第6話:青の騎士

 暫く歩くと、

「お、いたな。あいつだ」

 クロウが目の前のものを指さす。


「あ、あいつは......!?」


 クロウが指さしていたのは昨日海翔が襲われた黒い化け物だった。

 昨日と同じ様に輪郭がぼやけており赤黒い目が不気味に輝いている。


「名前は堕天使って言うらしいな。とにかくあいつを倒せばズィルバーカードが手に入る。何でかは……。聞くんじゃねぇぞ」


 どうやら理由は分からないが、あの黒い化け物を倒せばズィルバーカードが手に入るみたいだ。


「なるほど。僕らはカードを手に入れて、ついでに人助けも出来て一石二鳥って訳だね」

「人助け? まぁそれはどうでもいいが。行くぞ海翔。カードホルダーは出せるな」


 カードホルダー? 聞きなれない言葉が飛び出し、海翔は首をかしげる。


「いや、出せない。どうやるの?」

「出ろ! って強く意識してみろ。そしたら出る」


 言われた通り左手に意識を集中させてみる。

 すると、左手の上に光の粒子が集まったかと思うと昨日見た、辞書のような本が出現する。


「よし、後は分かるな。剣を出しとけ。それじゃあ、行くか」


 クロウが武器も持たず化け物に突進していくので、海翔は慌ててカードを使用した。

 すると、昨日と同じ様にクロウの手に剣が出現する。


 クロウは化け物の攻撃を華麗に避け、隙を見て斬撃を叩きこむ。

 化け物は地面に倒れると跡形も無く消えた。すると、化け物がいた場所からシルバーのカードが浮かび上がってくる。


「まずは一枚目だな。この調子でいくぞ」


 そう言うとクロウはカードを海翔の方へ無造作に投げて来た。


「おっと、わっ」


 海翔がカードを受け取るとカードは消え、その代わり、ホルダーに新しくカードが増えた。

 なるほど、自動で収納してくれるシステムらしい。


「おい、何してんだ海翔。次行くぞ、次」


 そこから海翔たちは十数体の化け物を倒した。

 町中を駆け回ったので海翔はもうヘトヘトだ。


「うし、今日はこのくらいにしとくか。おい、海翔今どのくらいだ」


 ホルダーをクロウに手渡す。


「結構あると思うんだけど、天使と戦う時はそんなにカード使う物なの?」


 クロウはホルダーのページを、パラパラめくりながら答える。


「ゴルトとズィルバーではとんでもない違いだからな。数があるに越した事はねぇよ。よし、こんなもんだろう。帰って作戦会議だな」


「作戦会議?」


 クロウはニヤッと笑って言った。


「ああ、マカイズを狩るためのな。あいつには昨日の礼をたっぷりとしてやらねぇなんねぇからな」


 クロウはクックックと不気味に笑う。

 天使というには似合わないほどの悪人顔だ。


「そういえばさ、戦闘の時なんで僕も付いていかないといけないの? カードも自分でやったほうが早くない?」


 海翔は歩きながらクロウに聞いた。

 町中を回りながらずっと疑問に思っていたのだ。


「俺もそうしたいのは山々なんだがな。そういう訳にもいかねえ理由があるんだ」


「ズィルバーカード……もうズィルバーでいいか。ってのは契約者が、というよりは人間が使わないと百パーセントの性能を発揮できないんだ。ただでさえ弱えのにこれ以上は使い物になんねえからな」


 わざわざ海翔を連れまわしているという事は、もしかしたらクロウだけなら化け物を倒すのも苦労するレベルなのかもしれない。


 なんていうか言葉の節々から仕方なく連れまわしてやっている感がにじみ出ていたのが少し気になったが。


「無意味に連れまわされてたら嫌だったけど、それならいいや」

「あん? 何言ってんだお前。そんな訳の分からん事する訳ねえだろう」


 住宅街を歩いていく。

 すると目の前にまたあの化け物が突然出現した。


「行くぞ、海翔。ついでに狩って帰る!」


 クロウは全部言い終わる前に既に突撃していっていた。

 海翔は慌ててカードを取りだす。

 クロウが言っていた通りホルダーはもう無意識に出現させられるようになっていた。


「カードインストール<ソード>!」


 何も持っていないのに既に振りかぶっているクロウの手にギリギリで剣が出現する。

 そのまま腕を振り下ろし、化け物は真っ二つに引き裂かれた。


「こいつは一体分儲けたな」


 嬉しそうにクロウが出現したカードを海翔に投げてくる。

 これにも、もう慣れたので特に慌てる事もなく受け取る。


「精が出ますね、クロウ」


 突如、上の方から聞きなれない声がする。

 聞き心地の良い、落ち着いたトーンの声だ。

 声の聞こえた方を見ると、民家の屋根にクロウと同じような雰囲気の男が立っていた。


 ただ、クロウとは正反対青を基調とした格好で、優雅な雰囲気だ。

 自然な動作で飛び降り、クロウの前に音もなく着地する。


「何の用だ、ソウ」

「何の用だとは冷たいですね、折角久しぶりの再会だというのに」


 青の天使—―ソウはにこやかにクロウとの再会を喜んでいる。

 後ろ姿なので見えないがクロウはきっと嫌な顔をしているだろう。


「用がねえなら帰れ。それともここでやるか?」

「いつでも喧嘩腰なのはよくありませんよ、クロウ」


 ソウが腰に手を当てて、やれやれと肩をすくめた。。


「うっせえ、本気でぶっ殺すぞ」


 クロウは顔だけこっちに向け、武器をよこせと目で訴えてくる。


「全く……。せっかく今、あなたの欲している情報を差し上げようと思って来たのに」

「情報だと……?」


 クロウは今にも殴りかかりそうな感じだったが、情報をくれると聞き、腕を組み話を聞く態勢になった。


「ええ。知りたくありませんか? マカイズの契約者がどんな人間か」

「どういうつもりだ。そんな事してお前に得する事はないはずだが」


「私の契約者の意志です。という事なので見返りは期待してないので大丈夫ですよ」


ソウは人差し指を唇に当て、秘密というポーズを取る。

 クロウは「気持ちわりい」と言って、舌打ちをしていた。


 クロウはともかく、なんだか美味しい話過ぎて怪しさがプンプンする。

 クロウもそう感じていたが、とりあえず話は聞くことにしたらしい。


「では、始めますね。まず名前は、湊孝輔。この近くの私立大学に通う学生ですね。両親、弟の四人暮らし。学部は……」


 勿体ぶった割には普通の話だったのでクロウは分かりやすく苛立っている。


「おい、俺は暇じゃねえんだ。帰るぞ」

「まぁまぁ、重要なのはここからですよ。趣味は読書、映画鑑賞、そして……生き物の命を奪う事」


 とつぜん、流れがおかしくなった。

 生き物の命を奪うってどう考えてもおかしい趣味だ。

 流石におかしいと思ったのか、クロウも口を挟むことなく黙っている。

 それを確認したうえでソウはまた話し出す。


「そして、この男が最近巷を騒がせている連続猟奇殺人事件の犯人です」

「なるほどな。あのサイコ野郎の契約者にはぴったしの奴って訳か」

「ええ」と言ってソウは話を続ける。


「どうやら、マカイズと契約した頃から殺人を始めたようですね。そして、これが彼の家の住所です」


 ソウが紙切れを手渡す。

 クロウは確認した後、紙切れをポケットにしまった。


「それで? なぜ俺にこの情報を流す。こんだけ調べたんだ。自分で行けばいいだろう」


「かもしれませんね。ですが、今回はあなたたちに行ってもらうのが私たちにとっても都合がいいのですよ」


「大体は分かったがそんな事言われて素直に、はい行きます。って俺が言うと思うか?」


 確かにそうだ。クロウは人にやれ、と言われてやるのは絶対に嫌なタイプに違いない。


「ですが、あなたは行くしかないんじゃないですか? あなたのカードの特性上『弾』はいくらあっても足りないでしょう?」


 ソウの手のひらで転がされている感じが気に食わないのか、クロウは小さく舌打ちをした。

 確かに時計という武器ではないカードの特性上クロウは常にズィルバーで戦わざるをえない。

 だが一枚でもゴルトを手に入れられたら多少は楽になるかもしれない。


「クロウ、僕は……」


 海翔は賛成の意志を伝えようとクロウの肩を叩こうとしたが、必要無いと言わんばかりに右手で海翔を制す。


「分かってる。マカイズは俺が狩る。その代わり手出すなよ」

「勿論」


 話を終え、クロウが海翔の方へ戻ってくる。


「海翔、明日はマカイズを狩りに行くぞ」

「分かった」


 海翔が返事をすると、ソウが海翔たちの方へ近づいてきた。


「あぁ? まだ何かあんのかよ」

「いえ、少しだけ。中川海翔。あなたと話がしたくて」


 ソウから海翔の名前が出てきて海翔は驚いた。

 こっちに話がくるとは思っていなかったのだ。


「な、なにかな」


 ソウはずっと絶やすことのなかった笑顔を突然止め、真剣な顔をして海翔に詰め寄ってくる。

 身長は百八十センチメートルくらいだろうか。

 目の前に立たれると威圧感がすごい。


「中川海翔。あなたは願いが無いそうですね」

「別に無いって訳じゃないよ」


「ではあなたは、この戦いに参加してまで何を手に入れたいのです?」

「それは.....」


 強い口調で海翔が詰められているのを見てクロウが会話に割って入ってくる。


「おい、俺の契約者にケチつける気か?」


「そういう訳ではありません。私はただ忠告しているだけです。そんな生半可な気持ちでは死にますよって」

「死ぬ? どういう事?」


 海翔の言葉を聞いてソウはクロウの方を見て呆れた様子で言った。


「クロウ、あなた何も説明していないのですか?」

「説明? 何を説明するってんだ」

「何をって、契約者も命を狙われる可能性があるって事ですよ」


 突如判明した、自分が命を狙われる可能性があるという事実。

 海翔は勿論驚いたが、不思議と恐怖感は無かった。

 本当に根拠は何もないのだがなぜか自分は死なない、そんな気がしていたからだ。


「大丈夫だよ。なんとなくだけど昨日マカイズに襲われた時点でなんとなく気づいていたから」


「では、なぜ? クロウに脅されているからですか?」

「俺はそんな事してねぇよ!」


 クロウが何か怒っているが今はとりあえず無視する。


「頼まれたから……かな。頼まれたら断れない、性分なんだ僕の」


 予想外の返答が返ってきたのかソウは拍子抜けたような表情をした。


「もし、その頼みのせいで自分に取り返しのつかない損害をこうむる事になったとしても?」

「うん、もしそんな事になっても僕は後悔しない。僕のやった事で誰かが喜んでくれているのならね」


 ソウは海翔の言葉を聞いて睨みつけていたような表情からさっきの爽やかな笑顔に戻り言った。


「そうですか。どうやら私は思い違いをしていたようです。

 非礼をお詫びします。クロウ、やはりあなたの目は間違っていなかったようですね」


「ふんっ。当然だ」


 またなぜかクロウは誇らしそうな顔をしていた。


「では、マカイズの件、頼みましたよ。それでは、失礼します」


 ソウは軽く会釈をして飛び去って行った。


「まさかお前がそんなお人好し野郎だったとはな」

「契約者がこんなお人よし野郎で気に入らない?」

「いいや、悪くない」


 クロウはそう言ってフッと笑う。


「そっか。まぁ性分だからね」


 これまで嫌だとかは思った事はないがこういう性分なのだ。

 今更変える事はできないだろう。

 まぁ、変える気も毛頭ないのだが。


 ふと思ったが、クロウと出会ってから妙に自分について聞かれることが多くなった。

 自分がどんな人間か、なんて改めて聞かれるとなんだか照れくさい。


「おい、聞いてんのか海翔」

「あ、なんだっけ」


 考え事をしていてクロウが呼んでいたのに全く気が付かなかった。

 顔を見ると少しムッとしている。


「だ・か・ら。あいつが割って入ってきて忘れそうだったが帰ったら作戦会議だからな。寝んなよ」


 すっかり忘れていた。

 そう言えばさっきそんな事を言っていた気がする。

 あぁ、風呂に入ってこのまま布団に飛び込んだらどれだけ気持ちがいいか……。

 想像するだけで眠気が襲ってくる。

 頬を叩き眠気を吹き飛ばし、返事をした。


「分かってるよ。手短に頼むね」


 その後、作戦会議で決まったことは、ぶわーっとマカイズの拠点に突撃して、さくっと契約者を始末して、ばっとマカイズを倒すという、およそ会議をしたとは思えないお粗末な結論だった。


 おかげで、すぐに眠る事ができたのだが……。

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