第3話 狐の嫁入り②

 ◇◇◇◇◇◇


「浅野ってキョロ充じゃね?」

「分かる! おれたちがいないときのテンションの低さヤバくね?」

「マジ? それ僕知らなかったな。そんなに違う?」


 先に帰るって言って教室を出たけど、机の中に教科書を忘れたのを思い出して引き返したら、いつも俺が一緒にいるメンバー、鳴神、森、吉良が、俺の話題で盛り上がっていた。教室の出入り口付近で身をかがめ、荒くなりかけている呼吸を必死に鎮めながら聞き耳を立てる。


「全然違うぞ。今度こっそり浅野が一人になったところ覗いてみ? くらーい顔してスマホいじってるだけだから」

「それな!」

「へえ。知らなかったな」

「吉良お前鈍いな~。クラスのほとんどが気付いてるのに。知らなかったのお前と浅野本人くらいじゃないか? オレたちといるときの調子乗りっぷりハンパじゃないぜあいつ。自分が面白いやつだと勘違いしてるのある意味面白いわ」

「浅野の中身のなさな。会話内容スッカスカでちっとも面白くないんだよなぁ。おれたちが笑ってやってるからクラスの皆も笑ってるだけで本来ダダ滑りだかんな」

「僕は普通に面白いって感じてたけどね」

「吉良は売れない芸人好きだもんな。やっぱちげぇわ。その天然さ少し浅野に分けてやれよ」


 キョロ充ってなんだ? 言葉の意味は分からない。分からないけど、バカにされていることはよく伝わってくる。

 俺たちって仲良い四人グループじゃなかったのか? 友達じゃなかったのか?

 今すぐ中に入ってそう問いただしたかったが、そうしたら取り返しのつかないことになりそうだからやめた。

 それから延々と俺をネタに三人は雑談を続けた。


「どうする? 浅野に現実教えてやる?」

「それいいかもな! 反応面白そう」

「そんなことしたら浅野が病んじゃうよ。それかキレ散らかすか」

「それはめんどくさいなぁ。浅野が暴走しないよう適度に相手してやるか。めんどいけど」

「結局めんどくさいパティーンな!」

「ほどほどに接するのがベストだね」


 これ以上聞いていたくない。そう心が叫んだのを自覚したころには既に走り出していた。

 ここじゃないどこかに行かなきゃ。


 ◇◇◇◇◇◇


「って感じ、なんだけど」


 思い出したくもない記憶を引っ張り出したから話してる間はかなり辛かったけど、吐き出し終わると少しホッとした。辛い出来事を誰かに話すことって大事なんだな。


「んー、まあそうなるでしょうね」

「そっか。昨日その場にいたんだもんな。知ってるか」

「知らなかったわよ。恋愛話するまで鳴神たちの会話なんて耳に入ってこなかったし。ただあんたが鳴神たちにそう思われてても仕方ないなって感じ」

「どういう意味だよ、それ」

「そのまんまの意味よ。教室でのあんた、鳴神たちの言う通りザ・キョロ充って感じだし」

「そもそもキョロ充って何だ?」


 聞いてしまった時は俺の悪口を話しているという事実で頭が一杯になって会話内容まで思考を回せなかったが、愛野さんに話すことでようやくそちらにも目を向けることができた。


「改まって聞かれると説明し辛いわね。感覚では分かるんだけど。ネットで調べてみましょ」

「そうするわ」


 スマホで検索。上位ヒット群の内容をまとめていく。

 調べて見て分かったのは、リア充や陰キャという言葉ほど認知度は無く、定義も定まってない。けれどどのサイトでも共通してる事項がある。

 メモ機能にその共通事項を箇条書きで記録。


・一人でいること、ぼっちになることを恐れ、知り合いがいないかキョロキョロ探している様子が語源

・常に人の目を気にする

・リア充グループの一員と本人は思い込んでいる(実際は金魚の糞)

・自分がなく中身がスカスカ。薄っぺらい。流されやすい

・一人では何もできない

・分類上はリア充。リア充の中の底辺

 とのこと。


「これが、俺に当てはまってる?」

「うん。清々しいほどぴったりね。鳴神たちが言ってた内容とも一致するでしょ」

「マジ、か」


 認めたくない。認めたくない、が、自分の行動言動を振り返ってみると当てはまっている部分が多い気がする。


「どう? 納得できた? 自分が鳴神グループの一員じゃなかったって」

「納得したくないけど……。ってか教室でほとんど絡みがない愛野さんにも分かるくらいって」

「そういうこと。それくらい致命的にあんたはキョロ充なワケ。やっぱり人間って自分を客観視できないものなのね~。ウケる」


 ややバカにするような声音にイラっとする。

 愛野さん同様俺も傷ついてるっていうのが分かってないのか。


「ウケるよな。愛野さんもそうだもんね。失言のせいでって言ってたけどそれはキッカケに過ぎなかったって分かってないもんね」

「は?」


 突いていた頬杖を解き、怒気をはらんだ瞳で睨めつけてくる。

 一瞬怯むもさっきのイライラが継続しており、口を止めることが出来なかった。


「だから、愛野さんも自分を客観視できてないって。ろくに関わりのない俺でも分かるほど致命的なんだって」

「へぇ。ふうん。あっそう。聞かせてもらおうじゃないの。言ってみなさい。怒らないから」


 小説とかで顔は笑ってるけど目が笑ってないって表現見かける度にそれどんな表情だよとツッコみを入れていたけれど、今目の前のこれがまさにそうだった。口角や眉じりは上がっているのに目じりが下がっていない。


「正論言いすぎ。高圧的で感じ悪い。時間にルーズ。他人に興味無さそう。自分本位」

「ちょ、そこまで言うコトないでしょうが!?」


 身を乗り出して驚き半分怒り半分の声音で迫ってくる。


「傍目から見るとそういう印象なんだよ。昨日だって朝教室入ったとき、細田さんに向かって通路狭くなるから椅子引けって偉そうに言い放って場の空気悪くしてたし」


 細田さんというのはうちのクラスの気の弱い女子だ。いつも愛野さんを恐れている印象がある。あと何か机で編み物とかそういう類のことしてる。そういうのが気に食わないのか愛野さんは度々細田さんが作業中に睨みつけており、そのせいで細田さんが余計ビビるという。可哀そうだ。


「あんただって空気悪くさせてるじゃない!」

「はぁ!? いつどこで!?」


 予想外の言葉に動揺が隠せない。身に覚えが全く無かったから。


「いつもよいつも! 鳴神たちしか見えてないからか周りのこと一切考えてないアホほど大きい声量。クラスメートたち迷惑そうにしてたわよ。自覚して無かった? その鈍感さのせいで鳴神たちにあんなこと言われるのよ」 

「もうやめてくれ!」


 耐えられず耳を塞ぐ。鳴神たちの陰口、無自覚に迷惑をかけていたことのダブルパンチで昏倒寸前だ。

 しばらく沈黙が続く。

 愛野さんが紅茶のカップを置く音で、俺は耳に当てていた手を外した。

 目を開くと、うつむいている愛野さんの姿が。


「悪かったわね。言い過ぎたかも」


 殊勝なその態度に、俺も落ち着きを取り戻す。


「俺も言い過ぎた。ごめん」

「何やってんだろうねあたしたち」

「それな。昨日お互いキツイ目にあったのに」


 乾いた笑いを交わす。喧嘩になりかけたが俺も愛野さんも精神的に疲れていたせいかすぐおさまった。


「ま、話聞いてもらったことだし一応感謝しとくわ。ありがと」


 愛野さんらしくない儚げな笑顔。どもらないように必死に自分を抑えつける。


「こちらこそ。話して楽になった部分もあったよ」

「じゃあ話すことは話したし帰りましょうか」

「そうだな」


 会計を済ませ、店を出る。

 雨が降り出していたため、折り畳み傘を取り出す。

 歩き出そうとしたら愛野さんに袖を引かれた。


「ん?」

「傘持ってない」


 愛野さんが呆然とそう呟く。


「ああ。予報だと今日晴れだしな。持ってきてないのも無理ないか」


 そうこうしている間にも雨は勢いを増していく。

 気まずい沈黙。これ、あれか。俺が声かけなきゃいけないやつか。

 勇気を出して、入ってくか? と言おうとしたとき。


「こういうときは『送ってこうか?』でしょ。ほら、早くあたしのためにスペース空けなさい」


 と尊大に言い放った。

 あまりにもらしい言い方にフッと小さく笑い声が漏れる。

 恥ずかしがってるのがバカらしくなってきた。


「はいはい。空ける空ける」


 相合傘なんて呼べる雰囲気ではとてもなく、雨に対してひたすら文句を言う愛野さんに相槌を打つだけだった。が、昨日辛いことがあったせいだろうか。そんな何でもないやりとりでなぜだか愉快な気持ちになった。


「あたし反対のホームだから」


 駅に到着。屋根があるところに入ってすぐ愛野さんは俺から離れた。


「うん。じゃあな」

「ん」


 愛野さんは短くそう返し、背を向ける。

 昨日と同じように、遠ざかる背中に手を伸ばしそうになった。

 ただ話して、話を聞いて。それだけで良かったのだろうか。これで終わりでいいのか。

 伸ばしかけた手を下ろす。握りこむ。踏み出す。


「愛野さん!」

「何よ。急に大声出して」


 振り返る。長い茶髪がたなびいて目を引く。


「協力、しないか。俺、このままじゃダメなんだ。変わらなきゃいけないんだ。愛野さんだってそうでしょ? 愛野さんの言う通り俺は自分を客観視できてない。だから、見てくれる人が必要なんだ。だから」


 唐突に言葉が詰まる。言いたいことが一気に溢れ出して舌が回らない。

 あうあうと口を開閉させている俺に愛野さんはプッと吹き出した後、背を向けて歩き出した。

 無視されてしまった。今までほとんど関りが無かったやつにこんなこと言われても気持ち悪いだけか。

 自分でも驚くほどショックを受けながら、反対方向のホームへ足を向けようとしたとき。


「来週の日曜日、またあのカフェで」


 こちらを見ないまま小さな手をひらひら振りながら、愛野さんは階段の影に消えていった。

 それって、了承した、ってことでいいんだよな?

 柄にもなく手元でガッツポーズを作ってしまう。

 昨日、どん底に落ちたと思ったけど。

 その中で一筋の希望が見えた気がした。

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