第3話 秋祭りの夜


 うたた寝をしてしまった。

 目を覚ますともう夜で、私の身体には毛布がかけられていた。ところが、母と姉がいない。

 二階はもちろん、家じゅうを捜しまわったが、ふたりはどこにも見当たらない。

 私は怖くなって大声を出して泣いた。まだ小学校にあがる前だった。いや、五歳か、四歳くらいだったかもしれない。

 さんざん捜した挙句、私は隣のまさくんの家の扉を叩いた。

 隣には、私と同い年の、まさくんという男の子が住んでいた。

 まさくんと、まさくんのお父さんが出てきた。私は「おかあさん、いる?」と聞こうとしたのだが、しゃくりあげていたものだから、

「おちゃわん、いる?」

 となってしまった。

「おちゃわん?」

 まさくんが聞く。私は思わず自分で吹き出した。まさくんも笑った。と、ちょうどそこへ父が帰って来た。

「おお、どうした」

「おとうさん!」

 私は父に抱きつきながら、母と姉が消えたのだと話した。

「そうか、それは可哀想だったなあ」

 父は私を抱っこしてくれた。そして家に入ると、程なく母と姉が帰って来た。

 ふたりはすぐ近くの神社の、秋祭りの夜店を見て来たということだった。姉がどうしても行きたいと言うので、寝ている私を起こさずに、僅かな時間見物に行ったのだという。

「ごめんね、怖かったね」

 と母は言った。

 すぐに皆で遅い夕食を済ませ、間もなく私と姉は二階に上がって寝た。

 ところが先ほどうたた寝したせいで、私はなかなか寝付けない。

 姉はすぐにすやすやと寝息をたて始めた。

 私は先ほどの恐怖感が残っていて、いつまでたっても眠くならない。その上、天井に、長さ五十センチくらいの黒い大きな足の裏が貼りついていて、気になって眠れないのだ。

「どうしてこんなところにこんな大きな足の裏があるのだろう」

 私は不思議で仕方がなく、段々恐怖感も募ってくる。

 私は目を閉じる。そして必死に眠ろうとする。だが恐怖のせいで、何だかおしっこもしたくなってきた。

 ついに我慢できず、私は階下へ下り、父のもとへ駆け寄った。

「おとうさん、二階に足があるんだよ! すごく大きいんだよ! おとうさんの足より大きいんだよ!」

 父はにこにこと笑っている。

「ほんとだよ」

 父はようやくこう言った。

「おお、そうか、それは見てみないとな。どれ、どこだ?」

 父はにこにこと笑いながら私と一緒に二階へ行き、電気をつけた。

「どこだ?」

「ここ」

「どこ?」

「あれ?」

 私が指さすところにあったはずの足は、蒸発したように消えていた。私はふと、姉の顔を見た。なんて長いまつげなんだろう、と、もう別のことを考えている。

「よし、じゃあ毛布に入って寝るんだ、な」

「うん」

「いい子だ」

 父は横になった私の身体に毛布をかけてくれた。そして隣に座って、じっと私を見ていてくれた。

 次第に眠くなってきた。

 うつろな視界に、父の顔があった。

 あたたかかった。

 毛布も、父も、あたたかかった。








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