第4話:ゴルトとズィルバー

 マカイズに襲撃された路地から徒歩で約十分。

 一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街の内、曲がり角から三つ目が海翔の住んでいる家である。


 幼い頃死んだ父が家族に残した財産だ。

 まぁローンという負債も残していったが。


 鍵を開け、家の中に入る。

 母親は今日も夜勤なので、家の中は真っ暗だ。


「まぁ上がってよ。あ、靴は脱いでね」


 靴のまま上がろうとしたクロウを制しつつ自分の部屋に案内する。


「何か食べる? 簡単なものなら作れるけど」

「俺たちは何も食べん」

「あ、そう」


 海翔は適当なパンをいくつか持って自分の部屋に向かう。

 普段は冷蔵庫にある材料で適当に夕食を作るのだが今日はそんな気にはなれなかった。


「それで、さっきのは一体何だったのかな」


 海翔は机の前に座って気になっていた事を聞く。


「ああ、さっきのはな……天使だ。勿論俺もだが」

「天使? そんなの漫画の世界だけだと思ってたよ」

「何を言っているのか分からないが、お前の目の前にいる俺自身が証拠だ」


 はい、論破とでも言いたげなクロウの表情。

 なぜこんなに自信あり気なのかは分からないが確かにそうだ。


 人間離れした整った顔立ちに、どこか透明感のある赤い髪。

 そして金属のようにも見えるし布のように見える不思議な材質の服。


 どこをとっても人間ではない。

 こんな決定的な証拠を突きつけられたら誰だって認めるしかないだろう。

 天使が存在しているという事を。


「何で襲われてたの? あの紫の天使……ええと」


「鎌使いの死神、マカイズだ。で、なぜ襲われてたのかだったな。心して聞けよ」

「……、分かった」


 天使なのか死神なのか、はっきりしてくれとは思ったが、余計な事を言うと怒られそうなので口をつぐんだ。

 長くなるそうなのでパンを食べながら聞こうとパンの袋を開ける。


「まず、俺のほかにあと六体の天使がいる。俺たちはある時、神に生み出され神の間と呼ばれる所で育った。そして、ある時神は言った。


『私の命はもう長くない。お前たち七体で互いに殺し合い、カードを奪い合え。そして七枚のカードを集めた物を次の神とする。』ってな。そんな訳で俺たち天使は次の神になるべく殺し合いゲームをしてるって訳だ。理解したか?」


「うん、分かった。どっかで聞いたことあるような設定だからね。でも、そのカードって?さっき七枚どころか一杯あの本に入ってたと思うんだけれど」


 七枚のカードと聞いて海翔は不思議に思った。

 なぜならさっきの戦闘の時に開いた本にはシルバーのカードがたくさん収納されていたからだ。


「ああ、カードには二種類ある。一つは俺たちが持つ、ゴルトカード。もう一つはあの化け物がもつズィルバーカードだ。まぁ俺もよく分かっちゃいないんだがな。ゴルトカードは一点物、ズィルバーカードは量産品って感じだな」


「そっか。じゃあ、皆ズィルバーカードを使って戦うって感じなのかな」


 それを聞いてクロウは難しそうな、いやどちらかと言うと悔しそうな顔をした。


「いや、ズィルバーカードを使ってんのは俺だけだ」

「なんで? ズィルバーカードが量産品ならゴルトを使った方が有利なんじゃないの?」


 当然の疑問だ。

 一点物と量産品なら一点物の方が強いに決まっている。

 その証拠に鎌とぶつかり合った時クロウの剣は折れてしまったのだ。

 相手の鎌は傷一つ無かったのにも関わらずだ。


「それは……。俺のゴルトは戦闘用じゃねぇからだ」

「戦闘用じゃない? じゃあクロウのゴルトはなんなの?」


 クロウは「これだ」と腰に付けていた懐中時計を指さす。

 懐中時計ではあるが、針は少しも動いていなかった。


「……確かに戦闘では使えなさそうだね」


「ああ。だがただの時計じゃねぇんだぜ。一時的に敵の動きを止めたり自分の動きを早めたりできる」


「え、そんなのできたら最強なんじゃないの?」


「いや、何回か試したんだがな。天使には全く効かなかった。どうやら自分のカードよりランクの低い奴にしか効かないらしい。あのクソ親父俺にだけクソカード寄こしやがって。今思い出しても腹が立ってきやがる」


 クロウは恨めしそうに虚空を睨む。

 なるほど、確かに時止め能力は満足に使えたのなら最強だっただろう。

 そもそも海翔と契約をする必要すらなかっただろう。


「じゃあ、もう一つ聞いてもいい? 契約ってなに? 実際僕はどんな事をクロウと契約したのかな」


 海翔の言葉を聞いてクロウは少し呆気にとられた表情をして、その後あきれ返った顔をした。


「お前本当に何も知らなかったのか。二つ返事だったから経験者かと思ったんだが」

「いや、何も」


 ハァーと大きくため息を吐くクロウ。

 まさか海翔はそんなにヤバい契約をさせられてたのだろうか。

 今更ながら少し不安になってくる。


「俺たち天使は魔力の塊みたいなもんだ。上にいたときは問題無かったんだがな、こっちにいるときはどっかから魔力を補充し続けないといけない。そこで人間と契約するって訳だ。魔力を補給できるのは人間だけだからな」


「でも、契約っていうくらいだから僕にも何か得することがあるんじゃないの?」


 本来契約とは何かを失う代わりに何かを得るという物が主流だ。

 売買契約が最たる例だろう。


「勿論だ。お前たちは魔力を提供する代わりに何でも一つだけ願いを叶えてやる」

「願い?」


「ああ、何でもだ。金持ちになりたいだとか、恋人が欲しいだとか何でもいいぜ」


 願い。僕に叶えたい夢だとかそんなのはあるだろうか。

 少し考えてみる。金持ちか……。

 母親の仕事の負担が少なくなるのならそれもいいかもしれない。

 でも、何かが違う、今この願いは使ってはいけない、なぜだかそんな気がする。


「その願いってのは保留には出来るの?」


「ああ。俺の気が変わらないうちならいつでも。そもそも願いは俺が神にならないと叶わねぇしな」


 クロウはそう言って、なぜだか踏ん反りかえっている。

 なんて酷い契約だ。

 やっぱり僕はとんでもない奴と契約をしてしまったのかもしれない。


「まぁいいや。とにかくこれからよろしくね、クロウ」

「ああ、俺の足を引っ張るなよ」


 つくづく偉そうな奴だ。

 俺様と契約させてやったんだから感謝しろと言わんばかりに腕を組んでいる。


「おい、海翔。もう一度聞くが本当に今回の契約が初めてだな」


 さっきまで偉そうに笑っていたクロウが、一転して真剣そうなまなざしで海翔を見つめる。


「うん。記憶の限りでは僕は天使になんか会ったことないよ」


 海翔がそう言うと、クロウは難しそうな表情で何やら考え込む。


「そうか。じゃあ、この魔力量はなんだ? 才能か? いや、もしかすると……」

「うん? 何か言った?」


 最後何かボソボソ言ってた気がするので聞き返す。


「いや、何でもない、気にするな」


 気のせいだったらしい。


「ところでクロウはこれからどうするの? 住むとことか」

「あ? 決まってんだろ。ここだよ。ここが今日からの俺の拠点だ」


「……マジ?」

「マジ」


 今日から同居人が増えた。

 さぁ母さんにはどう説明するか。

 海翔がどう母親を説得するか考えていると、考えている事が分かったのかクロウが言ってくる。


「まぁ、心配するな。その辺はどうにかしてやる」


 どうにかしてくれるらしい。まぁいいや、と食事を続ける。

 ……。……。

 なんだか視線を感じる。何だろうと顔を上げるとクロウと目があう。


「なに?」

「なに食ってんだ? それ」

「ああ、これ? あんぱんだよ。半分いる?」

「べ、別に」


 クロウはプイッとそっぽを向く。

 断りはしたが依然視線を感じる。振り向くとプイっとそっぽを向く。

 徐々に分かってきた、こいつは面倒くさいタイプだ。


「よかったら、半分食べてみてよ。おいしいからさ」


 そう言って海翔は半分手渡す。


「し、仕方ねぇな。そこまで言うなら食べてやらんでもないぜ?」


 見るからに目がキラキラしている。

 これだけ感情の起伏が見てて分かりやすいと少し面白くなってくる。


「ま、まぁ悪くない。また味を見てやらんこともないけど?」


 お気に召したらしい。

 

 そしてこの後は、

「ああ、もう休んでもいいぞ」

 らしいのでもう寝ることにした。


 風呂に入りベッドで横になるとすぐに眠気が押し寄せてくる。

 やはり予想以上に緊張していたのかもしれない。

 海翔は気を失う様に眠りに落ちた。

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