第05話 ホブゴブリンとの死闘

 雑な袈裟斬りをダッキングでかわしながら踏み込み、ホブゴブの右の脇腹に左のボディーフックをねじ込んだ。


 人間なら肝臓打ちリバーブローになるのだろうが、ホブゴブの臓器などわからない。


 だが、脇腹で筋肉が薄いので攻撃をした。


 固い、拳を痛めるかと思った。っていうかあんまり効いてねぇ。


 接近戦でロングソードがうまく使えないホブゴブは、無理やりロングソードの根元付近で俺に攻撃しようとする。


 モーションがでかい、かわすのは簡単だ。スピードは速いが、起こりがわかりやすい。


 薙ぎ払うようにロングソードを振って俺を攻撃してきたが、姿勢を低くしてかわす。空振りした相手の肘に少し手を添えて、力を流すだけで隙だらけになった。


 素手の間合いだと、柄なんかで殴られる方がよっぽど怖い。


 空振りをして、隙だらけになったホブゴブの股間に膝蹴りを突き刺した。


 メリっと膝からいやな感触が伝わってくる。潰れはしなかったがさすがに効いたらしい。


 前かがみになったホブゴブの顔面に、全身のバネを利かせた頭突きをお見舞いした。


 頭がめちゃくちゃ痛い、顔面固すぎるだろホブゴブリン。


 飛び膝蹴りに続き、連続で鼻に強打をくらったホブゴブリンは鼻を押さえ痛みに声を上げた。


 ダメ押しとばかりに、もう一度金的を蹴り上げた。グチュっと潰れる感覚と共にホブゴブの悲鳴が響いた。


「ぎゃおおおおおお」


 股間を押さえ、苦痛にうめくホブゴブリン。


「シッ」


 短く息を吐きながら、ホブゴブの左目に右の人差し指を突き刺す。


「ぎゃがあああああ」


 ホブゴブがふたたび悲鳴をあげる。


 片目を潰した、これでかなり有利になったな。そう思った瞬間、ホブゴブは予想外の攻撃を繰り出してきた。


 武器を捨て素手で襲い掛かってきたのだ。


 素手の攻撃が届く超接近戦では武器は逆に邪魔になると判断したのか、両手をむちゃくちゃに振りまわす。


 潰れた片目の死角を補うためなのか、やたら滅多に腕を振りまわしてくるのだ。


 今までの分かりやすい攻撃ではなく本人? 本ゴブすらもどこを攻撃しているのかわからないであろう我武者羅がむしゃらな攻撃だった。


 武器一本が両腕になり、視線も予備動作も読めない。むちゃくちゃな軌道で繰り出されるホブゴブの攻撃を捌ききれず、頭に一撃もらってしまった。


 とっさに肩でガードしたのだが防ぎきれず吹き飛ばさる。


「つううう」


 キーンと耳鳴りがする。景色が歪む、ズキンズキンと頭が痛んだ。力の入らない足を無理やり動かし、何とか起き上がる。


「ごがああああ、ごあ、ごあ、があああああ」


 起き上がった俺をホブゴブの野性の連撃が襲う。左の拳を死角の右方向に移動しながら軸をずらしなんとか避ける。


 ふら付く体に鞭を打ち、潰した左目の方へ死角の方へと体捌きをしながら受けていく。


 ホブゴブの剛力相手だと、たとえ三戦サンチンや騎馬立ちでも正面からは受け止められない。


 受け流し、軸をずらす。死角へと回り、体のダメージが回復するまで必死にホブゴブの攻撃をかわし続けた。


 恐らくは短い時間。俺には永遠とも思える長い時間。ホブゴブの猛攻を受け流しながら、少しずつ足に力が戻ってくるのを感じた。


 このままではジリ貧だ、反撃しなくては。


 ホブゴブの攻撃をただかわし、流すという防御から、攻撃をかわし、その進行方向に押してバランスを崩させる受け流しへと移行する。


 隙を作りながら、ホブゴブの膝を狙いコツコツとローキックを当てていく。こっちは一発もらえば終わり、ホブゴブは何発でも耐えられる。なんてクソゲーなんだ。


 神経をすり減らしながらコツコツとローキックを当てていく。


 攻撃を回避しながらなので後ろ重心になってしまい、あまり威力は出ない。それでも、コツコツと当てていく。


 ホブゴブの足は太くて硬い。蹴る俺の方もかなり痛い。ホブゴブと俺の我慢比べは続く。


 バランスを崩させる受け流しからのローキック以外にも、左ジャブからの右ロー所謂いわゆる、対角線コンビネーションを織り交ぜる。


 スイッチして右ジャブからの左ロー、受けからのローとしつこくペチペチと当てていく。


 ジャブは潰れた目を狙い、痛みとダメージの蓄積を狙う。空振りによるスタミナ切れと、ローキックのダメージでホブゴブの動きが鈍ってきた。


 積み重ねた攻撃は無駄ではなく、ホブゴブはあきらかにローキックを嫌がるようになった。ホブゴブもジャブの後にローが来ると学習し、足を上げてローをカットするようになる。


 ホブゴブは、ローキックの防御方法を誰に教わるでもなく使い出したのだ。そのセンスに驚きつつも、ホブゴブがパターン化しだした俺の攻撃に『慣れて』きた。


 ここだ! 俺はジャブを放ちハイキックを放つ。下に意識を向けさせて上を蹴る。格闘技の典型的な攻撃パターンのひとつだ。


 しかし、ホブゴブに格闘技の知識などないだろう。全身のバネを利かせた渾身のハイキックが、ホブゴブの顎に炸裂した。


 ぐらりとホブゴブの体が揺れ前のめりに倒れる。足に残る確かな感触が、勝利を予感させた。


 倒れてくるホブゴブの頭が俺に接近した、その瞬間。ホブゴブは踏みとどまり、今まで一度もしてこなかった攻撃、噛み付きを俺に仕掛けてきた。


 渾身の蹴りで体勢を崩したこと、勝利を予感させる手ごたえを感じ、迂闊うかつなことに残心ざんしんを忘れ一瞬気を抜いてしまったこと。


 体勢と心の隙を付かれ俺は、反応が遅れた。それでも何とか身をよじり首筋を狙った噛み付きをかわす。


 首からは攻撃をそらせたが、左の肩に思い切り噛み付かれてしまった。


「ぐああああああ」


 刃物を突き立てられたような鋭い痛みが襲ってきた。その後、メキメキと骨の軋む音がする。


 ホブゴブの咬合力こうごうりょくは骨を砕くほど強く、鋭い痛みの後に鈍い痛みが俺を襲う。痛みに耐えながら俺は右手の中指を立てる。


「フ〇ックユーだ、クソ野郎」


 そう言ってホブゴブの耳の穴に中指を突き立てた。ホブゴブの噛む力が一瞬弱まった。それでも、ホブゴブは噛み続けてくる。


 俺の左肩の骨は悲鳴を上げ激痛が俺を襲う。俺も負けじと中指をさらに押し込む。メリメリメリと噛まれた肩と押し込む中指から嫌な音が聞こえてくる。


 突き立てた中指が根元まで入った。その指を乱暴にぐりぐりと動かし脳をかき混ぜる。ホブゴブは噛み付きをやめ、前蹴りで俺を蹴り飛ばした。


 背中から木に叩き付けられ肺の空気が搾り出される。苦しさと肩の痛み、体のダメージから意識が遠のいた。


 今気絶したら死ぬ。俺は何とか体を動かし、気付けの激辛トウガラシを口に入れた。普段は一齧りだけなのだが、一本丸ごと口に放り込んだ。


 口の中に溶岩を流し込んだかと思うほどの熱さと痛み。涎、涙、汗、体中の体液が噴出し、意識が覚醒する。


 ポロポロと涙を流しながら体に鞭を打ち起き上がる。


 噛まれた左肩からは激しく出血し、感覚はほとんど無かった。右手の中指を耳に突き刺したまま吹き飛ばされたので、中指は折れ逆方向を向いていた。


 肋骨も痛む、折れて肺に刺さってないのが救いか。


 ホブゴブリンも脳を損傷したのか平衡感覚に狂いが生じたらしい。うまく歩けないようで、ふらふらと揺れながらこっちに歩いてくる。


 ダメージを受けてもホブゴブリンの心は折れなかった。


 それどころかますます怒りを滾らせ、ぞっとするような血走った眼で俺を睨み付けてくる。俺は弱気にならないよう、心を強く持ちありったけの勇気をこめてホブゴブリンを睨み返した。


 ゆらゆらと足元が定まらない歩みでホブゴブリンが近付いてくる。彼我の距離が近付きホブゴブリンの間合いに入る。


 ホブゴブリンが腕を振り上げ俺にとどめの一撃を繰り出そうとしたその瞬間。俺は肋骨の痛みに耐えながらキュっと胸に力を入れ、赤色の液体を霧状にブフーと噴出した。


「ぐぎゃああああ」


 激辛トウガラシ汁がホブゴブの無事だった右目にかかる。目を押さえ動きが止まったホブゴブに攻撃を仕掛けた。


 わずかな距離だが助走をつけ、体のバネを使い飛び上がる。


「うおおおおおお」


 乾坤一擲。俺の全てを掛けた、魂を燃やし尽くすような一撃。右の膝を振り上げ、右の肘を振り下ろす。


 ホブゴブの頭を膝と肘でサンドした。


 ぐしゃりとホブゴブの頭が潰れる感触。全身全霊の一撃を放った俺は、着地もできず地面に倒れる。


 何とか体を起こそうとするが、指がプルプル震えるだけで動けない。血を流しすぎたか、視界が滲み意識が薄れていく。


 このまま死ぬのか、そう思ったとき声が聞こえた。


「ゴブリンさん、どこですかゴブリンさん」


 村娘の声が聞こえる。俺はここだ! そう声に出そうとしたが無理だった。


 薄れゆく意識の中で少し遠くに人型のシルエットが見える。あれは村娘か? そう思った瞬間、俺の意識は闇に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る