EP03 露出を極めし者

「らっしゃいせー」

 夕方。学校も終わり、中古本販売店は学生などの多くの客で溢れていた。

 そんな混雑する店内の中、一か所だけあまり人がいないスペースがある。トイレ前、十八歳未満閲覧禁止の売り場である。

 最近ではコンビニで扱われることもなくなったりしているものの、こういった店ではカーテン等もなくちゃっかり置かれていることが多い。用のない人は勘違いされたくないので、それに気付くと大抵足早にそこを立ち去るのである。

 そんな中、トイレに行くフリをして一人の女子中学生がその前に足を止めた。当然、十八歳未満なので購入はできないが、ものによってはその場で読むこともできる。彼女はたまに通りがかる人の目に気を付けながら背表紙をよく吟味して、やがて読みたい本を決めたのか、棚にゆっくり手を伸ばした。

 グチャッ。

 耳慣れない音が彼女の耳に入ってくる。

 そして、伸ばした右腕の制服がみるみる赤く染まってくるのが見えた。

「なに……? こ、れ」

 手首から先が、本に挟まれていた。否、「噛まれて」いた。本にキバが生え、がっちりと彼女の手首に噛みついているのだ。

「い、いやああああぁぁぁぁぁ!」

 彼女の断末魔がフロアに響き渡るのと、本が彼女の手を噛み切るのがほぼ同時であった。




 まったく、学校ってもんはとにかく生徒に色んなもん押し付けてくるよね。校則にしても昨日の生徒総会にしてもそうだけどさぁ。それで家に帰ってからの行動すら縛ろうとしてくるの何なのまじで。

 ……そうだよ! 宿題やりたくないだけだよ!

「スミレェ、ちょっとお願いがあるんだけどぉ」

「宿題なら教えないよ」

「ちょ、まだ何も言ってないじゃん!」

 こいつ、とうとう私の心の中を読み始めやがった。元々鋭いやつだと思ってはいたけど能力者だったとは。

「ねぇ、お願いお願いお願いぃ! スミレしか頼れる人いないの!」

「私が頼れる人に勘定されてるのが納得いかない。一度も請け負ったことないでしょ」

「ね、親友でしょ? 一生のおねがぁい!」

 おら! 必殺上目遣い! 美少女の上目遣いを無視できる人間なんてこの世にいるわけが

「上目遣いやめて。あんたがやっても胡散臭さしかないわ。あと一生のお願いは昨日『消しゴム貸して』って件を聞いてやったから無効ね」

 くっそなんだこの女!!!! テコでも動かねえってか! 動かざること山のごとしってか! 武田信玄に憧れてんじゃねえぞこのヤロー!!!

「そんなこと言うんなら今日からスミレで百合の妄想してやるからな! スタイル抜群で生まれてきたことを後悔するんだな!!」

 へ3ん体のおかずにされるのはスミレかて嫌じゃろうて。

 ……おっ! ここまで言ってようやく教えてくれる気になったかな? スミレは自分の席を立ち上がってゆっくり私の近くまで来ると、満面の笑みで私の腕に優しく手を添えた。

「もー、最初から手伝ってくれてればいいものをさあ。それじゃあ早速宿題やりたいんだけdスミレさん肘は反対方向に曲がらないだだだだだ!!!!」

「スタイル抜群だって褒めてくれてありがとう」

 こいつ、これ以上ないほどの笑顔で暴力振るいやがって……この前のジャージの紐といい、今度こそ絶対許さなぎゃあああああああああああっっ!!!!!

「もーユリったらぁ、すっごい凝ってるじゃないのー。よくマッサージしてほぐしてあげるねー」ぼぎぼぎぐりっ

「やめっっ!!! 人体からしちゃいけない音してる!!! 豚骨砕いてる時みたいな音してる!!! すみませんでしたもうしませんからうぐふおぅうぇっっっ!!!」

「失礼します。浜崎さんはいらっしゃいますか」

「ふぁっ……??」

 両腕に次々と走る激痛に悶えながら教室の入口を見ると、誰かがこっちを見て微笑んでいるのが確認できた。だ、誰だぁ? こっちは今取り込み中だっての!! くっそ、冷や汗と涙で前がよく見えねえ……。えーっと、あれは……? あの凛とした佇まい……もしかして。

「せいらさん!」

「生徒会長に呼び出されるなんて……まさかあんた、本当に女の子に手を出したんじゃ」

「す、するわけないだろそんなこと! 私は百合を遠くから眺める清い変態だぞ!! というかいい加減離せ!!!」

 はぁああああ、やっと解放されたよぉぉ。腕に変な癖がついてそうだ……。あとでせいらさんに心から感謝の気持ちを伝えよう。

「と、ところでせいらさん、急にどうしたの? わざわざうちのクラスまで来るなんて」

「あ、えーと、その、ちょっとしたお願いなんだけれど」

 せいらさんはそう言うと目に見えてもじもじしだした。まさか告白か!?

「私たち、帰る方向が一緒でしょう? できれば二人で一緒に帰りたいのだけれど……」

 まじですか。ふざけて考えていたのにあたらずとも遠からずとは。

 美人居乳生徒会長から「二人で帰りたい」って言われるなんてなんか素でテンション上がるなあ。……でも昨日初めて話したばかりなのに進展早くないだろうか。ギャルゲーだったら絶対この後せいらさんに嫌われる出来事が起こる。

「あ、えっと、(ちらっ)もし先客がいるのなら無理に合わせてくれなくてもいいのよ」

「いやいやいや、その点は大丈夫。スミレは家が反対方向だしなんなら一緒に帰ってなんか絶対くれないから。なんならついていこうとした瞬間にボディーブロー入れられるから。ちっとも先客じゃないよ」

「まあ……友達ってそういうことをするのね。勉強になるわ」

 ちょっとまて、せいらさん変なことをインプットするんじゃない。

「ま、まあとにかくそういうわけだから、一緒に帰ろうよ。色々聞きたいこともあるし」

「ほんとですか!?」

 せいらさんは目をきらっきらさせて喜んでいる。ああ、この子今まで友達いなかったんやな……そのつらさ分かるよ……うん。

「ってことでスミレ、私はせいらさんと帰るから。また明日ね」

「お前は家に帰って布団に入ったら永遠に寝てろ」

 もー、スミレのさよならの挨拶は個性的だなあ。そんなスミレちゃんもかわいいよ♡


 ……なんてなるかボケ。明日覚えてろ。




「ごめんなさいね、急に教室まで押し入ったりして」

 校門を出てすぐ、せいらさんは歩きながらも腰を折って礼をした。せいらさん、こんなちゃらんぽらんな人間に対してきっちり礼するなんてもったいないよ。逆に私がものすごくこう罪悪感を覚えるからやめろください。

「いやいや、むしろ嬉しいよ。私もちょうどせいらさんと話したかったし」

「本当に?」

「私もー、ちょっとお願いというかなんというかがあってさー……」

「お願い? 私ができることならなんでもするけれど」

 ぐ、せいらさんの屈託のない純な瞳で見つめられると非常にお願いしづらい。しかしせいらさんに頼まないと私が死んでしまうので頼むしかねえっ!

「えっとー、その……さ。ちょっとだけ宿題を手伝ってほしいなー、なんて」

 スミレには何度だって言えるのにせいらさんに言うとなるとこっぱずかしいと言うかみっともない気がするというか……。何せ相手は学年でもトップクラスの成績の持ち主であり、なんだったら現生徒会長なんだから。恐れ多いにもほどがありまくる。

「あら、そんなこと? そのくらいだったらいつでもやるわ」

 どぎまぎしている私をよそに、せいらさんは涼しい顔をしてOKを出していた。

「え、ほんと? まじ?」

「家に帰ったら電話しながら一緒にやりましょうね」

「ありがとう! せいらさんは心の友だよ! マジ感謝!」

 天使! 女神!! もう抱きしめちゃいたい!! ……とは流石に口には出さなかったけど。

やっぱ持つべきものは生徒会長の友達だな!!

「私もあんまり友達と一緒にお勉強とかしたことないから、少し楽しみなの」

 お、おう。なんかせいらさんの交友関係が見えてしまってちょっと心痛むわ。

 まあ普通、「勉強会」なんて言ったって大体その口実で集まってゲームするのが目的みたいなとこあるしなー。ちゃんとやってる人は集まってやったりせず、一人きりで黙々とやるよねぇ。

「実は今日誘ったのも、ユリさんならそういう『普通の生徒』らしいことができるんじゃないか、と思って」

「普通の生徒?」

「ほら、そういう勉強会とか、一緒に遊びに行くとか、今までは自分を取り繕うのに必死でできていなかったから。色々と教えてほしいの」

 典型的な世間知らずのお嬢様のセリフやなあ。私はその案内人の役ってわけか。興奮してきたな。

「それにしたって、なんで私と?」

「それは、あなたが私自身を否定しないでくれたからよ」

 あー、昨日のあれか。私としてはそんな特別なことしたつもりはないんだけどなあ。変態仲間は大切にしなきゃいけないし。

「ほら、ふざけたり遊んだりするのだってある程度気のおけない仲じゃないと難しいでしょう? 腹を割って話せるような、そういう相手でないと。昨日も言ったけれど、私はこう見えて私なりにあなたを信頼しているの」

 急展開が過ぎる気がするけど、まあ褒められて気分が悪いわけはない。いやむしろかなり良い。これだけ好意寄せられたんじゃ私まいっちゃうねえあはあはあはは……っと、これ以上言うとどこからともなくスミレが現れて殺されそうだ。

「じゃあ今までしてこなかった分、これからいっぱいいっぱい遊ばなきゃな。にしても、普通の生徒らしいことってなんだろ……。買い食いとか?」

「買い食いね……。聞いたことはあるけれど、具体的に何をするのかしら」

「とりあえず経験あるのみ、行ってみようよ」

 気分がノッてきたしせいらさんの手を取って案内する。なんか本当に仲良しこよしって感じがして嬉しいネェ。

「右に曲がってすぐのところにコンビニあるから、そこでアイスでも買お!」

 と、まさにその角を曲がった直後だった。

 ぐわしゃああああああああん!!!!!!! ……と耳が壊れるような爆発音がしたかと思うと、コンビニのすぐ隣の建物から煙やらガラスやらが飛び出してきた。

 な、なんだなんだ!?? まさかテロとかそういうのか!???

「ユリ! とても強力なにおいがするロ! 例の化け物ロ!」

 だああああっ!! だから痛ぇから暴れるなっつーんだよこのクソが!! 毎度こんなことやられたら本当にいつか肩が粉砕してまうわ!!!

「え、ユリさん、これって……」

 しかもせいらさんにロー太見られたし……あーもう面倒くさい!!

「とりあえず説明はあと! ロー太、せいらさんを安全なところに!」

 このポンコツ妖精が使えねえから状況がよく分からないけど、化け物がいるってなら変身して突っ込んどきゃ間違いはねえだろ!!


 そうだなあ、例えばひっそりと静まり返った図書室の通路。二人で示し合わせて人が一番少ない専門書の棚へ。

『こんなところで、ダメだよぉ』

『そんなこと言って、結局断らずに来たじゃん』

『そ、それは』

『ほぅら、あんまり大きい声出したら見つかっちゃうよー?』

『も、もう、ばか』

 そして気付かれそうで気付かれない、そのドキドキでさらに二人はヒートアップして


「おっと、危うく妄想に完全に入り込むところだった。変身!」

 いつものごとく身体が宙に浮いて光り始める。三回目ともなれば慣れたもの! さあ、きょうの衣装ガチャのお時間です。黒を基調とした服に白のアクセント、そして裾と袖にはレースのフリフリ……。

「メイド服か。なるほど悪くないね」

 ちょっと恥ずかしいけど、でも一度は着てみたかったんだよね。よっしゃあ! 戦うメイドさん出陣じゃ!!

『がぶがぶ!』

「ん? なんだありゃ」

 ビルに近付いていくと、ガラスが吹き飛んでもくもくと煙を挙げている窓から無数の物体が飛出してきた。そいつらは鋭いキバをガチガチ鳴らしながら辺りを浮遊している。

「あれは本……というかエロマンガ???」

 確かにそいつらの表紙にはおっぱい丸出しの二次元のエロ絵が描かれていた。なんじゃこの不思議な光景は。エロマンガの大反乱か何かか??

 とか考えてたら、さっきの窓から今度は人間の姿をしたものが出てきた。恐らくこいつが化け物本体だな。今回は本体自体は普通の人間っぽいな。

「とりあえず先手必勝! くらえ! 音波攻撃!!」

 前回鋼鉄マンにやられた反省を踏まえて、遠距離から本体に向かって音波を発射する。連続で発射すりゃ多少の牽制にはなるだろ!!

 勢いで放った音波は分散してエロマンガの集団にぶつかったが、エロマンガたちは特に大したダメージもないようで、一冊も撃墜はできていない。クソ、どうなってやがんだ。

「……紙は音を吸収するってことか」

 軟性のあるものは衝撃を吸収できる。音なんかは波も小刻みだから、柔らかい紙に打ち消されちまうんだろうな。……って実はこれかなりピンチなんじゃね?

 私の武器はこのステッキのみ。化け物本体の周りには音波を吸収できる紙がうようよ浮いている。おまけに距離がありすぎて化け物の声が聞こえないから、相手の性癖を探ることさえできない。

「クソが! とりあえず近付くしかねえってことか!」

 固まってても意味がないことだけは確かだからな。意を決して宙を蹴り、縦横無尽に飛び回るエロマンガの壁に突っ込んだ。うようよいるとはいえ、エロマンガ一つ一つの大きさなんかたかが知れてるから間を売り抜けていけるはずだ!

 しかしその見通しとは裏腹に、エロマンガたちは素早い動きで私に体当たりをしてきた。くっそ……邪魔だお前ら!!

『がぶがぶ!』

「ぐああっっ! てめえやりやがったな!!!」

 衝突を回避しようと移動速度を落としたところに、今度は鋭いキバを突き立ててきやがった。見ればエロマンガが左肩全体を飲み込んで、二の腕、わき、鎖骨にまでキバが食い込んでやがる。クソ、こんなに素早いなんて聞いてねえぞ! AV女優の腰つきじゃねえんだからよ!!

 いてえ。夢かって思うくらいいてえ。魔法少女になるってこと、ちょっと舐めてたかもしれない。いや、分かってたつもりだったけど実感が伴ってなかった。こんなことならロー太に言われたときに安請け合いするんじゃなかったよ!!

「あとでアイスの一本でも奢れやあああああぁぁぁぁ!!!」

 噛みついた一冊に対して至近距離で最大出力の音波を飛ばす。どうにかその一冊は引きはがせたけど、怪我が酷くて血が噴水のように出続けてるし、そもそも左腕が少しも動かない。チクショーめ、腕の一本くらいくれてやるなんてセリフ、文字通りの意味で使う日が来るなんて思わねえじゃんか。

 気付いた時には、既に大量のエロマンガたちに包囲されていた。もう逃げようと思っても逃げられねえんだな。もうここからは真っ向勝負、必殺技『とにかく頑張る』を使うしかねえわけだ。

 一つだけ幸いなことに、この位置からなら化け物本体の言葉は辛うじて聞き取ることができた。

『創作デアロウト、非現実的デアロウト、性的消費ハ許サレナイ』

 何言ってんだこいつ。日本語なのは辛うじて分かるけど意味が分かんねえ。せいてきしょーひ? 何それ美味しいの??

「いやぁぁああ!」

 化け物の真意について考えあぐねているその時、突然向こうの方から叫び声が響いた。見れば、たまたま居合わせた通行人と思しき女性がエロマンガに襲われていた。それは流石にまずい!!

 全速力で女性のもとへ駆けつける。その時には既に、彼女の足には深くキバが突き立てられていた。頭の中で血管が切れるような感覚がした。

「うぅぅぅるぅぅううううああああああっっっ!!!!!」

 魔法なんか使う余裕も考えもなく、ステッキで力の限り噛みついているエロマンガを薙ぎ払った。一応はエロマンガを女性から引き離すことはできたが、女性の足は私の左腕と同じようにだらんと垂れ下がってしまっている。もしかしたらこの女性の足はもうダメかもしれない。

 化け物騒動で重傷者を出してしまったのは、これが初めてだった。クソ、クソが!! ぜってー許さねえ!!!

「早く、できるだけ遠くに逃げろ! 多分警察とか救急車はもうその辺に来てると思うから! 急げ!!」

「あ、あ」

「早く行け!!! がぁっ……ぐっっ……」

 彼女を逃がそうとしている合間にも、身体に無数のエロマンガが噛みついてきた。もうこれ以上ここにいれば命の保証はない。「エロマンガに襲われる」って字面からは考えられねえほどの地獄じゃねえかクソ。

 放心状態になりんがらも足を引きずりながら辛うじて逃げていく女性を見届けて、化け物の方を向き直る。もう私の中では、堪忍袋の緒どころかいろんなものがブチブチに切れている気がした。

「あああああああああああああああああああ!!!!」

 もはや怒りだけでそのボロボロの身体を動かしていた。身体に噛みつくエロマンガはどんどん増えていく。血液はドクドクと音を立てて流れ出る。でもそんなもん知るか!!! 私はあいつを倒す!!! 倒すまでは死なねえ!!!!

 そもそも手を挙げる相手がおかしいだろ!! 「悪い魔法使い」の目的は男の性欲を否定することだろうが!! なんで何の関係もない一般人を、女性を傷付けてんだよ!!!

「おかしいだろうがあああ!!!」

『性的消費ハァ』

 私ががむしゃらに戦っている姿を見て、化け物がなぜか口角を上げて流暢に喋り出した。

『性的消費ハ社会の問題ィ。存在ヲ認メルヤツラガイルカラエロマンガガ売ラレ続ケル。全員ガ悪イ。社会ニ生キルオ前ラ全員ガ悪イ!!!』

 そう言ってボイスチェンジャーを使ったような気持ちの悪い声で高らかに笑った。

 信じられない。

 そんなくだらない理由で彼女を襲ったのか。ふざけるな!

 エロマンガが嫌だからって彼女の命を奪おうとしたのか。ふざけるな!!!

 もはやそれは男に対しての攻撃ですらない。ただの無差別攻撃だ。テロだ。

「つーかそもそもてめえ自身はその『社会に生きるお前ら』に含まれねえのかよ!!」

 自分だけ棚に上げやがって。

 いや、分かってるんだ。こいつは性欲をねじ曲げられて生まれた化け物。真に受けるのは駄目だって分かってる。それでも、何の罪もない人が目の前で大怪我させられてるのを見て、黙ってられるわけないだろ!!!!

「てめぇ、私が直々にぶ、倒し、て」

 くそ、身体が言うこときかなくなってきやがった。まあこれだけ大出血してりゃ当たり前か……。チクショー……短い人生だったな。来世ではもっと百合を推しやすい世界になってればいいな。途端に視界が真っ白になって、身体が地面へ向かって落ちていく感覚があった。

「ユリさん!」

 倒れる瞬間、誰かに抱き寄せられた気がした。






「……というわけで、ユリは今化け物と戦っているロ」

 私はユリさんの言う通り、ロー太と呼ばれたこの珍妙な生物と一本隣の通りに逃げてきていた。そして今長い説明を聞き終わったところだ。

「ということは昨日、私もああなっていたということかしら」

「そういうことになるロね」

 もちろんユリさんを疑っているわけじゃないし、昨日の話はすべて信じていたつもり。でも実際目の前にこの妖精と化け物を見て、やっと現実味のものとして認識できたような気がする。

「まあせいらの時は暴れ方もそこまでではなかったし、怪我人や建造物の破壊もほとんどなかったロ。でも今回のはそれとはレベルが違うロ」

 確かに私が昨日目を覚ました時には、道路や橋が著しく壊れていたわけではなかったし救急車や警察もまったくいなかった。しかし先ほどのを見る限りかなり建物を破壊していたように見えた。ひょっとすればけが人や、最悪の場合死者すら出ている可能性も考えられた。

「ということは、今回はユリさんでも危ないってこと?」

「危険な目に遭う可能性は否定できないロ」

「っ……!!」

 もしユリさんに何かがあったら。私は悲しみのあまり学校すら行けなくなるかもしれない。せっかくこれから友達らしいことができそうだったのに。やっと友達と言えるような人ができたかもしれないのに!

「って、せいら! どこ行くロ!!」

「どこって、ユリさんのところに決まっているでしょう!!」

「魔法少女でもないせいらが行って何ができるロ! 最悪せいらが殺されるだけロ!!!」

 ロー太の言うことが正しいことは分かっている。私が行ったところで何もできない。むしろ足手まといになるも分かっている。でも!!!

 苦しい時に、危ない時に助けてあげられなくて何が友達なのかしら。私はユリさんを助けたい! せめて私に少しでも化け物に抗う力があれば……。

 ……そういえばさっき、ロー太はこう言った。『魔法少女でもないせいらが』と。

「もし……もし私が魔法少女になれればユリさんを助けに行ける?」

「魔法少女になれれば……ロね。でも、さっき説明した通り変身のためには強い性欲が必要ロ。せいらはそんなにえっちな気持ちになれるロ?」

「できるかどうかじゃなくてやるわ。だって……」

 だって彼女を助けられるのは私だけなんだから!!

「……とにかくいかがわしい気持ちになればいいのよね?」

「まあ簡単に言えばそうロ」

 だったら……。ビルの間の暗く狭い路地に入り込んで左右を確認する。よし、誰もいないわね。

 いつもあの河川敷をやればある程度いかがわしい気分にはなれるはず。スカートのすそを掴んで、下着を穿いていない乙女の花園が風にさらされるくらい高くたくし上げた。ビルの隙間風がスカートの中に入り込んできて、スースーとした何とも言えない感覚が下腹部に巻き起こる。さあ、これで変身してユリさんのもとへ……。

「何も起こらないロね」

「えっ?」

「性欲が、えっちなエネルギーが足りてないロ」

「そんなはずは……だっていつものように野外で露出しているのに……」

 ……いや、思い当たる節はあった。「いつもの河川敷じゃないから」だ。今は目の前に壁がある。スカートをたくし上げても目の前が壁なので、広く開けている河川敷のような解放感は得られない。少々恥ずかしくはあるものの、極めていかがわしい気持ちには届かないのかもしれない。

「そんな……じゃあどうすれば」

 私はユリさんを助けなきゃいけないのに。私がユリさんの一番の友達でいたいのに。私がユリさんを支える存在でいたいのに!!

「うーん。それならこれはどうロ?」

「何? 何か方法があるの? 私、なんでもするわ!」

 ユリさんを救うためならこの際なんだってやる。なんだってできる。

「露出してダメなら『もっと露出すれば』いいロ」

「もっと? でももう既に下着をつけずにスカートをたくし上げt」

「幸いここならだれにも見られる心配はないロ。さあ、ユリのためならなんでもするんだロ? できるできないじゃなくやるんだロ?」

「う……」

 恥ずかしい。見られたらどうしよう。後ろ指をさされそうで怖い。何より今まで築いてきたものが壊れるのが怖い。色んな思いが頭を巡った。スカートを掴む手が震える。

 でもユリさんは本当の意味で怖い思いをしているかもしれない。ロー太はさっき「死」という言葉を使った。つまり本当に死ぬかもしれない状態にいるのだ。私の恥じらいやプライドなんかユリさんの命に比べたらゴミみたいなものだ。

「ユリさん、今あなたのもとへ参ります!」

 もう震えることはない。無駄のない動きでブレザーを脱ぎ、リボンを取り、ワイシャツのボタンを外し、最後にスカートを下ろした。地面に置いたら汚れてしまうから、あとでよく洗っておこう。

 ……私は初めて、野外で全裸になってしまった。これ以上なく恥ずかしいけれども、それよりすがすがしさの方が断然勝っていた。

「……えっ、身体が光った?」

 一糸も纏っていない私の身体がみるみる光に包まれたかと思うと、次第に身体が軽くなってきた。

「よし! せいら! 変身だロ!」

「わ、分かったわ。変身!!」

 まるで子供向けのアニメか何かのようなセリフを叫ぶと、身体がふわふわと宙に浮いた。それに驚いている間もなく、今度は身体の周りに新たな衣服が生成され始めた。これが魔法少女への変身……!!

 数秒で変身が完了したようで、魔法少女になった私の衣服が見えるようになった。

「って、これは……?」

「小悪魔ロね。」

「いや、そこではなくて、露出度が高すぎないかしら」

 もはや局部を隠しているだけのような衣服だ。もはや服と呼んでいいのかどうかさえ怪しい。おまけに頭にはロー太の言うように小悪魔みたいなカチューシャが付いている。まるでいかがわしいお店のスタッフみたいな恰好ね。

「魔法少女のコスチュームは本人のその時の思考に左右されるロ」

 ……ということは私が露出狂だから露出度の高い衣装だってことかしら。何とも奇怪でハレンチなシステムね……。

「ということは、私は毎回露出度の高い衣装になるということかしら……?」

「かもしれないロね」

 そんな、そんなのって……。恰好が変わっても顔とかは当然そのままであるわけだから、知り合いに見られでもしたら学校生活どころか人生が終わってしまうわ……。魔法少女をするのも簡単ではないわね……。

「はあ……もうどうにでもなれって感じね」

「とにかく急ぐロ。ユリの性欲のにおいが急速に弱まってるロ」

「!? 分かったわ。すぐに行きましょう!!」

 急速に弱まっているということはつまりユリさんの身に何かあったということだ。思った以上に事態は一刻を争うのかもしれない。早く、早くユリさんのもとへ行かなくては!!

 ユリさんのもとへ向かうために全力で地面を蹴る。足が普段の数十倍軽い。軽いというか、もはや空中を蹴って推進力にできる。これが魔法少女の力ってわけね。五分くらいかけて走ってきた道のりをたった十五秒でひとっとびすることができた。

 ……いた! 無数の小さな化け物と、その真ん中に人間……いやあれも化け物なのかしら。そして、その手前にフリフリのメイド服を着た少女。きっとあれがユリさんね。

 状態は私の予想より遙かに酷い状況だった。ユリさんの身体中に小さい化け物が数十個くっついていて、そこら中から血が噴き出している。どう見ても絶体絶命だった。でも、それでもユリさんはまだ地面に足をついて立っていた。なんていう勇敢な姿なのかしら……。

 しかし私が姿を確認したその直後、ユリさんはフラッとしたかと思うと、そのまま後ろに向かって倒れ始めた。まずい、あのままじゃ……!!

「ユリさん」

 私は意識する間もなく、咄嗟に化け物がうごめく中に突っ込んでいた。助けなきゃ……絶対ユリさんを助けるんだ!!

『がぶがぶぇっ』

 化け物の中をなおも突き進む。何故だか両側にいる無数の化け物たちは攻撃してこなかった。いや、化け物たちは攻撃してきていたけれど、視界の端で何かがそれを食い止めていたような……細かいことはどうでもいい。この隙にユリさんのもとへ!!

「ユリさん!!!!」

 時間にしてコンマ五秒。私はすんでのところでユリさんが倒れる前にユリさんのもとに辿り着くことができた。後ろから抱き寄せて、お姫様抱っこに持ち直す。

「ユリさん!! しっかりして!!!」

 声を掛けてはみたけれど、起きる気配はない。このまま、化け物がひしめく中にいたんでは私もユリさんと一緒に化け物の餌食になってしまう。

「ユリさん、もう少しだけ我慢していて」

 今度はユリさんを安全な場所に運ぶため、勢いをつけて再度化け物たちの中を突っ切った。またも左右から化け物が飛び込んできたけれど、さっきと同じく全てはじき返された。その瞬間、ようやく私を守っているものの正体が見えた。布だ。私の腰、パンツのゴムの辺りから青い布が私に覆いかぶさるように広がって私を守っていた。もしかしたらこれも私の力……私の魔法なのかもしれない。

 布に守ってもらいながら最高速度で化け物のトンネルを突破し、そのままの勢いで現場から少し離れたところまで飛ぶ。追手が来ないのを確認してからユリさんをゆっくりアスファルトに下ろした。

「ユリさん! ユリさん!」

 くっついていた化け物を全部殴り飛ばして、ユリさんの肩を叩いた。でも反応はない。呼吸で胸が動いている感じすらなかった。こんな……こんなことって……。

「せいら! ユリ!」

「ロー太! ユリさんが……」

 私から少し遅れて駆け付けたロー太に瀕死のユリさんを見せる。

「どうすればユリさんを助けられるの」

「それは……ボクには分かりかねるロ」

「そんな! 何かふつうあるでしょう?? 魔法少女なんだから!!」

 そう私が必死に言ってもロー太は難しい顔をして黙っている。

 もう手遅れだと言いたいの? 必死でここに来たのに意味がなかったと言いたいの?

 私はユリさんを助けたい。そのために……そのためだけに私は魔法少女になったの!!!! お願い、私にユリさんを助けさせて!!!!

「ロ!!?」

「こ……これは?」

 強く願ったその時、私のパンツが光り輝いた。かと思うと、するすると白く神々しい布がパンツの後ろの部分から伸びてきて、そっとユリさんの身体を包み込み始めた。そしてユリさんはみるみるうちにミイラのように、全身をその布に包まれた。

 淡い光が空気をも包み込み、幻想的にも見えた。その状態が数十秒続いたのち、まるで役目が終わったかのように白い布が透明になっていき、最後は光の粒となって消えていった。

「ユリさん?」

 何が起こったのかは分からないけれど、とりあえずダメもとでもう一度だけ肩を叩いて声を掛けてみる。

「ふぁ、ふぁい! すみません先生!」

 すると一回目の声掛けですんなりと飛び起きた。さっきまであった致命傷の数々は跡形もなく消え、むしろ元気が有り余っているいるみたいだ。

「あれ? 私なんでこんなところで寝て……」

「ユリさん!!!!!」

「どぅわっ、せいらさん?? 突然抱き着いてどうしたの?? 発情したの?? というかその恰好どうしたの、新しい性癖に目覚めちゃったの???」

 良かった、本当に良かった!! 正直私ですら、さっきのユリさんの姿を見て絶対に助からないと思っていた。見ないようにはしていても肩、胸、お腹、足、腕の至る所に三センチくらいの赤い穴が無数に開いていたんだから。まさか治ってしまうなんて。

 虚勢でもユリさんを信じ続けてよかった……奇跡を信じてよかった。

「せいらの能力で怪我が治ったみたいロね」

「……あぁ、私、化け物と戦ってて襲われたのか。それでせいらさんが助けに」

 遠くの方に見える化け物たちを見て、ユリさんも思い出したみたいだ。さっきまでふざけた雰囲気だったのが一転、真剣な表情で化け物たちを見つめている。もしかしたらユリさんは生粋のヒーローなのかもしれない。

 ……さて、と。ユリさんが無事だった今、私がやることはただ一つしかない。

「え、せいらさん、どこに?」

「私は……私はユリさんを傷付ける輩を許せない」

「まって、私も一緒に」

「あいつは私が倒す。必ず」

 拳を握りしめて、一歩一歩化け物に近付いていく。

 許さない。許せない。露出している時とは違う興奮を胸に、どんどん化け物の中へと突き進んでいく。さっきから頭が破裂しそうなほどに血が上っている。これでも辛うじて抑え込んでいる方なのだけれど。そろそろ我慢も限界を迎えそう。

「せいらさん!! そのエロマンガ噛みついてくるから気を付けて!!!」

 後ろからユリさんの声が聞こえてくる。でもユリさん、心配はしなくていいわ。私は絶対に勝つ。絶対に倒す。その邪魔をしようものならエロマンガだろうが鳥獣戯画だろうが許さない。たとえ人間であっても、今の私なら殴り殺せそうだ。

『がぶがぶぇぇえっ』

 私の怒りに呼応するように、今度は赤い布が幾筋も伸びていって浮遊するエロマンガたちをがんじがらめにした。というか、既に私は自分で布を操れるようになっていた。怒りのままにエロマンガたちを捕まえ、握りつぶしていく。布がまるで手のように、私の感覚に寄り添い動いた。

「ユリさんを傷付けた、殺そうとした。……殺される覚悟はできているんでしょうね」

 気付けば浮遊していたほぼすべてのエロマンガが私の布に絡まり、再起不能になっていた。張り巡らされた赤い布はさながら化け物の血液みたい。赤いものを見ると、余計に頭に血が上った。

『性的消費ハ許サナイ。創作ダロウト許サナイィィ!!!!』

「奇遇ね。私もあなたを許すつもりはないの」

 残った最後の「一匹」にも赤い布を巻き付けていく。首、足、腕。これだけ巻いてしまえば、思い切り力を込めればどこかしら折れるだろう。いきなり首を折ってしまったのでは早すぎる。足から順番に折っていった方が苦痛を与えられるんじゃないだろうか。

『ソ、創サk』

 ……終わりよ。

 布に力を込めようとした、その時だった。急に捕えていたエロマンガたちの感触がなくなって、本体もその場で力が抜けて気絶したようになってしまった。絵の具でぐちゃぐちゃに描いたようになっていた髪や顔も、いつの間にか元の少女に戻っていた。

「やったロ! せいらが化け物を倒したロ!」

 ここで、私はやっと我に返って、少女をゆっくりとアスファルトへ下ろした。

 私は化け物を元に戻そうとするのではなく、確実に殺そうとした。ユリさんのためとはいえ、怖くなって手が震えているのが自分でも分かった。

「おーいせいらさーん、今何が起きたんだー?」

 遠くで見ていたユリさんが化け物がいなくなったのを見て駆け寄ってきた。

 ユリさんはそうは言っても化け物になってしまった子を元に戻すために戦っていたのだろうな、と考えると自分がみじめになって仕方がなかった。私は個人の感情に従って動いた。でも、それは正義でもなんでもないただの独りよがりなんだということを、この場で痛感していた。

 私自身の反省は一旦さておくとして、ユリさんの言ったことは確かに気になることではある。

 ロー太は「化け物性欲がねじ曲げられているので、元の性癖を攻めれば元に戻る」と言っていた。でも今のはただ怒りに任せて縛り付けただけ。正直もし元に戻っていなければ殺してしまっていた可能性が高いから、私としてはこれ以上なく救われたわけだけれど……。

「それについて、私さっき考えてたんだけどさ」

 ユリさんが化け物になっていた少女の安否を確認しながら言う。化け物を倒して何よりもまず相手の安否を確認するなんて、流石はユリさんだと思う。私は反省して固まっていたのもあるけれどそこまで頭が回らなかった。なんだかとても申し訳ない気分になる。

「アイツさ、『創作でも許さない』って言ってたんだよ。だから、もしかすると本当は『創作みたいな現実離れしたこと』が好きだったんじゃないか? だから触手みたいに布にまとわりつかれたことで性欲を満たした、とか」

「ああ! なるほど、それならあり得るロね!」

 そう考えるとやっぱり完全なる偶然だったんだな……。一歩間違えたら殺してしまうところだった、なんて言えばユリさんはどんな顔するだろう。嫌われてしまうかもしれない。いや、嫌われるどころの話ではなく人間として軽蔑されるかもしれない。私がしたのはそういうことだ。

「それにしても、せいらさんには助けられちゃったなあ」

 ユリさんはキラキラした目で私を見てくる。……やめて、そんな目で見ないで……。

「せいらさんめっちゃ強かったよね。めっちゃ群がってるエロマンガ押しのけてさあ」

 強くない……私は強くない。私は感情に負けた。私は弱い人間なの。

「せいらさんがいてくれたからこうして化け物にされてた子も回収できたわけだし、ほんとせいらさんには感謝してもしきれな……」

「違う!!!!!!」

 咄嗟に叫んでしまっていた。ユリさんと比べればひどすぎて目も当てられない私が褒められるなんて、私にとっては苦痛でしかなかった。この苦痛が罰だというのかもしれないけれど、私には耐えることができなかった。

「私は、私は化け物の中のこの子もろとも殺そうとしたの……ユリさんを傷付けられた、その怒りだけで動いた……だから私はユリさんが言うような素晴らしい人間じゃないの。私はヒーローに向いてる人間じゃなかったの!!」

 こんなこと、今ここでユリさんに言うことじゃないかもしれない。でも言わざるを得なかった。私みたいなのがユリさんと一緒にいる権利なんてない。このまま嫌われて関わらない方がいいんだ……。

「……じゃあせいらさん、こっち向いて」

 ユリさんは少しだけ真面目な顔をして、ゆっくりこちらへ近付いてきた。ここでこれ以上優しい言葉をかけられたら、私はここから逃げ出してしまうかもしれない。そう思うとまた自分が弱く思えて、奥歯をギリギリと噛みしめた。

 ユリさんは私に向かい合うように立つと右腕を引きながら左足を一歩前に出して……

 ゴッッッッッ!!!!!

「ゆ、ユリ!?? 何してるロ!???」

 一瞬何が起こったか分からなかった。地面に倒れて頬骨が痛んで、初めて殴られたんだと気付いた。

 ユリさんが私を殴るなんて……やっぱり私のことが嫌いになったのかしら。そうよね、それだけのことを私はしたのだから。

 顔を上げるとユリさんは私の目をまっすぐ見て言った。

「確かにせいらさんのしたことは悪いことだ。だから今ここで私が殴った」

 今日から絶交だ。そう言われるのをビクビクして待っていると、どういうわけかユリさんはニッと笑って手を差し出していた。

「だからこの件はこれで終わり! もう私が殴ったんだからいいだろ? これ以上責める理由はない」

「ユリさん……」

 これでこそ、これでこそユリさんね……。殴られた頬が痛いけれど、もうこれ以上この件で自分を責めることはやめよう、心からそう思えた。

「え、ちょっ、泣かないでよー。せいらさんはね、気負いすぎなんだよ。せいらさんはあまり経験したことないかもだけどさ、人間は失敗して当たり前なんだよ。私を見てみ? 勉強できない友達いない何かといやあママと喧嘩する。痛い目だって何回も見てるし。でもな、そんなの当たり前だって。確かに今回取り返しのつかないことになるところだったかもしれない。でもそれをいちいちくよくよしてたってどうにもならないだろ? 結果としてなんとかなったんだから、それでいいじゃねえか。反省して次に繋げれば、それでいいじゃねえか」

 私は河川敷でユリさんに本音を聞いてもらって、本気で友達になりたいと思った。けれど今はもう、友達とかそういう言葉では表せないくらい、ユリさんのことを尊敬しているし、一生ついていこうと心の底から思った。

「と、いうことでこれにて一件落着ではあるんだけど」

 そう言うとユリさんが今度は悲しげな顔をして周りを見渡す。

 大破して未だに煙が上がっている建物、大量のエロマンガが噛みついてボロボロになった高速道路の橋桁、たまたま通りがかって襲われたであろう人の血痕。下手なテロより死傷者は出ていることが予想できる。

 私は本当にとんでもない相手と戦っていたのね……。冷静になって初めて魔法少女になるという選択の意味を思い知った。

「私は建物の中も見てくる」

「ま、まってユリさん。あの中は多分……」

「多分、ひどいことになってるだろうね。正直、死んでる人も一人や二人じゃないと思う」

 死。その一文字の単語が心に重たくのしかかった。恐らくそれはユリさんも同じだと思う。

「でも、直視するのがつらい有様でも、私が駆けつけることで何とかなる命もあるかもしれないだろ。だから、行かなきゃ」

 さっき教室でのんきに喋っていたとは思えない真剣な目をして、ユリさんはそう言った。

 ユリさんが行くのなら私が行かない選択肢はない。むしろ、さっき犯しそうになった過ちをここで挽回しなければいけない。

「私も行くわ。さっきのユリさんみたいに、私の能力である程度の重症患者でも治せるかもしれないし」

「そうこなくちゃ。それでこそ『魔法少女せいら』だ」

 二人で顔を見合わせて、強く頷いた。そしてじっとりとした嫌な汗をかきながら、割れた窓に足を掛ける。

 そこは正真正銘の地獄だった。




「私、許せないわ」

 警察署の中。救護室の前でせいらさんと二人、廊下の固い椅子に座っていた。救護室では、化け物にされていた女の子が警察の人たちから事情を聞かれている。

「うん。そりゃ私もだよ。一人怪我させられてただけで怒り狂ったのに、何人も殺されてたら、もうなんつーか……」

 拳をさらに強く握る。さっきのせいらさんじゃないけど、本当なら何かに当たりたい。何かを壊して壊して壊し尽くしたい。

「許せねえ……だからこそ早く親玉を見つけてぶっ叩かねえと……」

「えぇ」

「そのためにも、ザコ敵たちは被害者が出る前に一瞬で片付けちまわないとな」

 ここで悩んでたって怒ってたってどうしようもない。次は被害者を出さない、それだけだ。それが私ら、魔法少女の使命なんだからな。

「聞くことは聞き終わったから、話すならどうぞ」

 私たちの話が終わってすぐ、ようやく純さん含む警察の人たちが中から出てきた。純さんがそう声を掛けてくれたから、スプリングが一部露出している固い椅子から立ち上がって病室のような部屋にノックをして入った。警察の人が聞き漏らした情報も魔法少女の私たちなら聞き出せるかもしれないからな。みっちり話を聞こうじゃないか。

「うぃーっす、こんちゃー、げんき?」

「こ、こここ、こんにち、わ」

 変に緊張させてもあれかなと思って軽く挨拶してみたけど、若干引かれてる? ま、いっか。反応を見るにこの子はあまり人と話すのが得意な方ではないっぽい。

「警察の人たちはなんだって?」

「え……と、み、道で倒れてた私を保護したから、その、なんで倒れてたのかって」

 なるほど、警察はあの惨事については言わないで化け物にされた時の状況を洗い出そうとしたわけか。それは多分、正しい判断だと思う。今この子に「あなたは化け物になってたくさんの人を殺しました」などと言ってもただ混乱させるだけだろうし、そもそも本人の意思とは完全に無関係なのだから変に罪悪感を与えるようなことを言う必要はない。

「それで、なんて答えたの?」

「あの、その、わ、わからない、って」

 やっぱり覚えてないか……。せいらさんの時も化け物になる直前の記憶は失われていた。もしかしたら操る時にその部分の記憶を消す作業をしているのかもな。

「そっか。ごめんな、おまわりさんみたいなこと聞いちゃって」

 あんまり質問責めにしたんじゃあ、ただでさえ警察から事情聴取されているのに可哀相だしね。

「わ、私からも、聞いていい、かな」

 お、あんまり喋らないタイプだと思ってたけど意外に自分から話すじゃん。

「どーぞどーぞ! なんでも応えるから聞いてよ」

「お、お二人は、ど、どちら様……です、か」

「えーーーーっと」

 ……言われてみればそうじゃんね。警察署にいて警察に色々聞かれるのはまあ当たり前だけど、同じ学校とはいえ友人でもない人たちが突然警察署に現れて事情聴取みたいなことしてきたらそりゃ困惑するわ。

(せいらさん、どうする?)

 せいらさんに助け舟を出してもらうべく、目で合図を送ってみる。意図は届いたのか、今度はせいらさんが前に出てきた。

「私たちは倒れているあなたを最初に見つけたのよ。心配だったから、無理を言って警察署に入れてもらったの」

 おー、流石はせいらさん。機転が利くなあ。

「あ、そ、それは、ありがとうございまし」

「と言おうと思ったけどやはり正直に言うわ」

「そうそう……って、え!? ちょっ、せいらさんっ??」

 まってまって、それはつまり本当のことを言っちゃうってことか?? 目覚めたばっかりで警察の質問を浴びせられて疲れているだろうに、現実離れした話を聞かせたらどうなっちまうか。石と無関係とは言え自分が人を殺したなんて知ったら……。

「確かに私もここで黙っておくのが最善だと一瞬思ったわ。でもこの場ではやり過ごせたとしてそのあとは? 既にかなりニュースにもなっているし、自分が倒れていた場所でその瞬間事件が起こっていたとあとから知れば、それこそ疑心暗鬼に陥るわ」

 それはそうかもしれないけど。でもやっぱりいきなりはショックがでかすぎるんじゃ。

「まず私からあなたに謝らなければいけないことがあるわ」

「あ、謝らなきゃいけないこと、ですか?」

「私はあなたを殺そうとした。本気でね」

「こ、ここ……!!?」

 この時点で既に怯えきってライオンに睨まれたヌーみたいな顔をしてる。やっぱり今は言わない方がいいと思うんだけども。

「本当ならあなたを元に戻すだけで良かった。だから完全にやりすぎだった。それについて心から謝るわ。ごめんなさい」

 からの直角お辞儀。固い! 固いよせいらさん!!

「い、え、なんのことだか分からないけど、そそそそんな謝らないでください」

 おどおどしながらも、せいらさんに頭を上げるよう促す。この子、さては優しい子だな?

「私たちも、あなたが悪い人間でもないし、ましてやあなたに責任があるなんて考えていないわ。それだけは分かっておいて」

「えと……? は、はい」

 もちろんまだ本題については何も聞かされていないので、とりあえず頷いているといった様子だ。

 問題はここから。

「その上で本当のことを言うわ。あなたは悪い魔法使いとやらに操られて化け物にされて、その状態で暴れ回った。それによって十七人が死亡、二十五人が重軽傷を負ったわ」

「そんなに詳しく言う!?」

 まだ「人を殺した、くらいにぼやかした方がダメージ小さいと思うけど。十七人とかって数字、生々しすぎるって……。

 あのあと、もとは中古販売店だったボロボロのビルに入って、まだ息がある人はせいらさんの力で治療して救助した。でも既に息を引き取っていたり、そもそも四肢がバラバラになっていて救いようがない人なども多数いたんだ。人の死を目撃するって言うのは、本当にきつかった。人が死ぬ生々しさは私とせいらさんが誰よりもよく分かっているはずだし、それを自分がやったのだと告げられたらこの子の気持ちがどうなっちまうんだか……。

「化け……もの?」

 せいらさんの話に呆気にとられた表情。まあそりゃあ急に言われても信じられないよなあ。むしろすぐに信じられる方がおかしい。

「そして私たち魔法少女が化け物になったあなたを元に戻した。その証拠に……ロー太、出てきてくれる?」

「ロ? 人前に出てもいいのかロ?」

 私のカバンからロー太が勢いよく飛び出す。飛び出すのはいいんだけど飛び出す際にカバンの金具がいちいち私の頭に当たるのはいい加減勘弁しろよお前。

「これは妖精のロー太。電池も何も入っちゃいないわ。何なら触って確認してみてもいいわよ」

「ボクの魅惑のボディを触りたいなら存分に触るといいロ!」

「妖精……魔法少女……化け物……?」

 彼女は少し俯いて、口をパクパクしてせいらさんの言ったことを小声で反芻しだした。あちゃー、やっぱり急ぎすぎだよー。完全に頭パンクしちゃってるってこの子。

「まあさ、別に今無理して今考えようとしなくてもいいと思」

「それってまんま『魔法少女プリ☆リン』じゃないですか!!??!」

 ……はい? 今なんて?

「罪なき人々が化け物に変えられて、それを食い止めるべく日頃戦う正義のヒーロー『プリ☆リン』そのものですよ!!! 妖精はちょっと不思議な形してますけど、設定はほとんど同じじゃないですか!!! ……あ、現実の話だから設定ではないか。現実でいうなれば状況、ですかね設定って。そもそも設定っていうのは……」

 さっきまで下向いてたどたどしく喋ってた子がこんなに目を輝かせて早口で喋って……。この子、さては典型的なオタクだな?

「……って、あ、す、すみません、私アニメの話になるとつい熱くなってしまって。う、うるさかったですよね、すみません」

「いや、ううん! 全然そんなことないから! それより、今の話聞いて罪悪感持ったりとかそういうのは大丈夫?」

「ないに決まってます。化け物にされる人は大体ランダムですから」

 即答。どうやら私の杞憂だったらしい。

「とにかくよかったわ……これでふさぎ込んだらどうしようかと思ったよぉ」

「私のことを心配してくださったんですか?」

 クソ~そんなうるうるした目で私を見るなよぉ~。かわいい子だなあこいつ。

「そ、そりゃあそうだよ。誰かが悲しんでたら心配するし、年の近い子ならなおさらな」

「さすが正義のヒーローさんですね!」

 正義のヒーローというか、行動に起こすかどうかはさておきそれくらい思うのは割と普通だと思うんだけどな。むしろそれすら考えないようだと人としてどうかと思うぞ。

「あ、そういえば魔法少女ってことは変身するんですか?」

「まあ一応は」

「すご!!!!! え、あのあの! さすがに見せてもらえたりなんかはしない、ですよね??」

「うーん、まあ大々的に存在アピールはしたくないから戦闘以外では変身しないんだけど。ここは事情知ってる人しかいないからそういうのは気にしなくてもいいかもな……どうなの? ロー太」

「やめといた方がいいロ。戦闘以外で変に性欲を消費していざ戦闘で性欲不足にでもなったら大変ロ」

「性欲を消費て」

 スイッターで『声に出したい日本語』とか言われそうだな。

 まあ、確かにあんまり普段から妄想しすぎると慣れてきてしまって妄想のネタが枯渇するということはありそうな気はしないでもないけど。そういう意味じゃ性欲ってエネルギーの安定性って意味ではあまり使い勝手よくないんじゃねえの??

「えっと、せいよくって……?」

「あ……それはだね、うん」

 今この子には私たち「魔法少女」が悪の組織と戦ってるってイメージしかないもんな。ここで「エロいこと考えて変身してるんだ(てへぺろ)」とか言ったら確実に萎えちゃうだろうな……。夢を壊さないでおいてあげるべきかそれとも真実を伝えるべきか。どうし

「私たちは性欲、簡単に言えばエロい気持ちを魔法にしているの」

「ってちょい!!! さっきからせいらさんぺらぺら喋りすぎだって!」

「エロ、い、気持ち、ですか?」

 めっちゃ顔赤くしてる。夢壊すとかそれ以前にピュアッピュアな子だったか! だとしたら余計に申し訳ねえ!

 まあ、せいらさんがそこまで言っちゃったのでもう隠しようはない。

「まあ、うん。戦ってる悪の組織ってのも性欲を滅ぼそうとしてる組織なんだよ。字面で言うとアホらしいけど、それが今回の事件みたいなひどい被害を出してるから私たちも、本気で戦ってるって感じ」

「そうなんですね」

 どうやらこの子の緊張も解れて魔法少女という言葉による興奮も収まってきたみたいだ。

 事情も教えたことだし、どうせなら一つ聞いてみたいことがある。

「ちなみにね、化け物になった時には、その人の性癖によって化け物の行動と倒し方が決まるんだけどさ」

「へえ! ますますアニメっぽいですね!」

「あなたの性癖って『触手』とかそういう感じ?」

「づぇっ?」

 とんでもねえ発音が聞こえたな。まあそういう反応もかわいいけども。

「あなたの時は触手みたいに細長い布を絡ませたら元に戻ったんだよね。だからそういうのが好きなのかと思って」

「それは、その、あの……」

「ユリさん、性癖については普通仲のいい友人ぐらいにしか話さないわよ」

 せいらさんはそう言ってため息をつく。いやアンタ「私は冷静よ」みたいな顔してるけどさっきまで暴露退会してたのアンタだったろうがっっ!! ……まあ私みたいなオープンスケベが社会的に珍しいのは認めるけどさ。

 彼女は真っ赤になって下向いちゃったし、先にこっちから話しちゃった方がいいか。

「私は百合が好きなんだよね。日常的な百合もいいし、もうエロ同人みたいながっちがちのべっちゃべちゃでも推せる」

「それは分かります!! 男女ペアだけでは飽きてきますからね。アニメでもつい女同士男同士のカップリングを作っちゃうんですよ最近」

 お、予想以上にノってきたじゃん。あんまり身近に百合の話で盛り上がれる人はいないし、調子に乗って話しちゃうぞ。

「ちなみにカップリング作るとしたらどういう二人を選ぶ?」

「うーん、正直なんでもイケますが、個人的には王子様タイプのイケメン女の子とプリンセスみたいなかわいい女の子のカップリングは好きです」

「あー、それは王道だな! じゃあツンツンギャルとメガネドジっ子とかはどうだ」

「あ! いいですね! 普段は『マンガなんか描いてて何が楽しいんだよ』みたいに言ってるギャル子ちゃんが放課後になると一変して滅茶苦茶褒めてくれてしまいにはおうちに誘われたりなんかして」

「いいねいいね! キミまじで分かってるわ!それからそ」

「ごほん!!!」

 二人でヒートアップしてたらせいらさんのわざとらしい咳。仲間外れだったのがちょっと寂しかったのかしら。嫉妬? 嫉妬なの?? せいらさんのそういう意外に人間的なところ好きよ。

「それでね、こっちのせいらさんは露出狂なんdsfえcうぎddss」

 ……あれ、なんで私仰向けに倒れてるんだろ。一瞬走馬燈のようなものが見えた気がするけど気のせいだろうか。心なしか腕と足がしびれて動かない気がするし口から泡が出てくるぞ。

「調子に乗ってべらべら喋ったら次は殺すわよ」

「いやだって既に性欲の力で変身するって言ってんだから変態なのはバレてんじゃん!!??」

「それとこれとは話が別でしょう!!!」

 まさか首の骨を折られそうになるとは思ってもいなかった……ちょっとスキンシップが強めに出てしまっただけだと信じたい。

「くっ、ふふふ」

 私たち二人がやんややんや揉めていると、突然彼女が笑い出した。そんな面白いやり取りだったかな。笑ってくれるなら死にかけた甲斐があるってもんだけど。

「ふふ、あ、ごめんなさい。別に馬鹿にしてるつもりじゃないんです。でも、お二人は性癖を包み隠さず言い合える仲なんですね」

「まあ友達になって二日目だけどねぐふっ」

「一言余計」

 なんでだろう。さっきからせいらさんの手が出るのが早い気がする。このペースでいくと明日には殺されそうだ。

「お二人になら、私の性癖の話をしてもいいかなって思いました」

 彼女はそう言うとにこっと笑う。せいらさんが笑うと可憐って感じでそれはそれでいいけれど、この子の笑顔はとてもかわいい。ちょっとした小動物的っぽい感じがするわ。

「私は、触手もそうなんですけど、激しめのエロマンガが好きなんです。いわゆるレ〇プだとか、調教だとか。グロいのすら私にとってはえっちく見えてしまって」

「へー! まあグロはあんまり見ないけど触手だと私もたまに激しいヤツ見るかも。痛さと気持ちよさって紙一重だと思うし」

「も、もちろん気持ち悪い絵が好きなわけじゃなくて、キャラクターがちゃんとかわいくてそのかわいいキャラクターが汚いものに飲み込まれてくのがたまらなくて……あ、よだれが」

 確かにやべー子ではあるな。かわいい顔してとんでもねえ趣味だ。むしろ私はそのギャップに萌えちまうんだけどなぁ! 今度何かの同人誌プレゼントしてあげよう。

「でも、やっぱりお二人とも、それを聞いても引かないんですね」

「え? まあ正直性癖なんてそんなもんじゃない? 私の場合は一部共感できてるし、共感できなかったとしても自分は好きなんでしょ。ならそれでいいと思うし」

 まあでも世間の人にはドン引かれるだろうなぁ。そんで「そういうものは悪い影響を与える」とかって隔離されるんだろうなあ。特殊な趣味持ってる人あるある。

「私は正直エロマンガとかは興味ないわ」

 せいらさんは少し冷たくそう言い放つ。腕組みをしながらそのまま話を続けた。

「目がでかすぎて受け入れられないし、そもそもただ自分が露出したいだけだから他人の裸なんて何も思わない。でも、だからと言ってあなたがそれを好きな気持ちを否定することはしないわ。私の好きは誰かの嫌い、私の嫌いは誰かの好きってユリさんから教えてもらったもの」

 私から教えてもらった、なんて言われちゃうとなんだか照れちゃうな~? せいらさんの中で私がどんな位置づけになってるのか……私、気になります!(目キラキラ)

「やっぱりお二人は不思議な方ですね。私、緊張せずに喋れる相手なんて他にいませんもん」

 せいらさんといいこの子といい、めっさかわいいのに友達できないのなんでなんだろうねえ。やっぱり中身が変だとそのオーラが外に漏れちゃってるんかねぇ?? 私は鈍感だからよく分からないけど。

「あの、私は手越水香っていいます。水に香りでミズカ。二年生です。これからは、学校でお二人のところに遊びに行ってもいいですか?」

「もちろん、大歓迎だよ!! 私もせいらさんも同じ二年だからね。私は浜崎ユリ、クラスは二組」

「私は生徒会長の薄衣せいらよ。クラスは一組」

「ひぇっ! 生徒会長さん!!!」

「……あなた、露出のことを少しでも周りにもらしたら、分かってるでしょうね」

「ふぇぇ、だ、誰にも言いませぇぇぇん!!!」

 せいらさんたら怖い顔しちゃってー。そんなに言わなくても私と違って水香ちゃんがぺらぺら周りに話すわけないでしょー。……一瞬せいらさんがこっち睨んだ気がしたけど、まあ気のせい気のせい。

「それじゃあ、水香ちゃんも途中まで一緒に帰ろうよ!」

「え、いいんですか?」

「そりゃあ友達なら当たり前でしょ。ね? せいらさん」

「ええ、もちろん」

「と、友達かぁ……はわわ」

 嬉しそうで何より。これからどんどん中を深めましょうや!

「あ、そうそう、そういえばせいらさんがね、さっき変身解いてここに来る時に『変身前の服がない!』ってせいらさんが全裸で大騒ぎしsdfghjkl」

 直後、化け物に襲われた時以上の大けがをしたのは言うまでもない。




※ ※ ※




 私はいつものソファに座ってお母さんが来るのを待っていた。

『死者は十七人に上り』

 電源の入ったテレビから聞こえてくる言葉に、身体はみっともなく震えていた。リモコンを手に取る余裕すらなく、ひたすら手のひらで耳を押さえつける。

 その時、ドアの開く音とヒールの音が背後から響いてきた。反射的に立ち上がってその方を見る。

「お母さん!!!」

「どうしたの? 急に会いたいだなんて。約束の時間までまだもうちょっと」

「こんなに酷いことになるなんて聞いてないよ!!!」

 私が放った化け物は私の想像をはるかに超えた暴れ方をした。それこそ関係のない人も巻き込まれた。化け物が暴れて、みんなが困っているのを見れればいいやと、そう思って屋上で見ただけなのに。私の目の前で通行人が食いちぎられて肉片にされてしまった。

「どうして!!! ただ私たちの苦しみを分かってもらうだけなんでしょう!? どうしてここまで酷いことする必要があるの!!!」

 言葉にならない思いがのどに詰まって、声が何度も裏返る。お母さんはそんな私に動じることなく、黙ってじっと目を見つめ返してくる。

「それはね、私たちがウケてきた被害がそれだけ大きいからよ」

「でもあれじゃ……」

「いいえ。あれでも足りないくらいなの。いい? この世界には酷い目に遭ってきた女性が大勢いる。その中には圧力で泣き寝入りせざるを得なかった人、誰にも相談すらできずに一人で抱えている人がたくさんいるの。あの子たちはその人たちの無念の塊なのよ。これはもう犯人を裁けばいいとか、説得すればいいなんて甘いものじゃないのよ。変えるには社会を壊すしかないの」

「社会を、壊す?」

 お母さんは口角をにぃっと吊り上げると、私をそっと抱き寄せた。

「つらい役を任せてしまってごめんね。でも、これしかないのよ。これしかあなたを、みんなを救う方法はないの」

 赤ん坊をなだめるように、私の背中を軽くたたく。

「お母さん『だけ』はいつもあなたの味方だからね」

 なぜだか、既に体の震えは止まっていた。それどころか、胸の中に熱い使命感のようなものが芽生え始めてすらいた。

「私の言うことを聞いてくれるわね?」

「はい、お母さん」

 私は反射的にそう答えていた。そしてなぜだか、自分でも意味が分からないくらいにっこりと笑っていた。

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