことで鳴神たちだけじゃなく他のクラスメートの反応も見るわけ。周囲の反応が良ければ鳴神たちがあんたを見る目を多少なりとも変わるでしょう。だからその日に間に合わせられるようにすぐ買っておかなきゃなの」

「そっか。私服だったっけ。忘れてた。つかもうそんな近かったか。陰口聞く前に行っときたかった……」

「それね。あたしもやらかす前に済ましておきたかったわ。当日は一人で行動するしかないわね。考えたら死にたくなってきた休もうかしら」


 力なく突っ伏し頭を左右に揺らしながらうめいている。気持ちは分かる。俺もレクリエーションのことを考えると憂鬱な気分になる。


「俺も正直楽しめる気がしない。同じくぼっちで過ごすことになりそう。体調不良のフリして」

「体調不良のフリ、いつまでも続かないからどこかのタイミングで何とかしなさいよ」

「分かってるって」

「あと当日あたしに絡んでこないでよ。妙な噂立てられたらたまったもんじゃないから」

「絡みに行くわけないだろ。クラスメートから見て俺と愛野さんは接点ゼロなんだから怪しまれるに決まってる」


 俺と愛野さんが教室で話しているヴィジョンが浮かばない。違和感しかない。それは愛野さんも同じだったのだろう。


「分かってるじゃない。あたしたち教室では話さない方がいいわね」

「だな。お互いのために。こうやって協力してることも誰にもバレない方がいいし」

「誰にもバレないまま協力して、お互いの目標を達成したらあたしたちの関係はそこで終わり。そうすればあたしたち以外、あたしとあんたの繋がりを知る人間はいなくなる。それが理想ね」

「ビジネスライクでいいな。その方針で」

「話もまとまったことだし帰りましょうか」

「うん」


 知り合い、友人関係になる、という選択肢ははじめから無い。それを俺も愛野さんも分かっている。住む世界が違う。偶然あの雨の日に出会って偶然似たような境遇だったから協力関係になっただけ。教室で関わることは今後一切ないだろう。そういう割り切った関係だから色々話せるんだと思う。

 この奇妙な関係を早く終わらせるために、俺も愛野さんも目標に向けて走っていく。

 密かに決意を固めながら席を立ち、レジへ。


「七月の店内イベント用の券です。一〇枚集めると参加できますのでぜひ」


 会計後、店員さんに一枚のチケットを渡された。


「へぇ。このお店そういうイベントやってるんだ。愛野さん参加したことある?」

「ないわよ。ほとんどカップル向けのイベントだから」

「ふぅん」

「カップルじゃないけどあたしたち二人で挑戦して賞品山分けとかいいかもね」

「アリだな」


 七月か。その頃には全部解決してるといいんだけど。

 ゴールテープを切ることを夢想しながらカフェのドアを開いた。

  

 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。月曜日。

 相変わらず体調不良のフリで一日を乗り切り、放課後を迎える。

 愛野さんと向かう場所は一緒だがもちろん二人で仲良く並んで歩いたりなんてしない。別々に向かう。

 あのカフェと同じく何回か電車を乗り換えし、駅を降りて分かりにくい道を通って洋服店へ。


 愛野さん曰く皆が知ってるブランドはあまり置いてないセレクトショップらしい。上級者向けなんじゃないかと危惧していたが愛野さんが店員さんの質がすごく良いから安心しなさいと言っていたのでそれを信じることに。

 指定された場所に着く。

 あのカフェと同じく外観からして雰囲気がある。シンプルな白塗りの壁にヒビ割れ模様のような特殊な窓。一見すると美術館やオシャレなオフィスで洋服店には見えない。


「よっ」


 愛野さんが短い挨拶と共に現れる。制服姿のままだがクラスにいるときと髪型が違っていた。何だっけ、ツーサイドアップとかいうやつ。どちらかと言うと大人っぽい愛野さんが子どもっぽい髪型をするとギャップがすごい。良い意味で。


「時間ぴったりだね」

「駅前でナンパ野郎どもに声かけられちゃって。しつこかったわぁ。最終手段、彼氏との予定あるんで宣言で何とか振り切ったわ。美人過ぎるのも疲れるわねぇ」

 首をぐるりと回し、疲れた顔でそう言う。愛野さんレベルともなるとそんなこと日常茶飯事なんだろうな。気の強い愛野さんのことだからばっさばっさと斬り捨てているんだろう。容易に想像できる。にしても最後の一言、いかにも愛野さんって感じでちょっと面白いな。

「お疲れ」

「ん。じゃ、行きましょうか」


 自動ドアをくぐって店内に入ると爽やかな空気が鼻腔を満たした。空気清浄機とか使ってるのかな。

 落ち着いた店内BGM。適度に陽の光が入ってきていて植物園のような印象を受ける。愛野さん、カフェといいこの店といい雰囲気良い場所を探す力に長けているのか。


「どう? 良い場所でしょ?」

「うん。愛野さんってセンスいいよね」

「ふふん。でしょうでしょう」


 早くも愛野さんのドヤ顔が見慣れてきた。


「それで、今日はどんな服を買えばいい?」

「あたし男性の服もそこそこ詳しいからアドバイスできなくもないけど、ここはお店よ? 聞くべき相手がいるでしょ」


 愛野さんが視線で示す。つられて見ると、人の好さそうなニコニコ笑顔を浮かべた男性店員と目が合った。

 すぐに目を逸らす。美容院や洋服店の店員さんは苦手だ。距離を一気に詰められるから戸惑ってしまう。


「何キョドってるのよとっとと聞いてきなさい」


 背中を押されて一歩踏み出す。その挙動を見た店員さんが近づいて来た。

 苦手とか言ってる場合じゃない。変わるために殻を破らなければ。

 店員さんが口を開く前に自分から話しかけにいく。


「あ、あのっ! お、おススメのコーデあります?」

「はい、ございますよ。いくつか系統がありますが希望のジャンルあります?」


 満面の笑みで爽やかにそう答える。オシャレな服装と整った顔、明るい雰囲気でイケメン力がとんでもないことになっている。髪もワックスで芸能人ばりにかためてある。

 ジャンルって何だ? 何も分からん!

 傍にいた愛野さんの方にすすすっと移動して小声で尋ねる。


「ジャンルってどんなのあるの?」

「そんなことも知らないのあんたは」

「知らんわ」

「あんた鳴神たちとちょくちょく服買いに行ってたわよね。そこでファッションの話しないの?」

「俺、基本鳴神たちが試着したい服を運ぶだけだからな。自分の服は買ってない」

「あー。なるほど。グループ内カーストの低さが如実に現れてるわね。あたしに聞かずに店員さんに聞けばいいじゃないの」

「でも」

「でもじゃない! 店員さんより先にあんたが話しかけたこと、あたし結構評価してるのよ。最後まで貫き通しなさい」


 ハッとした。愛野さん、そんなとこまで見ててくれたんだ。


「分かった」


 キョロ充の特徴の一つに一人だと何もできない、とある。以前の俺だったら自ら店員さんに話しかけにいくことなんてなかっただろう。


「ジャンルとかよく分からないので、俺に似合いそうなやつ教えてください」

「かしこまりました! 何パターンか見繕うので少々お待ちください!」


 店員さんは嬉しそうに店内を回り次々と服を手にとっていく。

 一分足らずで二パターンほど揃えて俺のところに戻ってきた。


「お客さん痩せ型でどんな服も似合いそうなので、まずは無難なやつから。脚が細いのでスキニーパンツがおススメですね。真面目そうな雰囲気から上はカチッとしたポロシャツで。ワンポイントでこちらのネックレスも。これだけでもシンプルでいいんですけど、こちらのベルトと靴下を差し色として加えるとオシャレに見えますよ」


 一気にしゃべってるように見えてちゃんと商品を示しながらゆっくり、間を取りつつ話してくれたのですごく分かりやすかった。


「そうなんですね。とりあえず着てみます」


 試着してみると、これまでの俺の服装とは一目瞭然。何かシュッとしてる。店員さんの言ったようにベルトや靴下の色が差し色、目立つ色になっていて目を引く。なのに不自然に見えない。これがオシャレか。


「どうですか?」

「イイ感じです」


 知識が無いためそうとしか言えなかった。

 店員のお兄さんはかなり明るめの茶髪を揺らしながら次のセットを差し出してくる。


「それは良かった! では次はこちらを。スポーティなやつですね。下はタイトデニムにスネ出しで動きやすく。スキニー同様脚の細いお客さんにピッタリです。上はゆったりしたロンTで。ワンポイントでこちらのブレスレットなんていかがでしょう。袖が長めで止まってると隠れちゃうんですけど、動いたときにチラッと見えると目を引きますよ」


 ということで、こっちも試着してみた。

 さっきもそうだけど、これらの服を着て鏡の前に立つと自分が自分じゃないみたいに思える。


「どっちもイイですね。迷うなぁ」

「気に入っていただけたようで良かったです。ゆっくりお選びください」


 店員さんはそう言うとスッと離れていく。

 代わりに愛野さんが近づいて来た。


「あんた顔もスタイルも悪くないんだしどっち選んでも良さげね。あとは好みの問題かしら」

「そ、そっか。一応自分でも見て回ろうかな」

「それもいいかもね。まあ結局おススメされたやつ選ぶと思うけど。バランス、組み合わせの関係で。じゃ、あたしも買いたいやつあるからここからは別行動で」

「あいよ」


 見繕ってもらった服をカウンターに預けて一人でそこそこ広めの店内を回る。

 これは鳴神が好きそうなやつ、これは森に似合いそうだな、この服既に吉良なら持ってるだろうな、などと考えることは鳴神たちのことばかり。

 二階に上がって上着類を見ていると何事かブツブツ呟きながら服を物色しているヤバげな女子が目に入った。

 灰色や黒なんかの暗めの色で全身を包んでおり保護色のように長めの黒髪がシルエットに溶け込んでいる。

 横顔に見覚えがあり近づいてみると向こうもこちらを見た。

 気が弱そうで、いつも教室の隅で本を読んだり手芸をしていたりするクラスメートの細田さんだ。ぶっちゃけほとんど話したことはないし仲が良いとか悪いとかそれ以前の関係性。つまりは偶然出会っても気まずさしか感じない。

 細田さんは何も言わず、僅かに頭を下げて小走りに去っていった。

 生地がどうとか呟きながら真剣に服選びしてたな。意外にオシャレさんなのかもしれない。


 一通り回ってみたがやはりおススメしてもらったコーディネート以上のものは自分で見つけられなかった。

 散々迷った末スポーティなやつではなく無難な方を選択。アクセサリー込みで一式購入した。


「お買い上げありがとうございます。ところでお二人は恋人同士だったり?」


 帰り際に特大の爆弾落としたよこの店員さん。


「「違います!」」


 愛野さんは視線で店員さんを殺さんとばかりに睨みつけてる。


「違いましたか。失礼しました。お似合いだと思うんですがね」

「行きましょ」


 愛野さんが俺の袖を引っ張って強引に退店させる。怒りのあまり耳を赤くさせてる。これは相当キてるな。そりゃ俺なんかと恋人扱いされたらキレるわ。

 店を出て少し歩いたことで落ち着いたのか普段のテンションに戻った愛野さんが口火を切る。


「どうだった?」

「勉強になったし俺一人じゃ絶対こんなコーデ思いつかなかったしお兄さん感じ良かったしで最高だった」

「でっしょ。さっすがあたしよね」

「でも本当助かったありがとう」


 立ち止まって目を見てちゃんと頭を下げた。


「ちょ、調子狂うんですけど。まあ感謝の気持ちはありがたく受け取っておくわ。今度カフェ で奢りなさいよ」


 横を向きながら片目でにらむようにこちらを見つつ尊大に腕を組んで見せる。そんなポーズも映えるなぁ。


「へいへい」

「何よその気のない返事は!」

「うるさいなぁ。道端で立ち止まってると迷惑だから早く行こうよ」

「先に立ち止まったのはあんたでしょうが!」

「そうだったわ」


 気恥ずかしい雰囲気を霧散させるようなやりとりが心地良い。


「ともかくこれで服装面は大丈夫でしょ。金曜日しっかりお披露目しなさいよ」

「いやまだ鳴神たち前にすると上手く話せなくなるから厳しいかも」

「そうだったわね。んまあ直接じゃないにしろあんたがオシャレってことがクラスで広まればいいでしょ。あたしもレクリエーションで柔らかい雰囲気出せるよう頑張るわ」

「おう」

「じゃね」

「じゃあな」


 前回と同じく駅のホームで別れる。

 着実に前に進んでる、よな。

 

 ◇◇◇◇◇◇

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